第17話

序盤の試合展開は、明らかに名古屋東のペースだった。




1回表、トップバッター・松原がライトにスリーベースを放つと、続く谷川がセンターに犠牲フライを決め、まず東高が1点を先制した。続く3番・松村もレフト前に運び、そして今日4番に座る俺がレフトに2ランホームラン。東高は初回、幸先よく3点をリードした。


東高の先発・水野はその裏を三者凡退に抑える。水野は3回に1点を失うも、失点はその1点だけで、予定通り4回を投げ切り、5回からは右の鈴村にマウンドを譲る。


一方の打線は2回以降、星徳の先発・大久保を打ちあぐねていたが、5回には松村と俺が連続タイムリーを放ち、2点を追加。5対1で5回の裏が終了した。




◇ ◇ ◇




6回表、星徳の投手は左の堀江ほりえに代わり、受ける捕手も渡辺わたなべに代わった。そして東高の攻撃は1番の松原から。松原はショートへ内野安打を放つと、すかさず盗塁を決め、続く2番の谷川がセンター前に放つ。これを見た松原が一気にホームへ還り、6点目。松原の足の速さが存分に発揮された場面であった。しかし3番の松村が三振に倒れ、4番の俺もレフトフライ。これで2アウト1塁。5番の池田のところに代打の木村に打席が回る。


木村は左投手に滅法強い右打者だ。確実性と守備にやや不安はあるが、パンチ力はチームトップクラス。しかし、堀江の釣り球に手を出してしまい2球で追い込まれてしうまう。そして3球目・・・




木村の放った打球は、レフトへグングン伸びていき、そのまま2ランホームラン。これで8対1となり、6回と7回の星徳の攻撃を無失点に抑えるとコールド勝ちという展開になった。


しかしその裏、鈴村が暴投で1点を失うと、7回表に代打を出されて降板。その裏からは左の後藤が登板し、7,8回を無失点に抑えた。




◇ ◇ ◇




9回表の攻撃が終わり、スコアは12対2。名古屋東は9回、星徳の3番手右腕・塚本つかもとの2イニング目を攻め立て、4点を追加。勝利までアウトカウント3つまで迫っている。そして裏の守備に就くために、センターの守備に就こうとしていた俺に、




「伊藤くん、この回投げてくれない?」




と小林監督が俺にそう言ってきたのであった。俺は「なんでですか?急ですよ!」と言ってきたが、




「伊藤くんが今どういうピッチングができるのか知りたいの。肩もかなり強いし、いざという時は投げてもらうかもしれないからね」




と小林監督はそう俺に言ってきた。そして結局、俺が9回のマウンドを託されることになった。




◇ ◇ ◇




「結構早いわね・・・」




私は投球練習で肩を作っている伊藤くんの姿を見てふと呟いた。




「監督、どうして急に優太をピッチャーに使おうと思いついたんですか?」




この試合で記録員を務める石原さんが私に訪ねてきた。




「彼、中学時代めっちゃ有名だったからね。中2で145km/h出した時はとんでもない怪物が出てきたってめっちゃ注目されていたし、それを見た全国の強豪校が揃いに揃って彼をスカウトしていたの。まあ、直後に肘を壊してみんな撤退したんだけどね。それに石原さんもずっと、彼のことを見てきたのなら色々知っているでしょ?」


「まぁ、そうですね・・・あいつ、一昨年全国で優勝してからしばらくテレビや新聞に出ずっぱりだったし、キャッチボールしても、めっちゃ速すぎてボール捕れないんですよ」


「さあ、始まるわよ。伊藤くんのピッチングが」


「はい。私も最後までしっかりと見ます・・・」




わたしは伊藤くんの復活のマウンドを固唾として見守る。まず先頭打者をレフトフライに打ち取り1アウト。続く打者にはフォアボールを与えたが、次の打者三振に切って取り2アウト。そして・・・







打球は無情にもレフト方向にグングンと運ばれた。2ランホームラン。これで12対4。でも差はまだ8点ある。それに2アウトだ。あと1人打ち取れば試合は終わる。終わるんだ・・・




そして、伊藤くんは次の打者を三振に切って取り試合終了。その時投げたストレートは、私がひっそりと計測したスピードガンで150km/hをマークしていた。






12対4。名古屋東高校初めての対外試合は無事、白星で飾ることができた。




◇ ◇ ◇




「伊藤くんお疲れ。久しぶりに投げてどうだった?」




試合が終わると、俺は小林監督にそう声をかけられた。




「・・・正直、2点取られたことは悔しいです。あの失投がなければ・・・ただ、久しぶりに投げることができてよかったです。俺はまだピッチャーを続けることができるんだな・・・って」




と俺は言う。そして紗奈からも、




「優太、お疲れ。また速くなったね。監督曰く、150km/h出てたって」




と言われ、俺は「マジで!?」と声を上げた。・・・・そんな出てたんだ。そして、




「夏の大会まであと2ヶ月切ったわ。水野くんや鈴村くんとの競争になるけど、もしかしたら、エースを任せられるかもしれないわよ」




と小林監督に言われたのは言うまでもない。そして、




そうか、2ヶ月後にはもう夏の大会なんだな・・・




と俺はふと思ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る