第9話

9 NPCのおせっかい


 


 五月末、少しずつ空気は温度と湿気を帯びてくる。あと十日もすれば、季節は梅雨だ。

 雨が降れば、屋上は使えない。宮坂との約束が果たせなくなる。

 代わりの場所を探す必要があった。


 とはいえ、あの夜の件から宮坂との会話は少々ギクシャクしていた。

 今日の昼だって一人で無表情とへにゃ顔を繰り返していたし、かと思えば突然謝ってきたり。

 まあ、俺も会話は得意ではないから、見ているだけで済むのは助かるのだけど。


 ただあの夜の件を、じいちゃんに見られていたのは失敗だった。

 家に帰るなりクラッカーを鳴らされ、三角コーンの帽子を被せられ、なぜか食卓にはお赤飯があった。


「うう、中学の時は誰ひとり友達がいなかった昇太が、今では彼女持ちとは……」

「まてジジイ、宮坂さんは友達。しかも、まだ友達になったばかりだから」

「わかっとるわかっとる。とにかく連れてきなさい。高望たかもち家の嫁としての心構えを──」


 こんな感じで、ニヤニヤしながら俺をイジるじいちゃんには、何らかの仕返しをしたいと心に誓っている。


 とはいえ、宮坂は律儀に毎日屋上へやってくるのだ。

 たとえ会話がギクシャクしようとも、その為に屋上がコミュ障二人のリハビリセンター化しようとも。

 そんな宮坂を、風雨に晒す訳にはいかない。


「校内、探険してみるか」


 ひとりごちた放課後。しかし、またしても俺の行く手を阻む魔の手が、すぐそこまで来ていた。


「よっす、階段から落ちた高望たかもちクン」


 市川いちかわ大樹だいき

 何が面白いのか、度々俺に話しかけてくる中性顔のチャラい男子だ。


「んだよ」

「まあまあ、良いじゃないか。オレと高望たかもちクンの仲だろ」

「仲もなにも、他人だろ」

「寂しいなぁ」


 気軽に肩を抱いてくる市川に、あからさまな嫌悪感を向けてやる。

 解せないのはステキな笑顔の市川だが、それは捨て置いて。


「で、なんか用か。赤の他人の市川くん」

「冷たいなぁ高望クンは」


 とっとと用件を言って欲しい。答えは「却下」に決まってるから。


「こないだの話だよ。ほら、女の子を紹介するっていう」

「却下。いらねー」

「またまたぁ、遠慮すんなって」

「遠慮じゃない。拒絶だ」

「またまたぁ、遠慮すんなって」


 こいつ、この間もこんな感じだったな。やっぱこいつ、RPGのNPCだ。この手で女子にも接しているのだろうか。


「つーわけで、行こうよ」


 は?


「どこに」

「いいからいいから〜、ダイキに任せて〜♪」


 謎のリズムに乗った市川に押し切られて、着いた先は……学校近くのファミリーレストランだった。





 連行されたファミレスの店内は、様々な制服で溢れていた。きゃいきゃいと騒ぐ女子の群れの向こうには、その群れを凝視するブレザー男子の群れ。

 きっとここは高校生たちにとっての、ちょっとした社交場なのだろう。


 席に案内されるなりドリンクバーと山盛りポテトを頼んだ市川は、スマホを取り出した。


「もうすぐ待望の女子が来るよー」

「待ってもないし、望んでもないんだよなぁ」

「いいからいいから〜、ダイキを信じて〜」

「──やっぱり帰る」


 通学カバンをひっ掴んで席を立とうとする。と、市川も慌てて立ち上がる。


「わー、ごめん、ごめんて」

「今日、新刊が出るんだよ」


 何の新刊かは明言しない。漫画雑誌だって、発売したては新刊なのだ。好きに解釈してくれればいい。


「そんなこと言うなよ。な、オレの顔を立てると思って」


 別に市川の緩みきった顔なんて立てたくはない、のだが。まあ、なんだかんだで良い奴であることは間違いない。書店は帰りに寄ればいい。


「仕方ない。今回だけな」

「ありがとう高望たかもちクン、恩にきる」


 いつになく市川が必死に見えてしまって、大人しく着席する。つまり、ほだされたのだ。


「なんだかんだ、いい奴だよな高望たかもちクンって──お、来た来た」


 市川が視線を向けた先を見れば、うちの高校の制服を着た一人の少女が、ぶんぶんと手を振っていた。


「おーい、ぼんじょー」


 えっと、日本の方ですよね?

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