第二十六話 アン
アンの案内とサカシの索敵を頼りに出発し、現在二人は禁止区画内にあるロープウェイに乗って、研究所へ一路進行している最中だ。
摩天楼の如く林立する施設の先には、影に覆われた山のように大きな建造物が窺えた。
「あれは……セントラルエデンパークか……。……ん?」
四十階以上はありそうな階層の中頃あたりには、何やら緑がかった球体のようなものが膜のように薄く光っており、時折波のようにさざめいている。
『前に話した、強力なバリアフィールドだ。――しかしなんでか、ついさっきからバリアの出力がすげー勢いで弱まり始めてる』
無線から聞こえるサカシの言葉に、ケイは首を傾げた。
「バリアの出力が……?」
『理由は分からん。だが弱ってると言っても以前として堅固な事には変わりねぇ。――それより、環境ごと保存しようとする意図でもあるのか、そのへんは他の区域と違ってさほど機械化は進んでねぇし、山や林……田園など自然がほぼそのまま残されてる』
「エデンにとっても、特別な場所……なのかな」
『さあな。機械の考える事は分からんが――とにかくお前ら、ここから先は俺の無線も届かなくなるかもしれねー。そろそろいつ敵に出くわしても遅くはない』
機械の影響が少ないおかげで、乗り物は問題なく利用できる、とサカシが付け足し。
『行き帰りにも使えるそのロープウェイはお前らの命綱だ。間違っても壊すんじゃねーぞ』
「分かったか、アン?」
席に座るアンはミニガンを抱え、弾薬の連なったベルトリンクを肩に引っかけ、背中に大容量のバッテリーの詰め込んだバックパックを背負い、ケーブルは銃と接続されている。
「早くぶっ放したいです」
おまけにこんな言動ならもの申したくなるというものである。
ロープウェイから一望できるのは里山のような牧歌的な情景だが、虫の鳴き声一つせず、生物の気配が感じられない。
本当にただ、剥製のように残されているだけという感じだ。
少し目を逸らせば、機械的な建造物や道路がケイ達を取り囲んでいるのを確認できる。
むしろ切り取られて、取り残されているのはこの区画だけなのだ――そう思うと、無性に悲しいような、やるせないような思いが胸をうずかせる。
「……悔いているのですか」
それまで何をするでもなく、ケイの顔へ目線を注いでいたアンが口を開く。
「あなたが仲間と呼ぶ人々を残して来た事に……一人で逃げてしまった事に」
「……ああ」
ケイがもっと早く時間銃の異変に気づければ、あんな惨事は回避できたはずなのだ――。
「……あなたの選択は最善でした。遅かれ早かれ、敵の襲撃は起こっていたでしょう」
「慰めて……くれてるのか?」
「事実を申しているだけです」
「そ、そうか。……でも、ありがとな」
いえ、と無機的に返すアンを、ケイはしげしげと逆に見返す。
ロープウェイ内は、人が二人乗っているとは思えないくらい静かだ。
厳密には、ロボットだが――作戦上とはいえ、こうしてアンと二人きりになるのはいつぶりか。
「なあ……テンキ博士について、どう思う?」
「どう、とは」
「エデンを暴走させたテンキ博士の心境、とか……推し量れないものかなって。アンの、ロボットとしての所感とかあれば、聞いてみたいんだけど……」
「知りません。私にとって、私を目覚めさせたテンキ・リウの事さえ分からないのです」
「そうか……そう、だよな。……どうして、アンドロイド、なんだろうな」
と、ケイは考えを纏めるように数拍、置いて。
「俺を守らせたいだけなら、もっとこう……リウの奴ならそれこそ巨大ロボットでも寄越しそうなもんなのに。仮に、世界がこうなると分かっていたら、余計にさ」
「……目覚めたばかりのあなたの前に巨大ロボットが現れたら、どうするでしょうか」
「あ、あー……逃げる、か、気絶しかねないよな。リウはそのあたりも考えて、人に近い姿のお前を作った、とか……いやでも、それにしては手が込みすぎてるような」
ああでもない、こうでもないと思索にふけり、ふとケイはアンをちらりと窺う。
「……お前はやっぱり、気になったりしないか……?」
「何がでしょうか」
「今まで見て来た限りだと、お前は随分人に近いアンドロイドだと思う。こうやって相談もできるし、意外に家事や料理もできるし……誰かを思いやるような行動もできる」
だから、とケイは思い切って尋ねた。
「SFものとかだと、ロボットに心はあるのかとかいう命題が出たりするじゃないか――」
「興味ないです」
一言でばっさりぶった斬られた。
「そ、そか……どうでもいいのか」
「はい。――今ここに存在し、見聞きして、考えている事が全てです。人間やロボットかどうかなど、関係ありません」
「アン……」
「私が案じているのは任務を成功させられるか否かのみ。なぜならロボットにとって命令は何をおいても達成するべきものであり、存在意義そのものだからです」
「命令、か……」
「それゆえに、様々な事柄に日々意味もなく苦しみ、悩み続けるあなた達人間についてはまったく理解できませんし、共感も不可能です。憧れもしません」
ケイは無意識に肩を落とし、アンから視線を逃がしていた。
それはそうだろう。突然起動されたと思ったら、わけもなくこんな破滅した世界で無茶な戦いばかりをさせられる。
ひたすらに有意義、有益さのみを希求して作り出されたロボットにとって、そんなものは迷惑なだけに違いない――。
「……しかし」
何となく、ケイは目を上げた。
別段、アンの平坦な口調に変化が訪れたのでもない――けれど。
「あなた達と共に、任務以外の事柄で無意味な時を過ごし、無意味な話をして、無意味にリソースを割いて――気がつけば、仲間の一人として扱われているというのは……意外と嬉しいものですね」
ケイみたいによそ見をしながら、それでもぽつりと――独白のようにアンはそう言った。
「アン……」
「何でしょう」
「いや、別に」
「気持ち悪いですね」
――アンは自分で思っているより、やはり人間寄りのロボットなのかも知れない。
そう思うと不思議と、ケイは笑みがこぼれていた。
辿り着いた研究所は学校の本館を縮小したような、凸型の白い建物だった。
手前の駐車場には何台かの車やトラック、トレーラーが停められ、一つだけある出入り口の左手には真っ暗な電子掲示板が設置され、右手にはセントラルパークのポスターでも見かけた、玉虫色のロボットが佇んでいる。
電源はオフだが、このロボットはマスコットと重機のような運用を兼任しているらしく、側の看板には様々な作業のための機能や操作方法がリストアップされていた。
「ここまで来たけど、一度も敵には出会わなかったな……」
「そうですね。皆、エメスへ出払っているのでしょうか」
この瞬間にも、エデンから時計頭が続々とエメスへ送り込まれているのかと思うとぞっとするが、知る限りの交信設備は全て取り除かれているため、その可能性は薄いはずだ。
「……考えていても仕方ないな。ともかく、建物に侵入して博士の研究所を探そう」
そう言って、自動ドア前へ近づくと――小さな電子音がして、両側へ開く。
同時に、暗闇しか映していなかった研究所の窓から、次々と部屋灯らしき光が漏れだして来ていた。
「なっ……勝手に電気が点灯した……?」
「ケイ、戻って下さい、これは罠です――」
奥の様子を確かめるべく踏み込んでしまったケイを、後ろでアンが止めようとするも。
振り返ったケイの目の前で、自動ドアの真下から頑丈そうな鉄格子がシャッターのように上がり、外と分断されてしまったのである。
「し、しまった、早く出ないと……!」
不用意さを自責する暇もなく、時空剣を振るって鉄格子を切断するが、消滅させた端から新たな鉄格子が上がって来てきりがない。
ならばとサカシに連絡を取って遠隔で仕掛けを解除してもらおうとするも。
「くそっ、妨害されてるのか……!」
無線から聞こえるのは砂嵐のみ。そして――ケイの危機感を煽り立てるように、研究所前の駐車場へ、どこからともなく多数の時計頭が姿を現し始めていたのである。
「まずい……! アン、すぐにここを――!」
「……いえ、ケイはこのまま進んで下さい」
「何……っ!?」
眉根をひそめるケイに、アンは振り返らぬまま淡々と言葉を付け足す。
「浮き足立つ私達を一網打尽にするのがエデンの算段ならば、裏を掻いてさらに攻勢へ出るのです。それに研究所内も安全とは言い難いですが、挟撃を受けるよりはマシなはず」
「だ、だけど……!」
「忘れないで下さい。このミッションは、テンキ博士の端末から強制シャットダウンプログラムを発動する事。その時点で、勝利は確定するのですから」
ロボットらしい、感情の差し入る余地のない、理路整然と順序立てた意見。
ケイはそれでも、と言いつのろうとするが、一理ある、と納得する自分もいて。
「でも……ここで逃げたら、俺はまた……!」
「……必ず合流します。私を信用して下さい」
そう、短く言ったアンは――もう何も言わず、押し寄せてくる時計頭達の方へと向かって行ってしまう。
信用しろ。
そんな風な言葉がアンから出てくるとは思わず、ケイはあっけにとられて貴重な何秒間を無駄にしてから。
「……ああ!」
仲間へ対する、当然の返答として――力強く頷き、研究所の内部へと駆け出すのだった。
一人残ったアンはミニガンを抱えるように構え、その照準を時計頭の包囲へ向ける。
――カチッ、カチッ、と針の音を奏でながら、ついに一体の時計頭の足が手前の段差へかかるのと、ミニガンの六本の砲身が駆動音を張り上げて回転を始めるのは同時で。
銃口から、弾丸という名の破壊がばらまかれた。
一番接近していた敵の頭部が弾け飛び、貫通した弾丸が居並ぶ時計頭達を容赦なく襲う。
間断なくスライドする銃身から繰り出される高速かつ圧倒的火力は、アンに備わる精密性も合わさり的確に時計を粉砕し、煙と共に吐き出される廃莢が四方へ飛び散っていく。
コンクリートを削り取る弾痕、ガソリンに引火して炎上する車両、周辺の細い木々や枝ならば弾がかすめただけで倒れ、照準を変える度にぶちまけられる銃弾の暴風雨が駐車場を風通しの良い光景に変えていった。炎の海にみるみる折り重なる敵の残骸。
途切れぬ銃弾をかいくぐるようにして鋭利な赤い針が飛来し、右目を撃ち抜いて後頭部を砕いた。視界を半分奪われながらも、アンは針を片手で引き抜きながら照準を巡らせ、倒れた車両や木立の隙間から狙うボウガン型を狙撃して仕留める。
同様に、上空からも鳥型群が針を矢継ぎ早に打ち込み、アンをハリネズミのような姿へ変えていく。腕や足、胴体に針を突き立てられながらも、アンはただ撃ち続けた。
銃身が赤熱し始めた頃、ようやく駆動音が小さくなっていき、やがて回転が止まる。
弾切れだった。だが、なおも敵の増援は到着し続け、一向に減る様子がない。
アンは躊躇なくミニガンを投げ捨て、身体の動作を妨げる分だけの針を引き抜いて捨てながら、すぐ側にいる作業用ロボの元へ行き。
その肘部分を両手で掴むと、関節からへし折るようにしてもぎ取ってのけた。
そして骨格がむき出しになった自らの左腕へ、取り付けるように突っ込む。
「管制システムに接続完了。プロテクト解除。……アクティブモードへ移行」
するとロボットアームは緑の光を発しながらモーター音を立てて起動し――まるでアンの腕と同化したかのように、先端部分がひとりでに回転し始めたではないか。
瞬刻、アンの前まで辿り着いた獣型が四肢を突っ張らせて身構え、一息に飛びかかる。
その鋭い爪で、アンの身体を引き裂こうというのだ――。
けれどアンも同時に振り返っており、装着したロボットアームを横薙ぎに振るうと、なんとミニガンの掃射にすら持ち堪える獣型の金属骨格が――鉄塊でも叩きつけたみたいな轟音を立てて、中空でバラバラに玉砕してしまったのである。
その明らかなる異変に、殺到しようとしていた時計頭達もぴたりと、立ち止まった。
彼らが取り囲むアンの腕には、掘削用の電動ドリルへと変形したロボットアームが剣のように構えられており――今度はアンの方から、敵の方へと無造作に踏み出していく。
「スコップ、マニピュレータ、ハンマー。武装には困りませんね。――第二ラウンドです」
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