高校1年生・夏

第19話

6月末。ついに全国高等学校野球選手権、通称夏の甲子園。その愛知県大会が、いよいよ始まった。我が名古屋東高校は1回戦で、西海さいかい高校と戦う。




「で、西海ってどんな高校だよ?」


「おいおいお前、どんだけ野球しかしてこなかったんだよ・・・」




問いかけた俺に、ほぼ全員からのツッコミが入る。




「え?東大・京大・医学部にいっぱい行ってる男子校じゃないの?」




紗奈が俺にそう言ってきた。明治創立の、伝統ある名門進学校だそうだ。




「野球部はあまり聞かないよな――どんなチームだった?」




実はテスト期間を利用して、紗奈たち女子マネージャー3人が偵察に行ってくれていたのだ。部室に全員集合し、紗奈の分析を聴くことにする。




「男子校に女子三人でしょ?だから凄く目立っちゃって・・・」




撮影したビデオの用意をしながら、近藤綾奈こんどうあやなさんが苦笑いした。




「そうそう、『野球部の練習を見学に来ましたー』って正直に言ったら、守衛さんにますます怪しまれちゃって。テスト期間中だから、学校に確認してくださいとも言えないし・・・」



杉本結衣すぎもとゆいさんがビデオの用意の手伝いをしながら言葉を継ぎ、準備完了。偵察した紗奈の報告が始まる。




「ビデオ、すごく巧いな――誰が撮ったの?」


「綾奈ちゃん。優秀でしょ」




近藤さんが照れるように少し俯く。




「エースの藤井ふじいさん。3年生で左のサイドスロー。練習ではストレート、カーブ、フォークを投げてたわ。ストレートは110㎞/hくらい。素直な回転してた。カーブは90㎞/hくらいの小さく曲がるので、フォークは100㎞/hくらいかな。あまり落ちないやつ」


「狙い球は?」


「組み立てが分かんないから、まだ何とも・・・でも追い込まれるまではストレート狙いでいいと思う」


「はいよ。他のピッチャーは?」




近藤さんが素早く画面を切り替える。




「ありがと、綾奈ちゃん。背番号10、2年生の安藤あんどうさんが二番手になると思う。背が高い、右のオーバースロー。ストレートは120㎞/h台だけど、結構いいスライダー投げてた。ただ――このスライダー、9割はボールなの。それもかなりすっぽ抜けた感じの球ばかり。まだ、コントロールがついてない感じだし、相手が右打者なら死球コースになってしまうわね」




紗奈がちょっと哀しそうな顔になっていた。




「で、次は打撃。強い打球のプルヒッターが多かった感じ。特に4番の大塚おおつかさんはガタイもいいし、引っ張って大きな当たりを打てる右打者だから要注意だね。ホワイトキャッツの山村やまむら選手とほぼ同じイメージ」


「守備は?」


「守備練習はしてなかった。グラウンドもまともに使えないし、練習時間が1時間くらいしかないの。ほとんどが打撃練習」


「進学校、苦労してんなあ・・・」


「だから守備力は未知数だけど、横より縦に揺さぶるイメージを持つといいんじゃないかな。長打力に応じて、内野か外野の頭を越していく感じで――」




◇ ◇ ◇




総合すると、西海は打撃のチームらしい、ということが分かった。




「最近の流行りみたいね。グラウンドが狭い、練習時間の短い学校は多少の守備の乱れには目をつぶって、打撃を磨いて打ち勝つチームを目指す。西海はそういうチームの可能性が高い――と思うわ」




小林監督が、西海の戦力をこう分析する。うちも練習時間は、強豪校に比べたらあまり長くないけどなぁ・・・


水野と平野が、紗奈に長々と質問をしていた。個々の打者に対する基本的な攻めや、有効そうな球種のアドバイスを受けている。そして・・・




「はーい、しっつもーん」



鈴村が手を挙げ、女子マネ3人に質問してきた。




「西海でナンパされた?」


「えっ・・・されなかったよね?」


「紗奈ちゃん、偵察に夢中で全然気づいてなかったのよ・・・私たち、結構声かけられてたわよ?結衣ちゃん、モテてたよね――」


「だーかーらーさぁー、紗奈ちゃんは野球観ててガン無視だし、綾奈ちゃんも撮影で忙しかったから、私が相手するしかなかったの!」




杉本さんが少し膨れっ面で、女子ふたりに応える。まあ、名古屋東の制服がセーラー服でかなり萌える上に、三人ともビジュアルはかなり上の方なので、男子校に迷い込んで来た仔羊みたいな感じだったのかな・・・




「スマートな誘い方が多かったよ。文化祭にぜひ来てね。サービスするよ。とか、そんなのばっか」




そう話す杉本さんは、満更でもない感じだった。

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