第16話

 16 能力、三たび


『──昇太しょうた、うしろ!』


 脳内に響く声。これってまさか、ばあちゃん──

 背後を振り返ると、二つの眩しい光が迫っていた。

 自動車だ。前を見ていないのか、スピードはそのままに段々と左に寄ってくる。


 俺たちは道の左端。背後には電柱。

 宮坂はまだ気づいていない。

 仕方ない。身の危険には代えられない。


「悪い宮坂っ」

「──え、あんっ」


 宮坂を抱き寄せる。


 ──瞬間移動テレポート


 俺たちが公園の中に着地した瞬間、とてつもない衝突音が夜の住宅地に響き渡った。

 ふう、危なかった。

 思わずその場にへたり込む。

 宮坂は、瞬間移動テレポートの衝撃で気を失っているようだ。

 幼稚園の頃、俺が初めて瞬間移動テレポートした時も、今の宮坂と同じように失神した。


 地べたに座る俺にしな垂れかかる宮坂の肩に、手を置く。

 やはり俺の能力チカラでは、二人での瞬間移動テレポートは無理があったようだ。


 と、衝突音に驚いた住民たちが集まってきた。その中には当然の如くうちのじいちゃん達もいるわけで。


昇太しょうた、お取込み中すまんの」


 ニヤニヤしながらこっちに歩いてきた。


「どうやら間に合ったようじゃ……おや、お嬢さんは気絶してしまったようじゃの」

「そりゃあね、能力者でない宮坂がいきなり瞬間移動テレポートなんてしたら……」

「無理もないのう」


 じいちゃんの念動力テレキネシスで宮坂を浮かせて、ベンチに寝かせてもらう。


「さっきの"声"は、ばあちゃん?」

「ばあさんしかおらんじゃろ、千里眼と念話テレパスを同時に使えるのは」


 そうか、やっぱりばあちゃんか。


「何にしても、無事で良かったのう」

「ああ、助かった」

「さて、そのお嬢さんをどうしようかの」


 そうだ。宮坂をこんな所に寝かせておく訳にはいかない。


「宮坂さん! 宮坂さんはおられますか!」


 野次馬の群れに叫ぶも、誰からも反応は無い。


「困ったな、家は近所のはずだけど……」

「宮坂さんならあの家だけど、週末は出張とか仰っていたような」


 一人の女性がこちらに気づいて教えてくれた。指し示すのは、住宅地の一段上にある、大きな白亜の家だ。本当に白亜かどうかは夜だから分からないけど。

 が、それでは何の解決にもならない。

 きっと施錠はしてあるだろうし、あんな豪邸なら警備会社と契約していそうだ。


「ふむ、一旦うちに連れて行くか」


 ふよん。

 じいちゃんの指先に合わせて、ベンチに横たわる宮坂が浮かび上がる。


「ちょ、おい」


 慌てて宮坂を抱きかかえる。

 ったく、人目があるってのに。これだからジジイは困……いてっ!


「なんで殴るんだよ」

「なんとなく、じゃよ」


 俺の頭を小突いた杖を手に、じいちゃんは笑っていた。




 とりあえず宮坂を家に運んだ後、ばあちゃんにお礼を言って、もう一度公園そばの事故現場に戻った。

 事故の原因は、運転手の居眠りだったらしい。

 車は大破したものの、幸いエアバッグのおかげで運転手は軽傷、念の為病院に運ばれたとのことだ。


 んで、自分の部屋に戻ったら。


 ──ドウシテコウナッタ


 俺の部屋の。俺のベッドに。

 宮坂えりかが寝かされていた。

 すぐにじいちゃんのいる床の間のある和室に向かい、この部屋だけに貼られた障子を開ける。


「おい、じいちゃん。どういうことだよ」

「ん? どした」


 このジジイ、なぜにキョトン顔なんだよ。

 あとさっきは暗くて気がつかなかったけど、なんでアロハシャツなんだよ。


「おお、この服か? 昨日ハワイで買ってきたんじゃ」


 このジジイ。

 昔俺に言った言葉をすっかり忘れてやがるな。

 なにが「能力チカラは人の為に使うのじゃ」だよ。私利私欲に使いまくりじゃねぇか。


「まあまあ、これでも食べて落ち着け」

「しれっとマカダミアナッツとか出してくんな。これも土産かよ」

「食べ物とか買ってくるなよ。検疫って知ってる?」

「大丈夫じゃ。免税店で買ったからの」


 あーもう!

 話が通じねぇ。


「だから、なんで俺のベッドに宮坂を寝かせたんだよ」

「なんじゃ、嫌か」

「嫌とかじゃなくて、俺が寝れないだろ」

「大丈夫じゃ、あと一時間もすれば目が覚める。それまでは匂い嗅ぎ放題じゃろ」

「もうやだ、このジジイ……」


 いろんな何かを諦めて、自室に戻る。

 が、状況は変わる訳もなく。


 仕方なく、クッションに腰を落ち着ける。

 今さらだけど、俺の布団、クサくないかな。

 仰向けに寝ている宮坂を見る。

 こいつ、本当に美人だよな。

 だがその美貌のせいで、こいつが少なからず苦しんでいたのも事実だ。


 過ぎたるは、及ばざるが如し。


 例えば、百メートルを九秒台で走るアスリートは、賞賛される。

 だけどもし、百メートルを二秒で走ってしまったら。

 きっとそのアスリートは、異物を見る目で見られるだろう。

 人間は、基本排他的な生き物だ。

 自分の常識に当てはまらないモノは、排除か恐怖の対象でしかない。


 つまり、こいつの美貌は、俺の能力チカラと同じ。

 自分で望んだモノではない。


 ならば、だからこそ俺は、宮坂を──


「──んんっ、ふぁ」


 宮坂の声に驚いて、緩みかけた頬を引き締める。

 どうやら寝言のようだ。

 よく眠っているようで、宮坂は、俺のベッドの上で寝返りを打つ。


 まあ、今日のところはいいか。笑った寝顔からして、きっと楽しい夢でも見ているのだろう。


「おやすみ、宮坂」


 届かない声を掛け、俺は予備の毛布を掴んで、リビングへと向かった。


 翌朝、俺の部屋から宮坂の叫び声が聞こえたのは、また別の話だ。

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