エデンサイド Ⅵ

終章 第三十五話 セントラルエデンパーク

 これで良かったのだ、とケイは思った。

 みんなで力を合わせてタイムハンターを倒し、エデンの侵攻を阻止する事自体はできた。

 だが、放っておけばエデンはまた何がしかの策を練り、支配領域を広げ、世界融合を達成するために干渉して来る事だろう。

 そしてその端末代わりとなるのは――時間銃以外にない。今でこそエデンとの接続は切れており、どれだけ厳重に管理した所で、その可能性はゼロにはならないのだ。

 だからこれは、以前から考えていた事――エメスをエデンから、永遠に引き離すという。


(もう、転移はしない。その上で、惑星エデンを脱出する。そうすれば、エメスのみんなが危険にさらされる事は、なくなるはずだ……)


 ケイは二度と、この世界の仲間達を巻き込みたくはなかった。そのための手段を自分が握っているとなれば、そうする事に何のためらいがあるだろうか。

 無論、エデンを離れてそれで終わりではない。そこからが、人類という種を賭した長い闘争の始まりなのだ。

 水や食糧を確保するため、エデンから宇宙船へ運び込んだ各種プラントのメンテナンスを繰り返して延々と食いつなぎ、気の遠くなる程のはるかな未来――第二の故郷たりえる惑星を見つけて根付き、いつかエデンを打倒するその日まで。


(俺が生きている間に、みんなと会う事はもう、できないだろう。けど……後悔はない。それが適合者の役目なら、そんなの……喜んでやり遂げてやる)


 歓喜に沸き立つ仲間達を一人一人眺め渡して、ケイは時間銃の引き金に手をかけた。


 でも。


 指がかじかんだように、動かない。


 ――別れたく、ない。


(……ありがとな。みんなに出会えたおかげで、俺はまだ、生き続けてみようと思えた。……みんなの意志が、どこまでも足を進ませてくれるから)


 そうだ、エデンに、戻らなければいけない。だって。


(――アン)


 そこにまだ、待っている人が、いるのだから。




 戻って来た監視室――いや、医療区全体が、蜂の巣を突いたように騒然としていた。

 ランプがそこかしこで回転しながら発光し、警報がやかましく鳴り響いている。監視室のモニターは全ての画面が真っ赤に染まり、その手前に佇むサカシの背があった。


「サカシ! こ、これは一体……何が起きてる……!?」

「……巻き戻しだ」

「え……!?」

「お前、向こうでタイムハンターを倒したんだろ? 奴もまたエデンにとっては重要なパーツだったらしい……おかげで24時間全てを奪い返す事ができた、だが野郎……!」


 赤く点滅する室内で、サカシは取り乱したように振り返り。


「エデンは――この惑星の時間を巻き戻して、全部最初からやり直すつもりだ……!」


 そんな、とケイは瞠目しながら息を呑む。


「どこまで巻き戻すつもりかは見当もつかねーが、俺達反乱分子が脅威となっていない時期にまで遡るのは確実だ。つまりそうなったら最後、俺達はいの一番に抹殺されちまう!」

「巻き戻されたら孤立するだけでなく、記憶すら残っているかどうか怪しい……?」

「そうだ。奴にとっちゃそれまでに得た成果を全て破棄もするも同然だから、これだけはやりたくなかったはずだってのに……機械とは思えねぇ判断だ」


 サカシの狼狽ぶりからして、本当に想定外の事態なのは確かなようだ。


「た、対策はあるのか……?」

「トリガーが引かれた以上、もう何をしても無駄だ。こうなりゃさっさとエデンを脱出するしかねぇ……! 宇宙船の準備は進められてる、ぎりぎり間に合うはずだ!」


 モニターには午前0時ちょうどという、恐らく巻き戻しが開始されるまでの時間が表示されており、サカシは無線で忙しく各所へ連絡を取り始めている。


 そこでケイは――違和感を覚えた。


「なあ……アンはどうした……?」

「あ、あいつは……いや、分からねぇ。しばらく前から姿を見ない――」

「そんなわけないだろう! あれだけ負傷してて、どこかへ一人で行くはずがない!」


 問い詰めると、サカシは視線を逃がすようにしながら、ぽつりと呟く。


「あいつは……一人で、エデンルームまで行った……」

「なん……だって……!?」

「お前が戻ってくる数時間前に……あいつはエデンの追撃から俺達を守るため、殴り込みに行ったんだ。だから……もう……」


 全身が、総毛立った。


「お前は黙って……見過ごしたのか? 保身のために、アンを捨て石にしたのか……!?」

「それの――どこが悪い!」


 サカシは逆上したようにケイを憎々しげに睨み付け、拳を壁へ叩きつける。


「時間凝縮中に動けるあいつを止めのは無理だし、バリアフィールドもアンドロイドなら通れる! 合理的に考えて、あいつ程囮に適した人材はいねぇ! 違うか!?」


 ケイはきびすを返す。

 ジャケットから時間銃と、時空剣をそれぞれ取り出して。


「おい……待てよ」


 後ろから肩口を掴まれ、サカシに至近距離から睨み据えられた。


「まさかお前……アンを助けに行こうってんじゃねーだろうな?」

「……刻限までには必ず戻る」

「ばっ……お前……バカ野郎!」


 どん、と突き飛ばされる。


「お前が奴をリウの代替品にしたいって気持ちは分からんでもない……!」


 サカシにすごまれ、ケイはよろめきながらも目線は強く、外さない。


「だが優先順位を間違えるんじゃねぇ! お前が死んだら俺達に未来はない! 比べて奴はたかが機械だ! モノだ! ロボット一体のために――人類を見殺しにする気かっ!」

「……アンがリウじゃないのは分かってる。死ぬかも知れない、それも分かってる」


 酷似しているのは外見だけで、アンはリウとは性格も口調もまったく違う。

 リウのように気軽に話せる仲でもないし、そもそもケイの味方をしているのも、ケイを守るという命令を遵守しているからだけに過ぎない。

 だけど。どんな時だって、アンはケイを守り続けてくれた。どれだけぼろぼろになっても、どれ程の大敵を前にしても。それに今だって。

 あの研究所で過去を知って、リウの末路を知り、けれど側でケイを支えてくれたのは――こんな世界で目覚めたアンが、それでもみんなと一緒に過ごした時間を、かけがえのないものだと思ってくれているからだと、そう信じたい。

 だったらもう、ケイにとってアンは、たかが機械なんかじゃない。

 ――だから。


「俺は、行かなきゃいけないんだ。……だって、一人ってさ……寂しいだろ」


 言い争う時間も惜しいと、それだけ言い残し、ケイは身を翻す。

 サカシは呆然とその背中を見送って、よろよろと椅子に座り――ぎり、と歯噛みした。


「なんでだよ……何であんなガキに、あの頃のお前が重なって見えちまうんだよ……っ!」



 ケイ達がここまで苦戦しながらも切り開き、確保して来た経路を逆走するように経由し、セントラルエデンパークへひた走る。

 もう温存の必要はない。範囲と威力を小規模に抑えたタイムホールショットは連射が効き、撃って撃って撃ちまくり、斬って斬って斬りまくる。

 アンが排除してくれていたおかげか最短ルートは手薄で、点々と時計頭の残骸が散らばり、激しい戦闘の跡はセントラルエデンパークのロビーにまで続いていた。

 無数の弾痕、ひっくり返った展示品、バラバラに割れた照明。

 遠くで警報音が響く薄暗い部屋内の奥に、エデンルームへたどり着けるエレベーターの表示が鈍く輝いている。

 左右の階段へ上がろうとした時、ケイは途中の段を覆うように、緑の膜のような壁が張られている事に気がついた。

 これには見覚えがある。


(バリアフィールド……か)


 サカシはアンドロイドのアンなら通れる、と言っていた。

 ならばアンはこの奥のはずだが、どう突破したものか。


(けど、研究所前で見かけた時は、サカシはこのバリアが弱まっていると言っていた……)


 ケイはしばし、観察する。バリア表面はうっすらとさざめき、エデンを中心にエコーのように一定の波が発生しては、一瞬途切れる空白の部分が発生しているようだ。

 その薄くなった部分ならば通り抜けられるかとも思ったが、バリア自体は高速で張られ直しており、とても人間のスピードでは間に合いそうにない――と、そこで閃いた。

 ケイはバリアの波が一周する時を見計らい、時空剣のスイッチを押す。

 するとどうだろう、止まった時間にタイミング良く空隙が生じ、ケイは降り注ぐギロチンの隙間を抜ける風に、バリアの内部へと侵入を果たしてのけたのである。

 それからはエレベーターで一気に突き進み――ケイはついに、全ての始まりである因縁の地、エデンルームへ到着した。


 広々とした空間。中心部にそびえ立つのは巨大コンピュータ・エデン。

 ――そしてその眼前には無惨に損傷し、今しも倒れそうなアンが相対していたのである。


「――アン!」

「……っ? ケイ……どうしてここに……!」


 振り向いたアンは珍しく驚いたように表情を歪めていたが、その瞬間――コンピュータ・エデンの左右の床が開き、二体の巨大な時計頭がせり上がって来る。


「なんだ……こいつら……!?」


 一方は頭がなく、大量の時計が詰まった真っ黒なローブに身を包み、三日月を背負うように大鎌を携えている。

 もう一方は細身で、白いタイツのような軽鎧を着込んで細剣を構えていた。

 明らかに他の雑魚や強襲型とは違う、威容とも呼ぶべき佇まい。

 その二体は、ケイの良く知る魔王を勇者をモチーフとして作られたのだと、想像がついた。


「ケイ、ここは危険です! 逃げて下さい――」

「そうはいくか! 俺はお前を迎えに……」


 しかし、敵はこちらを待ってはくれなかった。

 瞬時に接近した二体がそれぞれ武器を振りかぶり、黒と白の凄まじい衝撃波を放ったのである。

 寸前、ケイはアンがこちらへ飛び込んでくるのを最後に。

 空間を揺るがす衝撃に平衡感覚を失い、視野が真っ暗になった。


「うぅ……ッ!」


 数秒程気絶していたのだろうか、痛む身体を引きずり起き上がらせると、すぐに意識は鮮明になる。

 ――だが、どうもあたりが暗く、周りの様子が分からない。


「さっきの攻撃で……床が陥没したのか?」


 それこそ土をくり抜くように、ドーム状にえぐられた床の中にケイはいるようだ。

 ちぎれた配線が漏らす電流がわずかな明かりとなり、そして亀裂だらけの瓦礫の合間からは光が漏れ出て、外の様子が窺えそうではあるが――その矢先。


「……アン!」


 ようやくケイは、瓦礫の狭間に倒れ込むアンを見つける。

 少し距離があり、かがんで進む必要はあるものの――こうして呼び掛けても、なぜかアンは応答しない。


(どうしたんだ……? 暗くて、アンの姿がよく見えない……)


 その時、外から強烈な振動と共に爆音が鳴り響き、ケイはすんでのところで身体が瓦礫に叩きつけられそうになるのを踏ん張ってこらえる。

 しかしその間にも轟音は続き、ケイは背を低めながら隙間へと目をやった。

 まず見えるのは、ケイ達を瓦礫の内部へと追い込んだあの二大時計頭。

 てっきりケイ達を探していまだ破壊行為を続けているのかと思いきや――その二体めがけて、矢継ぎ早に砲火が浴びせられているようだ。


(戦ってる……? 一体、何と……)


 視線を巡らせ――瞠目した。

 エデンルームの壁や天井を突き破って乗り込んで来た戦車やヘリなど数多くの無人兵器が、コンピュータ・エデンと二大時計頭を取り囲み、攻撃しているのである。

 状況がまるで呑み込めず、呼吸も忘れて固まっていると、ケイのジャケットで無線が鳴った。


「なんだ……何が起きてる……!?」


 いつここまで戦闘の余波が飛んでくるか分かったものではないし、何より反応のないアンの事も気に掛かる。脂汗がひっきりなしに浮き、手元がおぼつかない。


『よう……無事か?』


「……サカシ……!?」


 無線を送って来たのは、なんとサカシだった。


『その様子……だと……マジでエデンルームまで行っちまったみたいだな……このバカが』

「ああ……でも、妙なんだ……いきなり、無人兵器がエデンと戦い始めて――!?」


 ケイは、気がついた。


「まさか……お前がこれを……っ?」

『……あぁ、中央管理室まで忍び込んで……できるだけの無人兵器を、ハッキングして……セントラルエデンパークで、暴れさせてる……』


 ごほっ、ごほっ、と、向こうから……何かが絡んだ咳き込むような声が聞こえる。


「サカシ……お前……」

『ちょっと、ばかし……無理しすぎちまったみたい、だな……俺らしくも、ねぇ……』

「俺を……生き残らせるために、こんな……無茶を」

『はっ……バカ言うんじゃねー……お前のためなんかじゃ、ねーよ……』


 返された嘲笑はけれど虚ろで、ぼそぼそとほとんど独り言めいて、弱々しい。


『ほんと……こんな時に、なるまで……分からなかった、俺こそ……大馬鹿野郎、だ……』


 ずるり、と倒れ込むような物音がして、サカシの息づかいだけが、かすかに届いて。


「サカシ……おい、サカシ……!」

『何の事は……ねぇ。世界なんぞ、どうでも……。俺は……ただ。……お前、に……』


 ――勝ちたかった、だけなんだ……。


 最後の言葉は、きっとケイに向けられたものではなく。

 サカシから言葉が送られる事は、二度となかった。

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