第20話

 20 相談と提案



 市川大樹。

 思えばこいつは、不思議な奴だ。

 まず俺なんかに自分から話しかける時点で不思議だし、俺と話すようになって以来、他のクラスメイトとはあまり話さなくなったように見えた。


 そういう奴が、二日ほど前からは俺とも話さない。

 つまり有り体に言えば、クラスにぼっちが一人増えた。

 いや、ぼっちでは無いか。クラスは違えど、赤堀香恵アロマという幼馴染がいるし。


 昼休み。

 俺はいつもの様に教室から避難する。屋上への階段を上ると、既に先客があった。

 宮坂、えりか。


「中間テストは、どうでした?」


 宮坂と俺は、旧校舎の屋上で、二メートル程間隔を空けて並んで座り、昼食を摂っている。


「ん、まあまあかな。そっちは?」

「こちらもまあまあ、です」


 お互いに具体的な点数は言わない。けれど、俺の「まあまあ」と宮坂の「まあまあ」は、雲泥の差があるだろう。


 まあ、結果は中の上くらい。平均点くらいは取れただろう、という程度。

 宮坂は、職員室前の掲示板をみれば一目瞭然。

 上位二〇人しか名前が載らない、成績優秀者一覧。その筆頭に、宮坂の名はあった。

 何が「まあまあ」だよ、とは思わない。人それぞれ、基準は違うのだから。


 雨の降らない日の昼休みは、宮坂と過ごすのが日課となっていた。

 俺がナポリタンドッグを頬張る二メートル程離れた位置で、宮坂は膝の上に小さな弁当箱を広げている。

 会話は、ぽつりぽつり。

 不意に宮坂の視線を感じるが、まあそれは気のせいにしておこう。

 別に宮坂と、どうこうなろうとは思っていない。

 方や才媛さいえんの美少女。

 方や陰キャ。超能力一家の落ちこぼれ。

 同じボッチだとしても、人間としてのスペックが違い過ぎる。


「赤堀さんって、面白い方ですね。市川さんも良い人のようですし」

「まあ、そうなんかな」


 宮坂は、先日の勉強会での会話がよほど印象深いのか、よく話題に出してくる。


高望たかもちくんの言う通りに会話したら、自分なりに上手くいきました」

「そうか、よかったな」

「はい」


 唐突に始まる会話は、柔らかな笑みを最後に幕を閉じる。


 ふと、市川のことを思い出した。

 見た目はチャラく、中性的な顔立ちをしている。その人当たりの良さも相まって、さぞかしモテるのであろう。

 だが、先ほど宮坂が言った通り、市川大樹という男は良い奴なのだろうと思える。

 俺に話しかけてくれたのも、自分の幼馴染である赤堀香恵アロマを紹介してくれたのも、ぼっちの俺を見かねての事なのかも知れない。

 そんな奴が、俺に話しかけなくなった理由。

 やはり、幼馴染の赤堀の件が関係しているのだろう。というか、それしか思い当たらない。


 遠くの雨雲を眺めつつ、今度は原因であろう赤堀香恵アロマについて考える。


 第一印象は良くなかった。変な挨拶をするし、見た目ビッチだし、テーブルに胸を乗せてくるし。

 おっと、最後のは余計だった。

 が、四日連続の勉強会をへて、少しだけ印象は変わりつつあった。

 社交的で、たまに理解不能な言葉を発するが、決して悪い奴ではないと思える。

 何より宮坂を崇めたり貶めたりせず、普通の女子として接していた。

 そのおかげで、宮坂の表情は柔らかくなった。


 だが、先日の二人だけの勉強会での赤堀の発言。


『宮坂は、作り物っぽい』


 これは明らかに異質だ。

 女子の腹黒さと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも赤堀が人に悪意を向ける場面は、初めてだった。


 さらに言えば、あの時の赤堀の言動には、一貫性が無い。

 宮坂を貶めたと思えば、今度は自分自身の良くない噂を持ち出してきた。

 自分を良く見せる為に、他人を貶めるのは良くあることだ。

 ならばこそ、他人と自分を同時に貶めるのは、やはり解せない。


 赤堀香恵アロマの目的が、わからない。


 しかし、そろそろ屋上はきつくなってきた。単純に暑いし、湿気も強い。

 これでは、俺は良くても宮坂が参ってしまうだろう。


 ──俺は何を考えていた。


 何故、俺の思考に他人が存在するのか。

 市川にしろ、赤堀にしろ、宮坂にしろ。所詮は住む世界が違う人種。手が届く存在ではないし、手を伸ばすつもりもない。

 故に、俺の考えは愚考だ。意味すら成さない。

 暑けりゃ、宮坂が自分で何とかするに違いない。此処に来る約束も義理も無いのだから。


「──どうかしました?」


 涼やかな声音に耳を奪われ、思考が停止した。


高望たかもちくん今、怖い顔していました」

「いや、何でもない」

「何でもないのに、どうして考え込んだり怖い顔をしたりするのでしょう」


 え。

 まさか。


「ずっと、見て……た?」

「はい。高望たかもちくんの表情、まるで猫の目のようにころころと変わってました」


 俺ってそんなに顔に出るのか。ペタペタと顔面を触るも、それで何が判る訳でもない。


「なにか、お悩みですか」

「あ、ああ、ちょっとだ──」


 ──おい、俺。

 今何をしようとした。

 宮坂に悩みを打ち明けようとしただろ。


「話して、みませんか」


 やめておけ。


「いや、話しても解決するものじゃないし」

「解決できなくても、話してもらえたら一緒に悩む事はできます」


 ああ、そうだな。

 話してみるのも良い──おい。人を頼るなよ俺。


「聞かせてください。相づちくらいなら打てますから」


 ──気がつけば、俺は話し始めていた。

 市川のこと、赤堀のこと。

 宮坂は、俺の下手な説明を頷きながら聞いてくれた。

 話し終えた俺に、宮坂は微笑む。

 俺はその宮坂の微笑みに見とれていた。


「あの、ひとつ提案があります」


 提案?

 俺の悩みを解決する糸口を見つけたのか。


「お弁当、作ってきてもいいですか?」


 俺の思考は、停止した。

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