第22話

 22 誘い


 宮坂、市川との屋上での昼食会の後、市川はいつもの騒がしい奴に戻った。

 結局、何が市川を無口にさせていたのかまでは、判らなかったけれど。


「ね、高望たかもちクン、ピクニック行こう」

「どこへ」

「それはみんなで相談だよ」

「みんな?」


 みんなって、誰だ。

 そんな団体に属した記憶は無いし、そもそも何人以上を「みんな」と呼称するのか。是非とも最小ロット数を教えて欲しいものだ。

 眉を寄せる俺に、市川は朗らかな笑みを向けてくる。


「そ、勉強会した四人でさ」


 市川、宮坂、俺、あと……あ、赤堀か。


「あの屋上のごはん、オレ結構楽しかったんだよね。またやりたいなぁ、って」


 なるほど、そういうことか。というかファミレスで四人で食べた件はカウントしてないんだな。

 まあ、確かに宮坂のパスタは美味かったが……いやちょっと待て、その言い方だと。


「弁当は──また宮坂に頼むのか?」


 あの時も宮坂は、そんなに手間では無いと言ってくれたが、それはどうにも心苦しい。


「あのパスタ美味かったし、それも魅力的だけど」


 言葉を切った市川は、少しだけその中性的な顔を寄せてくる。


「みんなで持ち寄るのも楽しいかな、って」


 各自持ち寄りもなれば、俺のする事は決まったも同然、ナポリタンドッグを人数分用意するのみだ。


 しかし、少し意外だ。

 市川はどこか大人びていて、たまに達観した顔を見せる奴だ。そいつの口から、みんなでピクニックなんて言葉が出るとは思えなかった。


 つまり。

 市川の提案の裏には、他者の差し金を感じる。

 きっと赤堀あたりだろうけれど、その理由は不明だ。


 ということで、翌日の昼休みに宮坂に話してみる事にした。


 のだが──



 翌日は朝から雨だった。

 今年は空梅雨からつゆなどと言われているが、例年より降雨量が少ないだけで、雨は降るのだ。

 雨が降れば屋上は使えない。すなわち、昼メシの場所に困るのだ。


 三時限目の休み時間、仕方なくスマホを開く。

 数少ない連絡先の、宮坂の名前をタップ。

 メールを打ち込もうとする段になって、手が止まる。


 メールって、どういう文章が良いのか。

 和訳すれば、メールは手紙。

 ならば時節の挨拶から入るべきなのか。

 いや、そもそも宮坂にメールを送ること自体が初めてなのだ。この場合は、はじめまして、なのだろうか。


 文字を打っては消し、消しては打つ。それを何度か繰り返したところで、休み時間は終了してしまった。


 何も出来ずに迎えた昼休み。

 さて、どうしよう。

 スマホ片手に固まっていると、市川の声が聞こえてきた。


高望たかもちクーン、宮坂さん来てるよー」


 俺も含めたクラスの視線が、いっぺんに教室の扉へと向く。

 宮坂だ。宮坂えりかだ。

 俺の視線に気づいて、胸の辺りで小さく手を振っている。

 宮坂が手を振る先に気づいたクラスの視線が、今度は俺に集中した。

 男子どもからは、なんだあいつだの、あんな奴いたっけなどと小さな罵声が響く。

 その視線と声に耐えきれなくなった俺は、昼メシのコンビニ袋を持ってそそくさと教室を逃げ出した。



「待ってください、高望たかもちくん」


 足早に歩く背後から、鈴の音の如き声が聞こえる。

 振り返らずに階段の角を曲がって、そこで宮坂を待つ。


「待ってくださいって言ってるのに、ねぇ高望たかもちくん!」


 叫びながら階段へ走り込んできた宮坂は、俺を見るなり顔が固まり、すぐに緩んだ。


「逃げなくてもいいでしょう」

「悪い、目立ちたくなかった」

「……高望たかもちくんだって、十分ワル目立ちしてますけどね」


 え、そうなの?

 木を隠すなら森。ならばさらに見つからないように、出来るだけ身を屈めてたつもりなのに。


「目立つことをした覚えは無いんだけどな……」

「目立ちますよ、人を寄せつけない雰囲気とか、特に」


 悲しい事実を知ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る