林間学校編

第25話

 25 キャンプ到来



 夏休み真っ盛り。

 空は晴れ、風は無し。

 つまり、めちゃくちゃ暑い。

 走るバスの車窓から注ぐ陽射しは、容赦なく車内を焼きにかかる。

 隣に座る市川は、この酷暑の中でも楽しそうだ。

 まあその気持ちも分かる。


 ──あの夜、市川は赤堀への思慕しぼを俺に打ち明けた。

 ついでに俺が小さな頃に、市川と会っていたらしい事も語ってくれた。クラスで声をかけてくれたのも、俺を覚えていたからだとも。

 俺としては、後者の方がショックだった。

 市川は昔の事だからと笑ってくれたが、どうしても申し訳ない気持ちになる。


 その罪滅ぼしの為にも、打ち明けてくれた市川の想いを応援したい。

 たとえ市川が、俺の膝の上にポロポロとプリッツのかすを落としていたとしても。


 軽く膝の食べかすを払いつつ車窓を眺めていると、車体は左右に揺れ、景色には緑が多くなってきた。


 二台のバスは山間を登っていく。先頭のバスには宮坂えりかと赤堀香恵アロマが乗り、俺と市川は二台目に乗っていた。


「なんで山なんだよ。普通海だろ、海」

「だよねー。あーあ、エージたちも来ないし」

「しょんねーよ、内申点の為だし」


 さっきからタラタラ文句を言っているのは、同じクラスから参加した、えーと、誰だっけ。とにかく男女だ。


 一学期を終える頃、クラス内には三つのグループが形成されていた。

 俺とは縁のない、クラス内トップグループのリーダー格の男子と、その取り巻き女子。

 トップに対抗心むき出しの二番手グループ。

 我関せずの三番手グループ。

 残りは、どこかのグループに入りたがるか、俺のように陰でこそこそ生きる者。

 騒いでいるのは、トップグループにいる奴ら。リーダー不在で今ひとつ存在感は薄いが、声は大きい。


 てか、文句言うなら参加しなけりゃいいのに。って、それは俺も同じか。


「ほい、お菓子」


 バスの車窓から景色を眺めていると、隣に座った気遣いの鬼こと市川が、笑顔でお菓子を差し出してくる。

 こいつ、いつも楽しそうだよな。


「あんがと」


 ぞんざいな礼をひとつ、プリッツを一本いただく。

 ほのかな塩味が効いていて美味い。

 サラダ味サイコー!

 まったくサラダ要素は無いけれど。


 そういえば市川が他の男子と絡んでいるのを、俺は見たことが無い。

 そもそも俺が他人に興味が無かったせいかも知れないが。


「なあ、市川」

「ん?」

「お前さ、俺なんかと一緒にいるより、他のグループと仲良くする方がいいんじゃねぇの?」


 チッチッチと、立てたプリッツを、指揮棒タクトのように目の前で左右に振られる。

 ちょっと鬱陶しい。


「わかってないなぁ、高望たかもちクンは」


 市川は、赤堀への思いを吐露したあの夜から態度が変わった。

 いや、変わったというより、より近くなったというべきか。

 それはまるで、十年来の友人に対する態度に見えて。

 いや、そんな友人いないけど。


「群れないと自己主張出来ない奴らとツルんでも、つまんないだろ」

「そういうものか」

「そうそう。それに、高望たかもちクンといると面白いんよ」


 え。何それちょっと嬉しい。市川がTSしたら最強じゃね?

 勝ったな。完全勝利だぜ。

 しかし俺にはおトクな要素はまったく無いのだけど。


高望たかもちクンてさ、なんか他の奴らと違うんだよね。だから、見てて飽きない」

「なんだそりゃ、珍獣扱いかよ」


 溜息まじりのツッコミに、市川は笑顔で応える。

 そういえば市川って、笑顔しか見た事無いかも。俺なんかにも普通に接してくれるし、懐の広い奴だと思う。


「市川」

「おん?」

「……ありがとな」


 静かになった市川を見れば、そこには大きく見開かれた目があった。あと赤面すんな。

 ちょっとだけ貞操の危機を感じるから。


「今夜は一緒に風呂入ろーぜ、高望たかもちクン♪」


 だからやめれって。




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