第3話

 3 お迎え


 草壁先生と宮坂が帰った後に本物の医師が来て、検査結果の説明があった。

 外傷ナシ、脳波も異常ナシ。

 入院する必要は無いと判断され、保護者の迎えを条件に、帰宅の許可が下りた。


 さて、ここで問題がある。

 今の俺の保護者は、じいちゃんとばあちゃん。連絡をしたら、迎えに来るのは十中八九じいちゃんだ。


「今、ご自宅に連絡しましたから、保護者さんがいらしたらそのままお帰りくださいね」


 看護師さんが告げてカーテンを出た瞬間、ヒュンと目の前にじいちゃんが現れた。


「やあやあ昇太」


 ああ……やはりこうなったか。

 杖を片手に笑顔のじいちゃんは、簡単にいうとハゲでヒゲだ。


「こりゃ、誰がハゲじゃ」


 杖でコツンと頭を小突かれた。読心術テレパスは使えないはずなのに。解せぬ。

 てか、まずは説教だ。


「じいちゃん、無闇に瞬間移動テレポート使わないでよ」

「なに言っとる。こんな便利なモン、使うに決まっておろう。がっはっは」


 こんのクソジジイ……いてっ。


「誰がクソジジイじゃ」


 このジジイ、念話テレパス使えないくせに。


 今暮らしている家の家主であるじいちゃん──高望たかもち伊三郎いさぶろうは、一族で一番強い能力を持っている。一族と言っても十人足らずだけど。

 この前なんて「ちょっとループル美術館行ってくる」とか言っていきなり消えて、再び現れたら「あっちは夜だった」とかしょんぼりしてた。

 つまり、非常識極まりないじじいなのだ。


「あのさ、少しは隠す努力をしてくれよ……」

「何言っとるか。ワシだってちゃんと注意はしてるぞ」

「注意してる、ねえ」


 俺は知っている。

 じいちゃんの近所は、ちょっとした名所になっている。

 なんでも、老人が空を飛んだりするそうだ。

 その老人って、誰なんだろう。ねえ、じいちゃん?


「お前はどうなんじゃ、昇太」

「え、俺?」

「どーせまた、ショボい能力チカラを使った反動で倒れたんじゃろ」


 じじいはニヤニヤしながら俺を見つめてくる。

 見るな見るな、じじいに見られたって嬉しくないし。


「違うって。階段から落ちたんだよ」


 ぷっ。


「は? 今じいちゃん笑った?」

「いやまさか、シンプルに階段から落ちただけとは思わんでな」

「……悪かったな」


「受け身は取らなんだか。お前の能力チカラでも落ちる速度を遅くするくらい出来るじゃろうに」


 そこでハッとした。

 もしかしたら、無意識に能力を使っていたのかもしれない。が、もはや確かめようの無いことである。


「人が……いたんだよ」

「なるほどのぅ。それはさっき会ったお嬢さんかの」


 え。

 なに。


「ワシが受付で名乗ったら、それはもうキュートでビューチフルな若い娘さんが話しかけてきてな。ワシゃ逆ナンされたかと思ったわい」

「どこの世界にジジイを逆ナンする女子高生がいるんだよ」

「ほほぉ、やっぱりあのお嬢さんか」

「な、なんだよ」


 ハゲたジジイは、天井の蛍光灯を自慢のハゲで照り返しながら、にひひと笑う。


「ワシゃ女子高生なんて、一言も言っとりゃせん」

「くっ、ハメやがったなジジイ」

「良い娘さんじゃないか。受付で高望たかもちと名乗ったら、わざわざ駆け寄ってきて深々と頭を下げてくれたぞ」


 なんと。義理堅いというか、バカ真面目というか。

 てか宮坂って、まだいたのか。


「あの子を、助けたんじゃろ」

「まあ、結果的に」

「なーにが結果的に、じゃ」


 杖の先で頭をコツンと叩かれた。


「誰かれ構わず助けようとするのは、お前の美点であり欠点じゃ」

「自分がラクする為に能力ちからを使いまくる不良老人よりかはマシだ」


 宮坂は困っていた。俺は屋上から脱出したかった。

 つまり、利害が一致しただけのこと。

 つかこのジジイ、よもや自分の言葉を忘れた訳じゃ無いだろうな。

 俺は覚えてるぞ。幼稚園の頃だったけどな。


 ──我らの能力ちからは、偶然授かったものじゃ。私利私欲で使ってはいかん──


 だから、俺は、人助けにしか使わないと決めたんだよ。

 それをこのジジイときたら、小さな俺を空の散歩に連れ回すし、瞬間移動テレポートでフランスまでひとっ飛び。

 バッカじゃねーの?


「昇太よ、細かいことは気にするな。ハゲるぞ」

「ハゲてるじいちゃんに言われたくない……いてっ」


 また持っている杖で、ぽかりと叩かれた。

 頭を摩ってジジイを睨む。と、ベッドを囲むカーテンが開いた。


「高望さん……え。もうお迎えがいらっしゃったの?」


 カーテンを開けたのは、先ほどの看護師さんだ。あれから三分も経っていないのだから、不思議がるのは仕方ない。


「た、たまたま近くにいたらしい……です」


 苦しい言い訳だけど、しないよりマシだ。


「それよりお嬢さん、か弱い老人に向かって、"もうお迎え"とは……ちと寂しいのう」

「……あ。す、すみませんっ」


 着ている甚平の袖で涙を拭うフリをするじいちゃんに、若い看護師の女性はぺこぺこと頭を下げている。


「気にしないでください。このジジイ、全然か弱くないので」


 また杖で叩かれた。看護師さんには笑われた。

 だいたいだ。空を自在に飛び回り、一瞬でフランスまで往復する老人の何処が「か弱い」のだろう。

 解せぬ。


「──さて、支払いを済ませて帰るかの」


 じいちゃんのことだ。

 帰りもまた瞬間移動テレポートなのだろう。

 危惧していると、意外にも瞬間移動テレポートは使わないという。


「んにゃ、バスで帰ろう。たまには男どうし、語りながら帰るのもいいじゃろ」


 そう言ってもらえるのは嬉しいし、ありがたい。

 はあ、今日は日記に書く事が多くなりそうだ。

 そんなもん、書いてないけれど。

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