第14話

 14 勉強会初日


高望たかもちクン、行こうぜー」


 放課後、いつもの様に市川に捕獲される。

 が、今日はしっかりと目的があった。

 勉強会だ。

 懸念していた教師役は、市川のゴリ押しで宮坂になった。


「ショタっち、ぼんじょ!」


 相変わらず変な挨拶をゴリ押しする赤堀も昇降口で合流し、あとは宮坂だけ。


 勉強会は、高校から少し離れたファミレスで行われる事となった。

 場所についてだが。

 図書館という案も出たが、静かな閲覧室では小声でも迷惑になるからと却下。

 却下したのは赤堀、されたのは俺。

 その時に気づくべきだったのかも知れない。

 赤堀のいう勉強会と、俺や宮坂が試した勉強会が、まったく別物ということに。



 ファミレスの前で待っていた宮坂と合流して、四人揃っての初顔合わせ。


 デキリーマン市川はいつものヘラヘラした人懐っこい笑顔。赤堀は宮坂が参加することに驚き、宮坂は普段学校で見せる無表情。

 ちなみに宮坂に対しては赤堀は「ぼんじょ」とは言わなかった。

 それぞれが軽く挨拶を交わし、いざ勉強会の場へ。


 事件は、席に座るなり起こった。

 宮坂は、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回す。そんな宮坂に、赤堀は訝しげな視線を送っている。


「──どしたの、宮坂さん」

「いえ、こういう場所は初めてなので」

「へえ、宮坂さんクラスになると、ファミレスなんて来ないんだねー」

「おいやめろ、香恵アロマ

「あたしを名前で呼ばないでって言ってるでしょ、バカダイキ」

「はいはい、香恵アロマ


 市川に対する態度からすると、どうやら赤堀は機嫌が悪いようだ。

 宮坂は、無表情の中にほんの少しの申し訳無さが浮かんでいる。


「と、とりあえずドリンクバーと、ポテトでいいかな」

「そ、そうだな」


 女子二人に触れずに、市川と俺でとりあえずの注文を決めて、店員さんに伝える。


高望たかもちクン、ドリンクバー行こうぜ。香恵アロマと宮坂さんの分も取ってくるよ」


 出た、デキリーマン市川の気遣い。


「じゃあ、あたしキャラメルミルクティーね」

「分かった、宮坂さんは?」

「──えっと、どんな物があるのでしょうか」

「えっ、宮坂さん。マジで初めてなの?」


 困る宮坂に、驚きの表情を向ける赤堀。


「てっきりお高くとまってるだけかと思った……」

「いえ、本当に初めてで」

「んじゃ説明したげる。宮坂さん、一緒に行こっ」

「あ、ちょ、ちょっと」


 返答も聞かずに宮坂の手を引いた赤堀は、颯爽とドリンクバーへ向かって歩いていく。


「赤堀さん、どうしたんだ?」

「さあね、宮坂さん相手にマウント取れる、とでも思ったんじゃないかな」


 マウント、ねえ。

 てか、何故市川は赤堀にだけぶっきらぼうなのだろう。

 幼馴染という関係性もあるのだろうけれど。


 ポテトが席に届けられたしばらく後、ようやく赤堀と宮坂が戻ってきた。


「聞いて聞いて! えりちん超かわいーの!」

「は?」


 はしゃぐ赤堀の後ろ、頬を朱に染めた宮坂が俯いていた。

 つか、


「えりちんって、誰?」

「えりちんはえりちんだよー、宮坂えりかだから、えりちん」


 はー、さいですか。

 てか何でウォッカとボルシチの国の元大統領みたいな呼び名なのでしょうか。


「でねでねっ、えりちんたら、ドリンクバー見て『はにゃ』って言ったの!」

「だ、だって……ドリンクバーという名称からして、バーカウンターのような物を連想するじゃないですか」

「いやしない。な、市川」

「そうだねぇ、高望たかもちクン」

「ひどいっ、お二人ともひどいですっ」


 耳まで真っ赤になって涙ぐむ宮坂は、恨めしそうに俺を睨む。

 そして、トレイに載せていたグラスの一つを飲み干して、ツカツカとドリンクバーへと戻ってしまう。

 と思ったら、もう戻ってきた。


「はいどうぞっ、高望たかもちくんの飲み物ですっ」


 どん、と俺の目の前に置かれたグラスの中には、どす黒い液体が揺れていた。


「え、えっと。なに、これ」

「さあ、どうぞお召し上がりくださいっ」


 うわぁ、これ絶対ドリンクバーで数種類混ぜたやつだ。てかドリンクバー初体験でこれを出来る宮坂は、やはり天才か。

 謎の迫力に圧されて、グラスを口に運ぶ。

 ん?

 んん?


「──意外と美味い」

「ふえ? そんな筈は……だって、コーヒーに紅茶を混ぜたのですよ?」


 おぅふ。意外と宮坂さんはイタズラ好きのようだ。

 だが、残念だったな。


「これは、鴛鴦茶ユンヨンチャーと呼ばれる飲み物だな。香港ではこういう飲み方もするらしい」


 これは昔、じいちゃんに飲まされたことがある。

 いつものように瞬間移動テレポートで香港に行き、買って来た物だった。


「うう、悔しいです」

「ははは、やっぱ宮坂さんって、学校とイメージ違うよー」

「だって、高望たかもちくんは、お友達ですから」


 うむ、意味が分からん。


「ねえねえ、えりちんって何で学校で笑わないの?」

「あ、それオレも気になった」

「え……何故、と言われましても」


 宮坂が言い淀むことを、俺の口から喋る訳にはいかず。

 宮坂は、感情を抑えている理由を端的に話す。


「ほえー、えりちん大変なんだねー」

「ええ、気が緩むと皆さんにご迷惑をお掛けするので」

「でも、えりちんの可愛いとこ、もっと見たいなぁ」

「駄目です。他人様ひとさまにお見せするのは心苦しいので」

「じゃあさ、あたしと友達になろーよ」


 元から大きく丸い宮坂の目が、さらに大きく開かれる。


「ダメ、かなぁ」

「だだ、だめではないれす……」

「かっわいー! えりちん大好き!」


 ──勉強しようぜ、おい。

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