高校1年生・春
第11話
3月の下旬に入ると、野球部の練習が始まった。ただ、入学式前なので、しばらくの間は高校野球に慣れるための基本的な練習だけのようだ。そして、練習開始初日、名古屋東のグラウンドに、新たなコーチングスタッフがやって来た。
監督は小林監督で、部長は去年までソフト部の顧問だった
「この春から名古屋東で投手コーチを務める脇田です。3年前まで、名古屋ドルフィンズで投手をしていました」
「同じく、野手担当のコーチを務める笹川です。大学卒業後、昨年まで社会人野球で5年間プレーしていました」
2人の自己紹介が終わると、俺たち野球部員は小林監督の合図の下、一斉に高校最初の練習を始めたのだった。
◇ ◇ ◇
「紗奈ちゃん、すごく可愛い!制服似合ってるわよ」
「お母さん、言い過ぎですよー」
名古屋東の制服に袖を通した紗奈が、かなりのテンションで母さんとはしゃぎ回っている。
「ううん、ほんとに、本当に言ってるの。私、こんな可愛い娘がいて幸せなの。産んだ覚えはないけどねー」
「私も嬉しいです。親孝行ができて」
2人のかなり壊れた会話は別にして、紗奈の制服姿はよく似合っていた。女子の制服は前身の名古屋女学院の制服をそのまま採用した紺色のセーラー服で、白の三本線と青のリボンが昔からの伝統だ。一方、俺が今着ている男子の制服は紺色のブレザーと青のネクタイだった。
◇ ◇ ◇
今日は、新生・名古屋東高校の入学式。いつもは自転車通学の予定だが、この日はお互いの両親が同伴で、紗奈のお父さんが運転する車で学校に向かった。
――――しかし、紗奈からはいつもと違う、まるで色気の香る匂いを感じる。中学生から高校生、そして制服が変わっただけで、一気に大人っぽくなったような気がした。
「ちょっと優太、ネクタイ曲がってるよ」
「あ、悪りぃ。紗奈」
俺がネクタイを見るや否や、紗奈の腕が伸び、俺の制服を整えてくれた。
「なあ、紗奈」
「ん?」
「母さんが娘だどうだ、って言ってたけど」
「え、何言ってんの?」
紗奈の顔がぐい、と近くに寄ってくる。
「優太のお母さんは、私のお母さんでもあるのよ?」
「えっ?どうして?」
今度は俺が聞き返す番だった。
「だって、昔から家族ぐるみの付き合いだったじゃん。私が何度、優子さんの料理を食べたと思ってるのよ。それに優太だって、私のお母さんの料理を何度も食べたじゃん」
「ああ、そうだったな」
俺と紗奈が行きの車中でああだこうだ話しているうちに、学校に辿り着いた。
◇ ◇ ◇
学校に到着すると、入学式の前に体育館の前に貼ってあるクラス編成の貼り紙で名前を探す。生徒数が増えたとは言え、一学年400名程度でマンモス校というわけではない。1年生は10クラス。1組から5組までは中学校からの持ち上がりで、女子しかいなかった。
紗奈は6組だった。しかし、6組も女子しかいない。あからさまにはしていないが、これが選抜クラスというヤツかもしれない。おそらく、入試での成績優秀者が集められたのだろう。それだとしたら、紗奈。やったな、最初の関門はクリアだ。で、スポーツクラスに組み込まれた俺は9組だった。しかも、担任は小林監督のおまけ付き。
◇ ◇ ◇
体育館に入った俺と紗奈は、ここから入学式を始めるにあたり、クラスごとに並べられるため、一旦別れた。そして式が終わると、担任に引率され、そのまま各クラスの教室に移動。
しかしスポーツクラスは、それぞれ分かるヤツには分かる、かなり露骨なクラス編成だった。平野や水野、松村をはじめ、野球部員が揃いに揃って全員いた。それにソフトボール部の女子連中も全員9組だ。しかし、これは考えようによっては、野球に集中した環境でこれからの生活を送れるのかもしれない。ちなみに、サッカー部員は男女ともに全員10組に割り振られていた。ちなみに10組の担任は男子サッカー部の監督を務める
式の時に気づいてはいたが、去年まで女子校だけあって、生徒のほとんどが女子だった。1組から6組までは全員女子。7,8組でさえ男子はそれぞれ15人ほどしかいなかった。結局は、スポーツクラスである9組と10組だけ男子が多いという状況だった。
◇ ◇ ◇
入学式が終わると、各自昼食を食べ、食後すぐグラウンドに移動した。
「昨日まではお客さん扱いだったけど、今日からは正式な部員として扱うからね!再来年の夏まで覚悟しなさい!」
小林監督の合図の下、入学式後、最初の練習が始まった。しかし昨日までとは打って変わって、厳しい。これは高校生になって、本格的な練習がいよいよ始まったという証明でもあった。そして・・・
「1年6組の
この日、入学式を終えたばかりの石原紗奈が、野球部のグラウンドにやって来て、小林監督に直談判して来たのだった。
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