第28話

 28 お昼ごはん作り



 昼食は、準備を含めて二時間半。

 この限られた時間をどう使うかが重要になる。

 学校側の狙いとしては、班メンバーの協力および分担により、みんなで一つの作業を達成する事が目的なのだろう。

 が、それはこの際ブン投げて、結果のみを優先させる。


 まず最初に、米を水に浸す。三〇分以上、出来れば一時間。米を炊くことが一番時間がかかる。

 燃料は、親切に三種類も用意してあった。

 薪、炭、ホムセンなどで売っている固形燃料だ。


「高望クン、本当に固形燃料だけでいいのかい?」


 軍手をした市川が持っているのは、固形燃料のみ。

 まきが用意してあるからといって、使わなければいけない訳じゃない。

 飯ごうもカレーも、火力が安定した固形燃料が一番失敗が少ない。

 この辺は、何度も試した結果だ。


「燃焼時間は……一時間か」


 燃料に火をつけて、炎が上がるのを待つ。

 飯ごうを火にかけるタイミングで、カレーのチームも鍋を火にかけ始める。

 当然カレーが先に出来上がるのだが、カレーといえども煮物だ。

 冷ます過程で味は染みる。


 飯ごうが泡を吹き出して、その泡が出なくなったら、火から下ろして、カマドの縁に逆さに置いておく。同時に、先に煮上がっていたカレーにルーを投入して残り火にかけ、再加熱してルーを溶かし込む。

 飯ごうは二〇分ほど蒸らせば、完成だ。


「高望、手際いいなー」

「ホント、すごい」

「たいしたものだな」


 昔、じいちゃん所有の山でキャンプをした時に教わったことが、ここで活きた。


 やはり経験こそ財産だ。


 周囲では、早々とカレーを食べ始めている班もあった。

 が、どこも浮かない顔だ。


「うえ……ご飯かたい」

「なんだよ、野菜が生じゃねーかよー」


 隣の炊事場では、班決めの時に絡んできたパーマとドリルの二人が、文句タラタラでスプーンを口に運んでいた。


「何コレ、クッソまずい」

「だな、もういらねー」

「え……」


 ちらっとパーマたちのカマドを見ると、燃え残った薪が何本も見えた。

 薪は、キャンプぽくて見栄えはするが、火加減が難しい。しかも奴らは太い薪をいきなりぶち込んでいたようだ。

 着火にも時間がかかったのだろう。見たところ、蒸らしもしていない。

 故に炊飯時間が足りなくなり、ご飯に芯が残ってしまったのだ。


 まあ、それもキャンプの醍醐味。まずい飯も経験や思い出になる……はず。知らんけど。


 それを尻目に、無難に出来上がったであろう飯ごうを開ける。

 白い湯気が上がり、炊き立ての飯の香りが漂った。


「うわぁ!」

「おい、すごいな」


 うん、普通だ。

 素晴らしく無難に出来上がった。

 ご飯を盛りつけて、余熱で温めておいたカレーをかけると、赤堀がはしゃぎ出す。


「美味しそう!」

「マジだ、こいつマジだ」


 市川の感想がよく分からないが、まあいい。


「「いっただっきまーす」」

「いただきます」

「いただきます」


 俺以外の四人が、カレーを口に運ぶ。


「うお、ウチのカレーより美味い!」

「ホントだ……」


 例のパーマと巻き髪の二人がこちらを睨む中、あっという間にご飯もカレーも売り切れた。


「もう食えない……」

「食べ過ぎた、太っちゃう〜」

「ふふっ」

「…………」


 そりゃそうだ。念の為にと六合炊いた米を、五人で平らげたのだから。

 しかも市川と赤堀は、二回ずつお代わりをしていた。

 満足そうにお腹をさする二人を横目に、後片づけに入る。

 後片付けまでがキャンプ飯。従姉の言葉だ。


「お、いいって。片付けくらいやるから」

「そだよ。今度はあたし達がお礼する番だよ」


 てかそんな牛になる寸前の態勢で言われても。

 宮坂は立ち上がって「やります」と言ってくれだけど、そういう訳にはいかない。飯ごうは特に。


「あれ、なんか飯ごう沸いてんだけど」

「さすが高望たかもちクン、わかってるねー」


 ご飯が空になったタイミングで水を入れ、残り火にかけておいたのだ。こうしておくと、米粒が剥がれやすくなり、洗うのが楽になる。


「宮坂と赤堀たちはカレー鍋を頼むよ。飯ごうは、洗い方にコツがあるから」


 ひと休みした俺は、飯ごうの洗浄に向かう。


「おい、タカノゾミ」


 持ち手を軍手で包んだ飯ごうをぶら下げて水場に向かう途中、剣呑な声に呼び止められる。


「テメーのせいだからな」

「は?」


 思わず言い返して、後悔する。無視すればよかったのに、相手をしてしまった。


「テメーがウチの班に入らねーから、うまいメシが食えなかったんだよ」


 言いがかりもいいところだが、これから何度も絡まれるのは避けたい。

 仕方ない、ここで解決してしまおう。


「飯ごう、どうやって炊いたんだ」

「は? 知らねーよ」

「じゃあ、炊いた奴連れてきてくれ」

「面倒くせぇ。つかお前がこっち来て炊け……なっ!?」

「はーい、そこまでね」


 気がつけば、絡んできた男子の背後に──市川がいた。


「またテメーかよ。オレはタカノゾミに用があんだよ」

「タカノゾミなんて生徒はいませーん」

「あ? じゃあコイツは誰だよ」

「ぷっ」

「何がおかしいんだよっ」


 市川に殴りかかる男子。

 それをスイッと躱した市川が、男子をにらむ。


「お前、手ェ出したな?」

「だから何だよ」

「んじゃ、正当防衛だな」

「やめろ!」


 咄嗟に叫ぶと、市川が不満そうに振り上げた拳を止めた。


「……何で止めんの、高望クン」

「俺がそいつらに飯ごう炊爨のやり方を教えりゃ、済むことだ」


 一見手間のように思えるが、ここで無難な飯ごう炊爨すいさんを教えておけば後で楽になる。

 確証は無いが、確信はあった。


「まったく高望たかもちクンは……わかったよ」

「という訳だから、ご飯炊いた奴、連れてきて」


 苦笑する市川の了承を得て、パーマに班のメンバーを呼んでもらう。

 来たのは、どこか落ち着きのない二人の男子。

 その二人へのレクチャーに気を取られていた俺は、進行形である宮坂えりかの異変には、まるで気づかなかった。

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