第2話

 ◇


 「ダメダメっ!! ここは通れないよっ!! 」


 僕は叫んだ。


 「ダメダメっ!! ここは通れないよっ!! 」


 全力で、腹の底から。


 「ダメダメっ!! ここは通れないよっ!! 」


 くっ、この人、三回も連続で同じこと訊いてくるなんて……。何回か話し掛ければ会話内容が変わるかもと、そう思っているタイプか。

 どうにもここが通れない事を知ると、男は諦めて引き返していった。その背中を見送り姿が見えなくなると、隣にいた先輩のニックが僕に声を掛けてきた。

 

 「いるよなっ、たまに、あーゆータイプの奴」


 この先の通路が通れないよう構えていた槍を下ろすと、僕はそれを後ろの壁に立て掛けた。そして鼻の上まで顔を隠していたマスクを、徐に顎まで下げて答える。


 「あ、うん。てゆーか、説明はニックがしてくれるから楽でいいけど、僕は本当にこれを言っているだけでいいのだろうか……」

 「いいんだよ、それがお前の仕事だろ? 」

 「いや、でもつまんないよコレ? 驚くほどに……」


 ニックは僕の仕事の先輩だ。彼は兄貴肌でとても親しみやすく、誰とでも友達のように接する。僕も最初は気を使ったものだが、逆に怒られてしまい、もうずっとこんな関係だ。


 「バカだな、仕事に面白いもつまらないも無いんだよ。チャペルお前、仕事するために生きてるのか? 」

 「あ、いや、どうだろう……」

 「いやいや、違うだろう? 俺達はに仕事をしてるんだ」

 「生きるため……」


 生きるため、って何だろう。あれ? そもそも〝生きる〟って何だ? 僕は何をしたくて生きているんだろう? あまり考えた事って無いかもしれない。


 「おいおい、まさか仕事の方が目的になってるんじゃないだろうな? 」

 「え? いや、まあ仕事するために此処に来てるし……」


 やれやれ、と呆れた素振りで僕を見るニック。その姿から僕は、あれ? 自分が変なのかと思ってしまう。


 「いいかチャペル。生きるって事はだな、食べるって事だ。食うためには働いて、働いた分の金を貰う。そんでもってその金を使って、自分の好きな物を食うんだ! 酒もアリだぜっ! まあ、お前まだガキだから、酒の味もその良さも解らんだろうがな」

 

 ニックがあまりに躊躇なく、そして真っ直ぐに言うもんだから、僕はつい感心して聴いてしまったが──


 「それって……結局一週して戻ってきてない? 」


 と、僕はニックに、思った通りの疑問を投げ掛けた。すると彼に鼻で笑われ、僕はなんだか子供扱いされた気分になった。


 「あーあ、なんかそれイラッとしたなぁ~? まあ、実際まだ僕は十六だし~? ニックおじさんからしたら、そりゃあまだまだ子供でしょうけどぉ~」

 「おいおい拗ねんなよ、謝るからさ? 次からは鼻で笑わず、そっとほくそ笑むからさっ? 」

 「いやそれ、もっと感じ悪いよっ! 陰湿そのものだよっ! 次からは、こっちも嫌わずにはいられないよっ! 」


 つい乗せられてしまう自分も自分だが、こんな感じでいつも人をからかってくるんだ、この人は……。


 「はっはっは! ってかそれより、この俺をおじさん呼ばわりとは聞き捨てならんな。俺はまだ二十六だっ! 」

 「うん、いや知ってるよ。丁度十個違うからね、憶えやすいし。そうだねぇ……二十六、二十六かぁ……まあ、おじさんと呼ぶにはまだ若いかなぁ? 」

 「だしょう? あ、だしょうって言っちまった! でしょう? 」


 気がつけば、話しが脱線してる。まあ、いつもの事だけど。

 

 「じゃ、ニックお兄ちゃん! 生きるって──」

 「その呼び方もやめてぇ! 妹なら大歓迎だが、弟はいらんっ! 」

 

 ……。


 「な、なんだよ? 」

 「──マジ引くわ」

 「引くなよっ! ってか〝マジ〟ってつけんなよ! 冗談じゃなくマジなのが、マジ伝わってきてぇへぇへぇへげふごふっ! マジ、マジ感マシマシってぇへぇ……ぐすっ」

 

 泣きながらその場に崩れ落ちるニック。後半ほぼ何言ってるか解んないし……。そんな彼の姿を見ていると、なんだか哀れで──


 「ニック……。へきは──」

 「いや、人それぞれだけどぉ! ロリコンじゃ、決して俺はロリコンじゃねぇーんだよぉー! 信じてくれよぉー! ロリがコンコンしてても、オレはキュンキュンしてるわけじゃあへぇあへへぇー……」


 つい悪ノリして、僕はニックに意地悪してしまう。見ていて飽きない。いや~飽きないな~! ここで一気に畳み掛けようと、僕が次の言葉を発する寸前──


 「あのぅ……」


 と、声がしたので振り向いた。しかしそこには誰も居らず、気のせいか? とニックに向き直る。


 空耳かぁ……ん? ニックの軍服が揺れてる? 

 

 「──あん?」


 ニックも気づいたらしく、どうやら後ろで誰かが服を引っ張っているみたい。 

 

 ニックは振り向き、僕もそれに続く。


 女の子……?


 「あのぅ……すみませんロリコンさん」


 ニックは瞬時に青ざめ、辺りをキョロキョロと見回すと、他に誰も居ない事を確認し、自分を指差し女の子に尋ねた。


 「も、もしもし、ロリコンさんってぇ……お、お兄さんの事かなぁ? 」


 おお、ニック。顔が引きっているよ。


 「はいっ! ロリコンさん、やっと気づいてくれました! ちょっとおたずね──」

 「いーや、ちょっと待て!! お嬢ちゃん、俺はロリコンさんじゃねえ! わ・か・るぅ? 」

 「ああ! ええと! すみませんすみません! ふむふむ、彼方がチャペルさんで……」


 なるほど、僕達の軍服についているネームプレートを見たのだろう。

 僕達軍人は配属先にもよるが、王国から支給された軍服を着用し、必ずネームプレートもつけなければならない。そうやって身元を明らかにし、王国の信頼と誠実さをアピールするのが狙い、らしい。


 「貴方はニックさん、ですね! 」

 「そうそう! 」

 「……ロリコンの」

 「そうそう! って、違うわ! 」

 「──っ!? 違うんですか!? 」

 「大体、この俺が仮にロリコンだったとしても、ロリコンの何がイケないってんだ!? 考えてもみてよ、元はロリコンなんて一種の癖だったかもしれない! しかしな、もはやロリコンってのは積もり積もって一つの文化だと思うんだよな! な!? 」

 「──え? 」

 「──え? 」


 ──え?


 はっ! 面白がって見ていたら、自分の仕事を忘れてたっ!!


 「お嬢ちゃん、此処に来たって事は、この関所を通りたいのかなぁ? 」

 

 僕はニッコリと笑顔を浮かべ、なるべく柔らかい言葉で彼女に質問した。


 「あ! はい! そうなんです、向こうに用事があってぇ……通して貰えないでしょうか? 」


 懇願するような瞳で見つめてくる彼女の問いに、僕は一呼吸置くと全力で、こう答えた。








 「ダメダメっ!! ここは通れないよっ!!」

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