エデンサイド Ⅴ

第六章 第二十五話 タイムパラドックス

「お……おいおい、やっと戻って来たと思ったら……お前ら、何があった?」


 監視室に転移するなり、ケイはサカシの言葉も聞き流しながら時間銃を取り出す。


(正常に転移できた……修理はされているようだが……これは……!)


 銃身に取り付けられた小さなデバイス。多分これが、エデンの干渉を受けてタイムハンター達をエメスに引き込むような挙動をさせたのだろう。


「こんなもの……!」


 そのデバイスを力任せに取り外すと、そのまま床に叩きつけ、容赦なく踏み潰す。

 そしてケイの剣幕に目を丸くするサカシに一連の、風雲急を告げる事態を説明する。


「このままだとみんな殺されてしまう! なんとか助ける方法はないのか……!?」

「とりあえず落ち着けよ、ケイ。また時間銃で転移してやればいいじゃねーか」

「それじゃ間に合わない! 両世界の時間は連動してるんだ、こうしてる間にも……!」

「連動している、というのなら」


 二人のやりとりを見守っていたアンが、やおら口火を切る。


「エデンに打撃を与えれば……エメス側への侵攻も遅れるのではないでしょうか」

「そ……それだ! こっちの――エデン側からでも、みんなを支援する方法はあるはずっ」

「確かに、エデンのやっていた事を逆手に取る、面白いやり方ではあるが……」


 サカシは無精髭をさすり、半目になって視線を漂わせる。


「……エデンで活動してる時計頭どもの大半は、工業区にある生産工場で製造され続けてやがる。工場を破壊してやりゃあ、エメスへの流出も止まる上――俺達も比較的安全な状態になるだろう」

「だったら……タイムハンターが留守にしている今が最大のチャンスじゃないのか!」

「まあ待て。こっからが本命だ――エデンの野郎は、エメスの歴史改変を媒介に、二つの次元の境目を曖昧にした上で一つの次元へと統合しようとしている。いわばエメスは、エデンの同次元内にある二つ目の未来になりつつあるわけだな」


 次元統合。二つ目の未来。事のスケールが大きすぎて頭がパンクしそうだ。


「どうして……エメスが未来になると言えるんだ?」


 簡単だ、とサカシが背もたれへふんぞり返り、タバコに火をつけながら顎をしゃくり。


「お前、こっち側で何度か時間停止を試みただろ。それでエデンの時間はエメスと比べて、ほんの少しだけ遅れが出てんだよ」

「そういえば……確かに」

「たった1秒でも過去であればいい――タイムパラドックスを起こすには充分だ」

「タイムパラドックス……?」

「簡単に言えば、だ。エデンで時計頭工場を破壊する事で、時計頭どもは作られなかった未来になり――その結果はエメスに送り込まれた時計頭どもの存在の否定につながる」


 存在の、否定。

 怖気の走るようなセリフに、ケイはごくりと生唾を飲む。


「二つの世界も時間も融合しかけているこの瞬間だからこそ試せる事だ。うまくいけばエメス襲撃そのものがなかった事になる、かも――だが、何の影響も出ないかもしれん。俺は門外漢だから、確かな事は言えないぞ」

「……でも、やってみる価値はあるさ。残った時間をフルに使っていかないと――」

「……で? 具体的にどうするつもりだ」


 サカシの問いかけに、ケイは口ごもった。

 息巻いたまではいいが、ラキ達のいない状況で、時計頭が大量生産されている工場に殴り込むのは、さすがに無謀ではないのか――。


「……なあ、ケイ。連中に情が移ったお前の気持ちはまあ分からんでもない」


 サカシは醒めた調子で椅子から立ち、タバコを指の間に挟みながら歩み寄って来る。


「だが、そいつらのためにこれ以上お前が命を張る事か? 仮にエメスがエデンと融合した所で、俺達には何の関係もない話だ。欲しいならくれてやりゃいい。それだけ俺達が逃げ延びるまでの時間も増える……違うか?」

「サカシ……お前……っ」

「まずはてめーの身を優先しろってこった。お前が死んだら元も子もない。異世界に行きたいなら、宇宙船の中でまた転移できる手段を探してやるからよ……」


 ――所詮は文化レベルで劣る土人どもの住む世界、どうなろうが知った事じゃねー


 サカシの婉曲な言い回しには、隠しきれない利己性と、歪んだ選民思想が見え隠れしている風に思えた。

 以前にもラキを白々しく本物と褒めそやす傍ら、その内側に潜む侮蔑と皮肉に気づけたのは、アンからリウのメッセージを聞いていたおかげだろう。

 少なくとも善人ではない――何しろこの男は、シェルターを作り生存者を集めるなどとのたまっておきながら、助けも援助も寄越さず、自力で生き残った優秀な者達だけを箱船に乗せようとしているのだから。


「……禁止区画」


 不意に、アンが呟いた。すると突然うろたえたように、サカシがケイから視線を外す。


「あなたは知っているはずです。私がそこで目覚めた事と――テンキ博士の研究所が、いまだ残っている事を」

「テンキ博士の……研究所だって!?」


 腰を浮かせかけるケイとは裏腹に、サカシは痛恨を込めてアンを睨み――きびすを返す。


「……セントラルエデンパークと工業区の間に挟まれるようにして……通称、禁止区画と呼ばれるエリアが存在する。そこは常に厳戒態勢で、過去に何度か精鋭部隊によるアタックが敢行されたが全て失敗。情報らしい情報も持ち帰れていない――だがあそこには何かがある。その一つが……」


 テンキが使っていた研究棟だ、とサカシは首をすくめ、顔を片手で覆う。


「……テンキの利用していた端末には、万が一エデンが暴走した時のために、強制シャットダウンさせるためのプログラムが組み込まれていた。そいつを使えば、あるいは……」


 強制シャットダウンプログラム。そう聞いて俄然、体内を動悸めいた興奮が駆け巡る。


「つまり、工場どころじゃない――エデン全体を機能停止に追い込めるって事なのか!?」

「ぬか喜びすんな。他には政府高官の何人かが受け取っていたらしいが、人類滅亡半歩手前のこの期に及んでも使われた形跡はないし……端末自体が今も残ってるか怪しい。そもそも、そんな危険なブツをエデンが放っておくとも思えねぇ」


 成功率は限りなく低い。無駄足なら最高。絶対に死ぬ――そんなサカシの言葉を聞いて、ケイは気ばかりが急くままに立ち尽くし、拳を握る事しかできない。


「途中までなら私が案内できます」


 でも、停滞しかけた空気を打ち破ったのは、またしてもアンだった。


「研究所は禁止区画でも比較的浅い階層にあります。少数かつ隠密に徹した上で――この戦力なら、まあ日帰りも可能でしょう」


 たった二人しかいないんだぞ、とサカシは半ば血走った目で早口にまくし立てる。


「ケイ、お前は英雄でもなんでもねー、覚悟だけ半端に決まってる素人がいきがってるだけなんだ! そろそろ自重しねぇとマジで死ぬぞ!」

「だけど、うまくいけばエデンそのものを止められる……命を張る価値はあるはずだ!」

「――おいアン、てめぇはケイを守る仕事があるんじゃねーのか! なんでさっきから焚きつけるような事ばかり言いやがる! まさかお前まで情にほだされたとでも……」

「もしもエメスが融合され、エデンがそのエネルギーをも手にすれば、恐らく宇宙にすら逃げ場がなくなります。エデンの蛇も無効化されてしまう可能性が高い……違いますか」

「それは――くそがっ……」

「ならばケイに助力し、エデン弱体化を試みる方がより任務の蓋然性に準じます」


 睨み合いの末、サカシは二人が意見を翻しそうにないのを見て取り、口汚く悪態をつく。


「……仕方ねぇ、いっぺんだけは折れてやる。こうなりゃ全力でサポートするだけだ。お前ら、何が何でも生きて帰れよ。やばそうなら研究所にもこだわるな」

「了解しました――」


 そう答えたアンが持ち込んで来たのは、何やら物々しくごつい銃火器。

 レイカ達が設置していた機銃とはやや小型な事を差し引いても、それは紛れもなく――重厚な黒い銃身と巨大な弾倉を持つガトリング銃、ミニガンである。


「――研究所の保全にこだわらず、最悪の場合爆破します」

「た、頼もしいな……」

「この脳筋め、全然話聞きやがらねぇ……」


 サカシは処置なしとばかりにため息をつき、ばりばりと髪を掻きむしったのだった。

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