第13話

 13.三人の逃走


 放課後の昇降口。

 人だかりの中心に、宮坂えりかがいる。

 その前に立つのは、背の高い男子生徒だ。


「宮坂さん、おれと付き合ってください」

「ごめんなさい」


 即答された宮坂の言葉には、何の感情も篭っていないように感じる。


「り、理由を聞かせてもらってもいいかな?」


 なおも男子生徒は食いさがる。

 つか、何で理由を聞きだかるのかな。希望を持ちたいのか、トドメを刺されたいのか。

 どうせあの屋上の告白みたいに「空を飛んでください」とか無理難題をふっかけられるだろうに。

 いずれにしたって、俺には一生縁の無い話だ。

 だが、宮坂の答えは予想とはまるで違った。


「──言えません」


 もにょもにょと、言いづらそうに、頬を赤らめたのだ。

 宮坂の様子を見た周囲の男子から、歓声が上がる。

 みんな口々に、あの無感情姫が照れたぞとか、あの決まり文句はどうしたんだとか、これもう一押しじゃね? などと、好き勝手に言っていた。

 てか「空を飛んでください」って、宮坂の鉄板ネタだったのかね。

 ざわめきが収まらない輪の中心、告白した男子生徒は何故か喜んでいた。

 たぶん「もう一押し」という言葉だけを聞いちゃったんだろうなぁ。


「そんなんじゃ納得出来ないよ。ちゃんと理由を教えて欲しい」


 迫る男子生徒に、宮坂は少しだけ後ずさる。


「そ、それは……迷惑がかかるので」


 またしても歓声が上がる。今度は怒声混じりだ。


「宮坂に好きな奴がいるのか!」

「誰だ、誰なんだよぉおおお」

「探せ、ローラー作戦だ」

「超かわええ」


 いや待て君たち。

 何で他人事で一喜一憂してるの。

 それに、単に断る文句が変わっただけで、結局振られてるんだよ?


 あ。

 人の輪の中の、宮坂と目が合っちゃった。

 知り合いを見つけたからか、宮坂が駆け寄ってくる。

 人の波は、モーセのアレみたいに真っ二つに割れて、そこを宮坂は駆け抜けてくる。

 目指すは、市川と俺が立つ場所。


「あの、帰りましょう」


 俺たちの前に来た宮坂が言った途端、野太い怒号と悲鳴が響き渡る。

 やばい、宮坂と友達になったのがバレたら、俺の平穏な日々が──


「誰だよあいつら!」

「あいつ市川じゃね?」

「くそっ、市川かよ」

「なんであんなチャラ男が宮坂さんと……」


 ──あれ?

 俺のことは眼中に入ってないの?

 空気なの?


 ま、まあいい。

 とりあえずここから。


「逃げろ!」


 俺が叫んで駆け出すと、市川、宮坂の順で後を続く。





 学校から少し離れたコンビニのイートインに、俺たち三人は腰を落ち着けた。


「宮坂さん、大丈夫か」


 未だ肩で息をする宮坂の前に、買ったばかりのスポーツドリンクを置く。


「あ、ありがとうございます。大丈夫ですよ、持久走は得意なので」


 こきゅこきゅと、ペットボトルの中身を喉に流し込む宮坂の額には、玉の汗。

 付き合わせた市川にもドリンクを差し出し、俺はいつものメロンソーダを一口含む。


「しっかし、すごかったね。宮坂さんの人気」


 市川が気さくに話し掛けるも、途端に宮坂の表情は冷静、いやむしろ冷たさを帯びる。


「いえ、皆さん私の外見しか見ていらっしゃらないので」

「宮坂さん、市川は見た目はチャラいが、そこそこ良い奴だ」

「ねえ高望たかもちクン、それは褒めてるのかい」

「褒めてるさ、絶賛だよ」


 宮坂は、市川と俺を交互に見る。


「あの、失礼ですが。高望たかもちくんとこの方は、お友達なのですか?」

「この方って……まあ、そうさ。オレと高望たかもちクンは、十年以上の親友さっ」

「この高校に入ってからだろうが」

「まあまあ、気持ちだよ、気持ち」


 ニコニコしている市川に、少々げんなりする。汗をかいたペットボトルをテーブルに置くと、宮坂の睨む様な視線が気になった。


「どうした、宮坂さん」

「ずるいです」


 え。


「私、高望たかもちくんしかお友達、いません」

「はあ……は?」

「なのに高望たかもちくんは、他にもお友達がいて、ずるいです」


 思わず唖然としてしまう。

 まるで子供の理論だ。宮坂って、こんな奴だったか。

 すると隣に座る市川が笑い出した。


「なにが可笑しいのです」


 あくまで冷静な宮坂の声音には、幾ばくかの怒気が含まれている気がする。


「だってさ、宮坂さん可愛すぎ」

「──はい?」


 おお、怒気が強くなった。


「おい市川」

「あー、ゴメンゴメン。別に悪い意味じゃなくってさ。学校の奴らは宮坂さんの何を見てるんだろうって」



「どういう意味でしょうか」

「だってさ、宮坂さん、高望たかもちクンに嫉妬してるんでしょ?」

「し、してません」


 即答する宮坂だが、明らかに冷静さを失いつつある。


「まあまあ、いいから」

「よくありませんっ」

「まあまあ、いいから」

「よくありまひぇんっ」


 あー、やっちゃった。

 涙目になった宮坂をなだめつつ、市川を睨む。


「悪かったって。ゴメン、宮坂さん」

「──許します、高望たかもちくんのお友達ですから」


 なんだ。なんだこの、こそばゆい感じ。

 市川を見ると、意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「宮坂さん、聞いていいかな」

「──何でしょうか」


 答える準備なのか、宮坂はスポーツドリンクを一口含む。


高望たかもちクンの、どこが好き?」


 宮坂の口からスポーツドリンクが噴出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る