第23話

 23 草壁先生の提案


「良い場所があります」


 雨天のため昼メシの場所に困っていた俺──高望たかもち昇太しょうたに、宮坂が言った事だ。

 だが……どうしてこうなった。


「なんだ高望たかもち、キミの食事はそれだけか?」


 なんでだよ。どうして保健室なんだよ。

 保健室の主である養護教諭の草壁くさかべ先生は、俺のナポリタンドッグとメロンソーダをまじまじと見ている。


「ほぼ炭水化物、栄養バランスの欠片も無い。見事にジャンクな食事だな」

「別にいいでしょうに。三食こんなメニューでは無いんですから」


 ナポリタンドッグを頬張りながら、取って付けた言い訳を論じる。


「しかしだな。あまりにも野菜が少なすぎる」

「カツ丼を目の前に置いて言うセリフじゃないですね、それ」


 草壁くさかべ先生のデスクには、白と紺色のスイカ模様の丼がデンっと乗っている。その中には肉厚のカツが卵に閉じられてご飯の上に鎮座していた。

 目に見える野菜といったら、三つ葉と刻んだタマネギくらいだ。


「い、いいじゃないか。カツ丼は週に一度のご馳走なんだぞ。ご褒美なんだぞっ」


 なんのご褒美だよ。

 てか女性のご褒美っていったら、お風呂上りのプリンとかアイスじゃないの?


「じゃあ普段は何を召し上がってるんです?」

「た、玉子丼とか、親子丼とか……」


 少なっ。野菜少なっ。

 てか基本毎日ドンブリなのね。

 まあ、この人に関してはもう驚かない。

 のっけから武器の名前とか口走ってたし。


「た、高望たかもちくん、今日も多く作り過ぎちゃったんですけど」


 不意に宮坂の弁当が視界に伸びてきた。手でも摘めるように、アスパラガスのベーコン巻きやら玉子焼きやらにはカラフルで可愛らしい楊枝が刺してある。


「悪いな、じゃあちょっとだけ」

「はい、どうぞ召し上がってください」


 ピンク色の弁当箱に手を伸ばすと、不意に小さな笑い声が耳に入る。


「ほほう、なかなかやるな宮坂」


 笑い声の主は、草壁くさかべ先生だ。

 そのニヤニヤした視線は的確に宮坂を射抜き、結果、宮坂は顔面真っ赤状態になった。


「じぇ、じゃ、ちぇんよ!」


 おおう、久しぶりの全開パニックだな宮坂。まあ、単に俺の栄養の偏りを考えておかずを恵んでくれてるのに、勘繰られれば嫌だよなぁ。


「どうどう宮坂、わかったから落ち着け。いつも美味しいおかずをありがとうな」

「$〆☆♪〜」


 おっとついに文字では表せなくなってしまった。意味は解るからいいけど。

 鎮めるようにたしなめると、宮坂はさらに赤面してブンブンと首を振る。舞った髪から嗅いだ事のある良い香りが振りまかれ、俺まで頬が熱くなる。


「驚いたな。宮坂のあの言葉が解るとは」

「いや、あのくらいのキョドリ語なら先生も解るでしょうに」

「いいや、まったく伝わらなかったよ」


 まじか。

 ちなみに最初のは、全然そんなつもりじゃありませんよ。

 記号のは、恥ずかしいからやめて、だ。

 まあ、いつもより若干レベルは高いけれど、そんなに難しいかな。


「ふふ、すっかり以心伝心だな」

「先生やめてください、目が怖いです」

「なーにが怖いです、だ。顔がだらしないぞ高望たかもち


 にやにや笑う草壁くさかべ先生を横目に、面倒になった俺は宮坂からアスパラのベーコン巻きをいただく。

 うむ、美味い。


「と、ところで高望たかもちくん。ピクニックはどうしまふ?」


 落ち着いてきた宮坂はさっさと話題を変えたかったのか、市川に提案された件を振ってきた。最後が怪しかったけど、武士の情けでスルーした。


「んー、まあ行くとしても夏休みだろうなぁ」

「ですよね。これから期末テストもありますし、梅雨ですし」


 正直、ピクニックが楽しいのはか微妙なところだ。

 が、あの時の市川の目は、どこか真剣味を帯びていた。

 何か意図するところがあるのだろう。


「なら夏休みの最初に行く線で、市川に持ちかけてみるか」

「そうですね……あ、お弁当持っていく時に保冷剤が必要になりますね、時期的に」

「そうだな、遊びに行って食中毒はシャレにならないよな」

「それなら、現地で作ったらどうだ?」


 宮坂と俺が頭をひねっていると、草壁くさかべ先生のカツ丼まみれの口が挟まってきた。


「作るといっても、道具を持っていく方が大変でしょうに」


 真っ当な意見を言ったつもりだが、草壁くさかべ先生は相変わらず笑みを浮かべている。あとアゴにご飯粒がついてる。

 ご飯粒をつけたまま、草壁くさかべ先生は引き出しから一枚のプリントを取り出した。


「時に、夏休みに林間学校があるのを知っているか?」

「ああ、ありましたね。自由参加と聞いております」


 宮坂が答えるも、俺は林間学校なんて知らなかった。いつの間に告知されていたのだろう。解せぬ。


「期末テストの終了後に、参加者の募集があると思うが──」


 途中で言葉を切って、草壁くさかべ先生はカツ丼を頬張る。きっと話してる間に食べたくなってしまったのだろう。

 こうして見ると、この先生は少年のように見える。ま、姿形は必要以上にオトナの女性なのだけれど。

 しかし草壁くさかべ先生は独身。浮いた噂も無い。

 この手のギャップって、大人の男性からは受けが良くないのだろうか。

 結構イチコロだと思うのだけれどなぁ。

 そう。例えば俺のような陰キャとかは、ね。

 おっと脱線。草壁くさかべ先生が赤い顔で睨んでいらっしゃる。


「──こほん。その林間学校な、私が引率の一人なのだよ」


 へー、そうですか。

 いまいち話が繋がらないけれど、一応頷いておく。


「ピクニックの参加者は、宮坂、市川、市川の幼馴染、あと高望たかもちだろう。ちょうど林間学校も四人の班で動く。親睦を深めるには良い行事だとは思わないか?」


 俺と宮坂は、一斉に草壁くさかべ先生の顔を見つめた。

 顔についたご飯粒が、キラリと光っていた。

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