第15話

 15 勉強会三日目


 勉強会は三日目、金曜日を迎えていた。


「いやー、初日はどうなることかと思ったけど、何とかここまで来たな」

「いうな市川」


 ──初日。

 いざ勉強を始めると、俺も宮坂も無言で問題集を解き始めた。それが宮坂と俺で練習した勉強会だった。

 が、数分後に赤堀香恵アロマからストップがかかる。


「ねえっ、えりちんもショタっちも! これじゃ勉強会になってないよっ」


 え、ショタっちって誰。


高望たかもち昇太だから、ショタっち」


 俺、ショタじゃねぇし。つかフルネーム教えたっけ。


「だね。高望たかもちクンと宮坂さん、勉強会は初めて?」


 思わず宮坂と顔を見合わせて、言葉に詰まる。


「あー、分かった分かった。二人とも、練習しただけなんだね」

「……そういうことだ」

「……ですね」


 そこから、市川赤堀ペアによる、勉強会とは如何なるものかの講義が始まり、初日はそれで終わった──



 三日目ともなると、宮坂もかなりリラックスしているようで、赤堀にイジられつつも教師役をこなしている。

 俺は俺で、問題集を解くのみ。つか俺だけ初日と変わってねぇし。


 それでも宮坂は、赤堀や市川とちゃんと会話が成立している。

 教え方も上手いようだし、これで宮坂の友達も増えるだろう。


 ん? なんだ?

 今なにか、何処かに魚の小骨が引っかかる感じがした。

 多分、気のせいだろう。




「ふぃ〜、今日もありがと、えりちんっ」

「どういたいまして」

「いやマジ宮坂さん教えるの上手いわー」

「お役に立てれば何よりです」


 窓の外はすっかり夜だ。

 市川と赤堀は、宮坂が教えたおかげで、かなり勉強が捗ったらしい。

 俺は、たまに市川のフォローをしつつ、ドリンクバー係に徹した。


 店を出ると、雨は降っていないものの梅雨特有の湿った夜風がまとわりつく。

 途中で市川、赤堀と別れ、今はご近所さんの宮坂と二人で歩いている。


「明日は、用事だっけ」

「ええ、土日はだいたい」


 ほう。しかし宮坂のことだ。予備校にでも行って勉学に勤しんでいるのだろう。

 まあ、明日は今日までの復習をやるとか言ってたから、市川と赤堀は大丈夫だな。


高望たかもちくんって、頭良いですよね」

「やめてくれ。首席入学者に言われても嫌味にしか聞こえないぞ」

「そうではなくて、地頭じあたまが良いなぁ、と」

「そうか?」


 中学時代は、勉強していた。特に三年の時は同級生どもから離れたい一心で、必死に勉強した。

 おかげで二回目の学力調査では、主要五教科とも九割の点数を叩き出せた。

 が、勉強したのは高校の入学試験直前まで。それからは勉強していない。


高望たかもちくんって、不思議な人ですね」


 宮坂は、たまに意味不明の質問を投げ掛けてくる。が、俺にとっては大問題だ。

 不思議、という語句の真意。

 もしもそれが俺の「能力チカラ」を指すのだとしたら。

 ただでさえ、俺は宮坂の前で二回も能力チカラを使ってしまっている。

 一度めは、初めて会った屋上。

 二度めは、この間の書店。

 いずれも宮坂を助ける為なのだから仕方ないとはいえ、他人ひとがいる場所で能力チカラを使ったことに変わりはない。


 市川は、チャラいけれど良い奴だ。

 こんな俺に話しかけてくれるだけでも世界遺産に認定したいくらい奇特だが、さらに俺を友人のように扱ってくれる。

 赤堀は、正直よく分からない。

 思考が読めないというか、何を考えているのか分からない。

 市川が俺に幼馴染を、赤堀を紹介したのも謎だ。


 市川と赤堀の関係性は、ラブコメならば鉄板と言っていい。

 中世的で明るい男子と、可愛らしく明るい女子。その二人が幼馴染なのだから、それは多くの思春期男子が憧れるシチュエーションな筈だ。

 市川は、赤堀をどう思っているのか。赤堀は、市川をどう見ているのだろう。

 そして宮坂は──え。


高望たかもちくん、どうかしました?」


 宮坂は、俺の顔を覗き込んでいた。

 そしてあまりにも近い。湿った夜風がほんのりと甘さを帯びて、俺の嗅覚をくすぐる。


「い、いや。何でもない」


 気がつくと、近所の公園の前まで来てきた。

 星も見えない外灯の下、スポットライトに照らされたような宮坂の顔が、真っ直ぐな瞳が、俺を拘束する。


 落ち着け。

 落ち着け、俺。


 宮坂に他意は無い。

 考え事をしながら歩く俺を危ないと思って、純粋な善意で俺を心配しただけだ。


 この俺の緊張は、喉の渇きは、汗は。

 梅雨時の夜風と、女子慣れしていない俺のせい。

 きっと相手が宮坂でなくても、俺はこうなってしまうのだ。


『──昇太しょうた、うしろ!』


 脳内に響く声。

 背後を振り返ると、二つの眩しい光が迫っていた。




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