第11話

 11 グレーゾーン



 ファミレスから出ると、すでに日は沈んでいた。星は見えないから、雨かも知れない。


 ふと空模様で思い出す。

 雨の昼休み、何処で過ごそう。

 学食なんてシャレた施設は無いし、あっても行きたくない。

 図書室は、基本的に飲食禁止だ。

 そうなると、だ。


「明日探すか」


 誰にともなく言い訳を吐いて、家路を急ぐ。

 行きつけの書店の看板が見えてきた。

 そうだ、本を買おう。

 脳内で財布の中身を確かめて。うん、文庫本二冊は買える。


 書店に入って、すぐの階段を上る。二階の奥が俺の目的地、文庫本のコーナーだ。

 欲しい本はたくさんあるが、今はじいちゃん家に厄介になる身だ。何より財布の中身が「二冊までだぞ」と叫んでいる。


 書棚に並ぶ背表紙を眺めつつ、人がいない店内を悠々と歩いていた。

 が、その足が止まる。

 うちの高校の制服の、女子の後ろ姿。

 専門書コーナーの奥の列。踏み台に昇って背伸びをして書棚の上に手を伸ばす、見覚えありまくりの美少女。

 宮坂……えりか。


 安っぽい恋愛小説ならば、ここで運命を感じてしまうのだろうが、あいにく俺はそんな甘い幻想は抱かない。

 友達になったらしいが、わざわざ声をかけて目立つ必要はない。

 あの夜の様なことは避けなければ、宮坂の評判にも関わるかも知れない。

 宮坂に背を向けて、さっさと自分の目的の書棚へ急ぐ。


 がたり。

 背後で固いものが跳ねた音がした。

 振り返ると、宮坂がバランスを崩して──


 気がついた時、俺は瞬間移動テレポートを使って、落下する宮坂の下に潜り込んでいた。


「──きゃあっ」


 ドサリ。女子が俺の腹の上に落ちて来た。


「ぐほぁっ」


 情けない呻き声が出てしまう。ファミレスで食べたポテトが食道を昇ってくる。ついでに昼のナポリタンドックも出そうだ。


「きゃ、えっ、ひゃっ、にゃっ!?」


 しかし、何とか間に合った。


「た、た、た、高望たきゃもちくんっ!?」

「よ、よう……」


 この子、トラブル多過ぎだろ。てか早くどいて欲しい。腹に乗っている柔らかい物体にやられそうだから。主に理性が。


「しゅるっ……すみませんっ」


 え。なんて?

 顔を真っ赤に染めた宮坂は、俺の上から退こうとして、足をバタバタしている。その度に何枚かの布越しに柔らかいお肉がくにくにと押し付けられる。

 仕方ない。


 ──念動力テレキネシス


 女子一人くらいなら、弱い俺の念動力テレキネシスでも持ち上げられる。腕力でサポートすればバレないし、さらに楽に持ち上けることが出来る。


 だが、問題がひとつあった。宮坂に触れなければならない、ということ。

 すまぬ宮坂。

 心の中で詫びて、誠に遺憾ではあるが、宮坂をお姫様だっこの状態で持ち上げる。


「わ、わ、わ」


 とん、と宮坂を横に座らせて、俺自身も起き上がる。

 呆然とする宮坂を尻目に、といっても実際に尻は見ていない、じゃなくて。

 フロアに散らばった本を拾い上げる。

 法律書、か。

 ずいぶんと難しい本をお読みで。


「──しゅ、すみません、すみません」


 我に返った宮坂も、落ちた本を拾おうとして。


 こういう時、物語だったら手と手が触れ合って、とかなるんだろうな。

 だが、そうはさせんっ。

 俺は宮坂から遠い本を拾えばいいのだ。

 よし、これでこっちは全部……あ。


 本を拾って宮坂に向き直り、すぐに目を逸らしたが、遅かった。

 宮坂のスカートの中が、ちらりどころか全開バリバリのガン見えだった。

 馬鹿か。馬鹿なのか。

 おいラブコメの神様、もっと他のとこで仕事しろよ。

 宮坂がグレーのボーダー柄だったとしても、俺の心は動かないぞ。

 う、動かないんだからねっ。

 なお、記憶にはバッチリ焼き付けました。


 てか俺ってば、宮坂の前で何回能力チカラ使ってるんだよ。

 マジでバレるぞ、俺。


「自重しなきゃなぁ……」

「何をです?」


 本を拾いながら、宮坂が──だから隠せ、早く。

 無防備過ぎるんだよ。




「あ、ありがとう……ございました」


 書店からは、宮坂と同じ帰り道となる。まあ、ご近所さんだから仕方ない。

 どうか、誰にも見られませんに。特にクラスのあいつとかあいつとか……おっと全員列挙するとこだった。


 宮坂と並んで、家路を辿る。

 しかしながら話題が乏しいな。ありがとう以来、ずっと無言だし。

 そうだ、アレを宮坂に聞いてみよう。


「──えっ、勉強会ですか」

「ああ、成り行きでそうなった。経験、あるか?」

「い、いえ」

「だよなぁ、勉強って基本一人でやるものだしなぁ」

「──ですね」


 でっかい犬の家の前で立ち止まる宮坂。仕方なく犬と宮坂の間に入って歩く。


「あ、ありがとうございます」

「まだ慣れないか」

「いえ、その、はい」


 でっかい犬は、出てこなかった。どうやら小屋の中で寝ているらしい。


「あの」


 公園の手前に差し掛かった所で、再び宮坂が足を止めた。


「勉強会って、誰とするのですか」


 ──さて困った。

 質問の意図が読めない。

 確かにあの夜、宮坂と俺は友達になった。

 正しくは「おともらち」だが、まあそれはいい。

 ただ、俺はその友達という関係性が今ひとつ解らない。

 何をどこまで話していいのか。話せばいいのか。

 俺が周囲から自分を隔離して、五年。

 友達という存在が、その意味が、解らなくなっていた。


「いや、俺も含めて三人とも成績悪いらしいから、勉強会自体が成り立たない気がするんだが」


 教師役の不在。

 いざとなったら、それを理由に勉強会を断るつもりでいる。


「なら、私と」

「え」

「私と、勉強会の練習、しませんか」


 ええー。

 さっき宮坂さん、勉強は一人でするものって意見に、バッチリ賛同してくれましたよねー。

 てか勉強会の練習って、なに?

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