第19話

 19 赤堀の噂


 中間テストが終わった日の放課後。

 昇降口で赤堀香恵あろまの待ち伏せを食らった。


「ショタっち、どうしよう!」


 至近距離に身を寄せてきて、上目遣いで目を潤ませて。

 衆目は集めるし、無意味に心臓は踊るしで、非常に良くない状況である。

 階段の陰に赤堀を引っ張り込んで、話を聞いてみる。

 どうやらテストの出来が良くなかったらしい。


「今回は自信あったのにー」


 やはりたった四日間の付け焼き刃では、たいした効果は無かったようだ。


「ね、勉強教えて。期末でまた赤点あったら、夏休みが無くなっちゃう」


 てか赤点あったのかよ。

 勉強会で宮坂が教えてくれたポイントを抑えておけば、半分くらいは出来る筈だぞ。現に俺は、宮坂のおかげで全教科七割は得点出来ている。

 しかし、市川を通さずに赤堀が来るとは予想していなかった。が、かなり切羽詰まっていることだけは解る。


「わかった。俺で出来るとこまでなら」

「ありがと! 一番成績良いのショタっちだから、お願い!」


 ん?

 宮坂では無いのか。

 赤堀にとっての宮坂は、どういう扱いなのだろうか。


「んじゃ、場所は図書館」

「ファミレスがいい」


 それ本当に勉強する気あるのか。


「つか市川は?」

「ふたりじゃ、いや?」


 上目遣い。

 質問返し。


「いや、別に構わないけど」

「やったぁ」


 訪れたファミレスは、満席だった。

 不満そうな赤堀を引っ張って、中央図書館へ向かった。


 勉強始めて二時間。一向に赤堀の勉強は進まなかった。

 時折質問を投げかけてくるのだが、どうも受け応えもちぐはぐだ。

 つまり、まるで集中出来ていない。


「なあ、やっぱり宮坂に教えて貰う方が」

「……ショタっち、そんなに宮坂さんに会いたいの?」


 不意の質問。

 さらに赤堀は話を続けた。


「確かにさ。宮坂さんは可愛いし美人だけど……なんか本性隠してるっていうか、作り物っぽい」


 ──何が言いたいのだろう。

 宮坂が可愛いとか美人とか、勉強には関係ない筈だ。


「あ……ゴメン。そういうつもりじゃ、ないの」


 また理解出来ないことを重ねられた。

 どういうつもりだと理解したのか。むしろ赤堀は、どういうつもりで勉強しに来ているのか。


「あたし、やな女だね」


「あたしの噂、知ってるでしょ」


 確かに、赤坂の噂は風聞では知っている。


 他校の男子たちと遊びまくっている、軽い女。

 釣った魚から二匹目を狙いに行く、マッドアングラー。

 産婦人科の常連。


 などなど、決して良い噂とは言えないものばかり。

 が、あくまで噂。

 それに赤堀は、俺の唯一の男友達である市川の幼馴染だ。

 そこにどんな信用材料があるかは判らない。けれど友達の幼馴染なら、無下には出来ない。


 だから俺は、赤堀の願いを聞き入れることにしたんだ。


「──あたし、帰るね」


 が、それも水泡に帰した。

 一人取り残された図書館の閲覧室。独り、考える。

 どうして赤堀は途中で帰っていったのか。

 何がいけなかった。

 そもそも俺を頼りにした赤堀の意図は何だったのか。

 対人経験の乏しい俺に、分かる訳もなく。

 そのまま眠りに就くしか出来なかった。


 翌日から、市川が俺に話しかけて来ることは無くなった。

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