第21話
21 青空ランチ
月曜日。
やはり市川大樹は話しかけてこない。
が、よく観察していると、チラチラとたまにこちらを見ている。睨むでもなく、盗み見る感じで。
なんだ、仲間になりたいのか、などと愚考しながら、宮坂が提案した、対市川作戦を脳内で反復する。
そして勝負の時、昼休みが訪れた。
市川は、既に席を立とうとしている。俺は滅多に見せないダッシュ力で教室内を駆けて、市川の肩を掴んだ。
「え」
素早く市川を押し出して廊下の壁に押し付けて、じっと市川の顔を見る。
ふいと市川は横を向いた。
「なあ、理由だけでも話してくれないか」
「……なんのことかな」
顔を逸らしたままで、市川は俺に答える。
「別に俺がぼっちなのは良い。それが日常だからな。だけど、市川の態度の理由は知りたい」
「だからなんのことか──」
廊下に人が増えてきて、じろじろとこちらに視線が刺さる。
当然だ。
校内の廊下、公衆の面前で、男が男に壁ドンしてるなんて、奇異以外の何物でもない。
「とりあえず、場所を変えよう」
意外にも市川は、無言のまま素直に俺の後を着いてくる。
「ここが良い」
着いたのは、俺の定番スポットである屋上だ。
そこでふと市川が呟く。
「パン買いに購買行きたいんだけどさ」
「気にするな、とりあえず屋上だ」
階段室の鉄扉を開け、市川を押し出す。
開けた扉の向こう、屋上では、宮坂えりかが夏の陽射しを浴びていた。
「こんにちは、市川くん。ごはん、食べましょう」
校内では滅多に見せない笑顔を浮かべ、宮坂はレジャーシートを敷く。
「ねぇ
「……単なる気まぐれ」
言い訳が苦しいにも程があるな。
訝しがる市川をレジャーシートに這いつくばらせて、俺もその隣へ腰を下ろす。
その眼前に宮坂は、保冷パッグから幾つかの容器を並べ始めた。
「ファミレスみたいに種類はありませんけど、ちゃんと飲み物も用意してありますよ」
水筒を出して、カップを三つ並べる宮坂に、市川はきょとんとしている。
「お弁当は、パスタにしてみました」
宮坂が容器のフタを開けると、ピンク色、緑、オレンジが目に入った。
その隙に紙の取り皿とフォークを渡されて、なんだかピクニックのような様相を呈し始める。
「え、これ、宮坂さんが作ったの?」
「はい。右から、たらこパスタ、ジェノベーゼ、そしてナポリタンです」
ありがたい、ナポリタンがある。
このピクニック形式の昼食会は、宮坂の提案だ。
何も無しに面と向かって話すより、何かしながらの方が良いのでは、と宮坂は言った。
ちなみにこの案は、ファミレスでの勉強会を参考にしたらしい。
「さあ、召し上がってください」
それぞれの容器に、取り分け用の小さなトングが置かれた。
事前の話し合いで、まず最初に俺が食べ始める段取りになっている。
よし、ナポリタンは後に取っておくとして、まずはたらこパスタだな──え。
「なにこれ、めっちゃ美味い」
弁当なので当然冷めているのだが、凄く美味い。
「冷めても美味しく食べられる様に、少し柔らかめに茹でました」
「すげぇな宮坂」
「ありがとうございます。市川くんも、遠慮なくどうぞ」
「あ、ああ。じゃあ……えっ、美味っ!?」
促された市川の一口目は、ジェノベーゼだった。
「なんだこれ、幾らでも食べられる」
「マジか市川、ちょっと俺も……美味い」
市川の言う通り、ジェノベーゼも絶品だった。
「お口に合うようで良かったです」
宮坂はたらこパスタを少し取って小皿に移し、くるんとフォークに巻き付けて微笑む。
「やっぱり宮坂さんはすごいなぁ」
「そんなことないですよ。どれも簡単な物ばかりですから」
それからしばらく、俺たちは黙々と食べるマシーンと化した。
そして、俺が締めのナポリタンを飲み込んだところで、全ての容器が空っぽになった。
「「ごちそうさまでした」」
「はい、お粗末さまです」
宮坂は答えながら飲み物の用意を始める。
「しっかしあれだね。
「しょ、しょろんにゃこちょにゃひ……」
おいやめてやれ市川よ。
宮坂がおキョドリ遊ばせてるだろ。
てか、最近になって宮坂のキョドリ語が何となく判るようになってきた。
今のはきっと、そんなことないです、と言いたかったのだろう。
しかし市川には判らないかも知れないので、軽く補填をする。
「だな。宮坂の言う通り、今日が初めてだ」
「──すげぇな
「あん?」
「あの宮坂さんの言葉を理解出来るのが凄いっての」
「いや、何度か聞いたら判るだろ」
「ぜっっっったいに、判らないっ」
何もそんなに力説しなくても。市川は溜め息ひとつ、さらに続ける。
「しかし……これがバレたらオレたちヤバいな」
「ん?」
あれ?
市川の言葉が理解できなくなっちゃったのかしら。
「だってさ、宮坂さんの手料理だよ? ぜっったいに男子たちの嫉妬の的になるって」
そ、そうか。
そういう考え方も出来るな。
つか市川、ぜっっったい、ってフレーズ、気に入ってるのか。
まあ、市川と自然に話せたし。
宮坂には感謝だな。
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