第12話

 12 勉強会の練習


 梅雨入りの宣言がされた。

 空は朝からどんより曇っていたけれど、昼休みまでは降らずにいてくれた。


 今日の昼休みは、宮坂と勉強会の練習、らしい。

 普段の昼休みも二人で屋上にいるが、ずっと会話を続ける訳ではない。

 俺は昼寝してしまうこともあるし、宮坂は本を読んでいる時もある。


 そこは、誰にも何も強制されない場所だった。

 空気を読む必要も無いし、誰かのご機嫌を伺う必要も無い。

 宮坂は相変わらずの微表情だが、学校だから仕方がない。

 俺も、無理には喋らない。

 無理は、身体にも心にも良くない。


 さて、勉強会の練習の話だ。

 対人関係が苦手な俺らにとっては、勉強という逃げ場があるだけ便利なのかも知れない。

 食べ終えたナポリタンドッグの袋を丸めて、メロンソーダを呷る。


「そのパン、本当に好きなのですね」

「ばあちゃんの辞書にはケチャップという言葉は無いからな」

「そうなのですか」

「ああ。あとクリームとかチーズって言葉も無いな、きっと」

「まあ」


 こちらを見る宮坂は、一瞬ポカンしてから、柔らかく口角を上げて見せる。

 普段からこの顔してりゃ、もっとモテるだろうに。

 それは宮坂にとっては迷惑な話か。


「──ごちそうさまでした」


 さて、宮坂も弁当を食べ終えた。


「では、やりますか」

「悪いな、頼む」


 俺たちは、それぞれ持ってきた参考書を開き、昼休み終了の予鈴が鳴るまで、ひたすらに勉強を続けた。


「よし、戻るか」

「そうですね」

「で、楽しかったか?」

「はい、意外と」


 なんだ。俺ら陰キャも、やれば出来るものだな。

 しかし、みんなで勉強する必要、あるのかな。



 放課後。

 NPC改めデキるサラリーマン市川に呼び止められる。

 またあの赤堀という巨大スライム二匹の飼い主が関わる話だろうか。

 あの女子、どうも苦手なんだよなぁ。つか向こうからすれば、俺なんか相手にする価値はないだろうけれど。


「そんな露骨にイヤな顔しないでよー」

「いや、すごく面倒な匂いがしたから」

「またまたぁ。そんでさ、香恵アロマとの勉強会──」


 ほら面倒な話だった。だが、今の俺は違う。勉強会は既にシミュレーション済みなのだ。


「ああ、あれな。試しにやってみた」

「えっ」


 市川は、フリーズした。

 中性的な顔面は固まり、目と口だけが大きく見開かれている。


「だ、誰と!?」

「あー、宮坂……さん」


 別にやましいことはない。ただの勉強会のシミュレーションだし。

 しかし市川の反応は少々違うようで、キョロキョロと周りを確かめて、俺の耳に口を寄せてくる。


「宮坂さんって、あの宮坂さん?」

「どの宮坂かは知らんけど、宮坂さん」

「超絶美少女で、学年首位の成績で、推定Dカップで、無感情とかマキナ姫とか呼ばれてる、あの宮坂さん!?」

「いやそれちょっとキモい」


 なんで胸のサイズなんか推定してんの。おっぱいハカセなの? やっぱ幼馴染がきょぬーだから?

 ねえ。ねえってば。

 あとなんだそのマキナ姫って。

 あいつの名前、確かえりかだったろ。まあ、姫は別段違和感は無いけれど。


「ふぇぇ、高望たかもちクンやるぅ〜」

「まあ、勉強会のシミュレーションはしたけど」

「またまたぁ」

「それ以外は別に何もしてない」

「またまたぁ」

「──殴っていいか?」


 慌てて冗談冗談と笑う市川へ、小さく溜息を吐きつける。

 と、胸の前でポンと手を叩いた市川は、さも名案が閃いたようなドヤ顔を晒している。


「思いついたよ高望たかもちクン」

「ほほう、一応聞かせてもらおうか」

「勉強会さ。宮坂さんも参加できないかな」

「却下」


 馬鹿いえ。

 俺とあいつの接点を人に晒すなんて出来るか。俺の平穏が崩れるだろうが。


「あいつ、勉強会なんて必要ないだろ。学年トップだし」


 デキるサラリーマンキャラ、略してデキリーマン市川に優しく諭す。が、市川は俺の却下を即座に却下した。


「違う違う、教師役として参加してもらうんだよ」


 むむむ。

 宮坂は、大丈夫だろうか。

 学力は申し分ないだろう。

 だが宮坂が引き受けるかも微妙だし、たとえ引き受けてくれたにしても、あいつ教師役出来るのかな。


「まあ、そこは本人次第だな」

「うんうん、任せたよ高望たかもちクン」

「なんでだよっ」


 恐ろしくシンプルなツッコミをしてしまった。

 しかもコンマ数秒の速さで。

 なんか恥ずい。


高望たかもちクンはさ、宮坂さんとの勉強会はどこでやったの? ファミレスとか?」

「いや、屋上」

「え」

「だから昼休みに、屋上で」


 市川の驚いた顔は崩れ、いやらしい笑みに変わる。


「いつも昼休みに高望たかもちクンの姿が見えないと思ったら、宮坂さんとランチデートかぁ、やるねぇ高望たかもちクンっ」

「人を見てモノを言えよ……」


 ランチデートじゃない。あれはもう話し方教室だ。


「とにかくさ、宮坂さんに連絡してみてよ」

「いや、連絡先とか知らんけど」

「──マジ?」

「マジです」


 市川の表情がまたまた驚きのそれに変わる。顔面が忙しい奴だな。


「なにそれ、連絡先も知らないのに屋上でランチデートしてんの?」

「いや、もう日課になってるし、別に連絡する用事も無いし」

「うわー、ないわー、ないわー」


 喚く市川を尻目に帰り支度を始めると、目の前にスマホを突きつけられた。



「とりあえずオレとは連絡先交換してくれよ。メールでいいから。なっ?」


 しゃーないな。


「ほれ、これアドレス」

「え、なにこの英数字の羅列。初期設定のまんまじゃん」

「文句言うなら教えない」

「あ、待ってよ高望たかもちクン」


 いい加減にしろ市川。

 これじゃまるで──友達みたいじゃないかよ。



 連絡先を交換しつつ、市川と昇降口へ向かう。


「そーいえば高望たかもちクンは、部活やんないの?」

「興味ない」

「そっかー。まあ、オレもやんないけど」

「なんだそれ」


 昇降口に着くと、人だかりが出来ていた。

 ドーナツみたいに人が輪を描いていて、その中心には、一組の男女がいた。

 その片方は、宮坂えりかだった。

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