第24話
24 カミングアウト
「ぶぇー、赤点だぁ」
梅雨は明け、期末テストもごく一部を除いて恙なく終わった。
まあ、そのごく一部の一人が目の前で泣き暮れているのだが。
「ショタっちどうしよー、夏休み補習だよー」
さて、期末テストの打ち上げと称されて集められた某ファミレスのボックス席。久しぶりに席を同じくする赤堀、市川、宮坂、そして俺。
もちろん発起人はリア充疑惑やビッチ疑惑のある、赤堀
その言い出しっぺの当人が、涙を流し……おや、まさか。
「ショタっちー、可哀想なんだあたしを慰めてー」
「泣いてないよな?」
「おお、
そんな事で天才認定されても嬉しくはないのだが。
しかし嘘泣きではあるが、赤点は高校生にとって由々しき問題であるのは事実だ。
「いいよ
「わかったわかった、ドリンクバー、何にするんだ」
「へへ、アイスティー。アイスましましで!」
「了解」
席を立ちながら市川と宮坂の注文を聞こうとしたところ、宮坂まで立ち上がる。
「ドリンクバーの経験値を上げておきたいのです」
なんて言われたら、仕方がない。
宮坂と俺でドリンクバーへと向かう。市川の注文を聞き忘れたが、あいつは顔が良いからアイスしょう油のウーロン割りで良いだろう。
ドリンクバーの前に宮坂と並んで立って、初めて気づく。
近い。肩が触れる。
なるべく身体が当たらないように気をつけるが、今度は宮坂の甘い香りが襲ってくる。
「……赤堀さん、
思わず宮坂の顔を凝視してしまった。
「え、は? にゃ、にゃんれもにゃ……」
なんでもない、と宮坂は言ったつもりだろうが、時すでに
いや、出来れば聞こえない方が良かった。
とりあえず市川のグラスにガムシロを三つ、八つ当たりで入れてやった。
席に戻ると、赤堀の愚痴の相手をする市川が苦笑する。
悪いな、市川。
そのドリンクを飲んだら苦笑どころじゃ済まないかも知れん。
赤堀は、八月初めの港まつりにみんなで行きたかったらしい。
港まつりとは、駅前の大通りを通行止めにして皆で踊ったり、最終日には一万発の海上花火が上がる、この街の夏の一大イベントらしい。
てか、最終日の花火って日曜日だろ。補習も休みではないのか。
「ダメなんだよぉ、親が予備校の夏期講習申し込んじゃって」
その夏期講習は、八月二日から二週間のぶっ続けだという。
「なら、七月終わりの安倍川の花火なら行けるんじゃねェの?」
「そっちじゃダメなんだよー、あたしまだ十六歳になってないもん」
市川の提案に、ナゾの理由で赤堀は返答している。しかし市川は何か納得したように黙り込む。
「ということで、もうすぐ私の誕生日だからよろしくねー」
「は?」
思わず真顔で聞き返してしまった。市川は頭を抱え、宮坂は彫像の如く固まっている。
プリーズさせた張本人の赤堀は、そんなことは歯牙にもかけずにパチコンとウインクを連発してくる。
てか何をよろしくすればいいのだ。哀愁か?
「あろま……そんな露骨な催促すんなよ」
「えー、だってぇ」
ぶーぶーと、わかりやすいブーイングを繰り返す赤堀に、宮坂は薄い苦笑いを浮かべる。
といっても本当に微妙な変化で、毎日観察していないとこの表情の変化は分かるまい。
見られているのに気づいたのか、宮坂は慌ててすまし顔に戻る。
が、俺の目的は宮坂を揶揄したり笑うものではない。
バッグから一枚のプリントを引っ張り出すと、もう一度宮坂と顔を見合わせた。
「林間学校に参加しないかという打診がある」
宮坂と俺は、
「えー、でも林間学校って夏休みなんだよね?」
「まあ、そうだな」
「休み減っちゃうじゃん!」
「お前の休みは、既に補習で減ってるだろ」
「だからこそ、だよ。これ以上減らしたくないもん。それよりピクニックだよっ」
さてここからは、キョドらなければ完璧交渉人の宮坂にバトンタッチだ。
「林間学校で、一緒にご飯作りませんか?」
「うっ……なんか楽しそう」
「自由参加なので、クラスが違っても同じ班になれるそうですよ?」
「ううっ、やめて、心が動くよぉ」
そこに、あらかじめ宮坂と相談しておいた殺し文句を、ポイッと投げてやる。
「──泊まりだぞ。二泊三日だぞ」
その瞬間、赤堀の目が輝いた。ついでに市川の目もキラキラしている。
「楽しそうっ!」
この一言で、我ら四人の班の結成と、林間学校への参加が決まった。
「じゃあ、そろそろお開きにしよう。そろそろ日が暮れそうだ」
「ちょ、ちょっと待って
それを聞き流して、先に立ち上がった赤堀と宮坂の後を追う。
背後で、まずっ! という男子高校生の悲鳴が響いた。
ファミレスから出ると、既に薄暮であった。
「なあ、
珍しく不躾ではない、市川の誘い。
さっきのドリンクバーの件を怒っているのだろうか。
家が近所の宮川を見遣ると、俺にだけ分かるような極薄の笑みを返した宮坂は、赤堀と一緒に帰って行く。
残された市川と俺は、とりあえず場所を移動しながら話すことにした。
まずいドリンクバーくらいで喧嘩になるとは思わないが、市川は俯いて歩き続ける。
「た、
「どうしたんだ」
歩きながら、ぽつりと市川が呟く。
普段の溌剌とした物言いからは考えられない、小さな声。
よほど市川は言葉に迷っているように見える。
「
「やかまし……明るい奴だな」
思わず零れた本音に、市川は「ひどいなぁ」と呟きながらも愉快そうに笑う。
赤堀がいない時に限るが、赤堀を語る市川は本当に楽しそうだ。
だから──
「オレ、あろまが好きなんだ──ずっと」
市川のカミングアウトにも、俺は然程驚かなかったのだ。
図書館の手前を曲がると、潮の香りと共に、波音が聞こえてくる。
夏を迎えたばかりの海は、遠くに漁船の灯りを浮かべつつ漆黒を保っていた。
通りすがりの自販機で、メーカーのよく判らないペットボトルを二本買って、一本は口直しに市川に渡した。
防潮堤の上、コンクリートに並んで腰掛ける。
「なあ、市川。幾つか聞いていいか」
「うん。何でも聞いて」
ペットボトルを手の内でクルクルと回しながら、市川は海を見つめたまま応える。
「なぜ、さっきの話を俺に?」
市川と赤堀は、幼馴染だという。ならばその長い年月の間に恋愛感情が芽生えても不思議ではない。
むしろ不思議なのは、なぜそれを、知り合って数ヶ月の俺に伝えたのか。
「
意味が分からない。
市川が赤堀を好きな事が、俺に関係するのか。
当人どうしの問題じゃないのか。
「きっと、あろまは……
そんな訳はない。
否定しかけて、思い出す。
一緒にドリンクバーを取りに行った時、宮坂もそんな事を言っていた。
つまり、あの場にいた四人のうちの二人、半数の意見だ。
だが、当の俺には心当たりは無い。
「あろま、苦労しそうだなぁ。
何となく子供っぽく笑う市川に、得も言われぬ既視感を覚える。
「
そしてその既視感の正体は、直ぐに判明する。
「オレ、覚えてるよ。幼稚園の時の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます