第二十四話 レクス・ヴルゴー
誰も、何も言わなかった。ヨルにとっても、ゼノサにとっても、ジヨールにとっても、かけがえのなかった人が――もう、どこにもいなくなってしまったのだ。
ゼノサは放心したように、フリウスのいたあたりを眺めている。
何も語らないジヨールは長年の苦楽をともにした親友の裏切りに心を痛めているのか、怒りを感じているのか。
国王が何を思うかなどケイにはようとして知れないが、それでも――どこか一心に、黙祷を捧げているように見えた。
「……余は平和な時代に産み落とされ、父上から世界の美しさを教えられ、幸せを享受してきた。だから……フリウスの苦悩は分からん。ただ」
ヨルは静かに息をつき、まぶたを緩く落とす。
「奴の話が本当なら……余の存在は必要なかったはず。城で反乱を起こした時点で、魔力コアを奪うだけでなく――殺そうと思えばできたのだ。だがあの時、あの瞬間、奴がそうしなかったのは……」
一貫性があるようで、思い返せば矛盾に満ちた行動ばかりだった。
どこまでが本当でどこまでが嘘だったのか――それを知る事は、もうできない。
「……一度でも、エデンを見せてやりたかったな」
意趣返しではない。フリウスの唱える楽園の実態。
その行き着く先を見れば――彼も思い直してくれただろうか。
「ふ……それでも止まりはしなかっただろうよ。いまわの際に話す言葉に嘘はないというが、この男の場合は――それまでは嘘をどこまでもつき続けたはずだ。己にさえ」
それにしても、とヨルが気持ちを切替えるように黒い頭を一つ振って。
「時の精霊レクス・ヴルゴー。奴は何を考えている……? 何のために世界融合などと」
「――そいつが黒幕なのは間違いないでしょ」
と、その時ふらつきながらも立ち上がったゼノサが、目線を落としたまま言った。
「元はといえばそいつの馬鹿げた与太話に、トゥルスは騙されたも同然じゃない……許せるわけないっ!」
「だけど、世界融合が本当に可能かも知れなかったら……」
関係ないわよ、とゼノサが何かを振り切るようにことさら気炎を上げる。
「企みごとあたしがぶっとばすんだから! フリウスだかヴルゴーだかレクスだか知んないけど、あたしを甘く見た事を後悔させてやるっ!」
その声色にはトゥルスへの怒り、そしてそれでもなお信じていたい、鮮烈だけれどどこか儚い気持ちが感じられて、ヨルがふっと微笑した。
「奴を放っておけばフリウスのような、第二第三のヴルゴーが出て来てもおかしくはない――レクスを見つけ出す事には賛成だ。しかしその足取りは、一向に掴めんままだが……」
それに不明な点も一つ残っている。フリウスはなぜ時間銃を手に入れようとしたかだ。 謎の多い装置だが、時空剣と違いエデンと直接アクセスできる機能はないはず。
だからこそフリウスは時空剣を狙ったのだし、なら今まで時間銃を後回しにしていた理由は。
――いや、待てよ。
……フリウスはエデンが時計塔を通じて改変を行っていると言っていた。
しかしその時計塔はすでにケイ達が破壊している――ならばフリウスの次の手は、どうにかしてエデンとの交信を再開する事ではないのか。
新たに時計塔を作る? それでは時間がかかりすぎる。
他に交信施設がある? それはサカシが否定していた。
ならば――他にもあるのだ。そう、もっと身近で確実な……。
無意識に身体が小刻みに震え、呼吸が浅くなり出していた。
あるじゃないか。ここにもう一つ。
二つの世界をつなげる代物が――。
ピピピ。ピピピピピピッ。
時間銃が、狂ったように電子音を鳴らし始めた。
驚いて持ち上げると、パネルの中で無数の文字列が表示されては画面内から追い出され、凄まじい勢いで羅列され続ける。
「なんだ、これ……っ!?」
そして、ガラスの割れるような音が、ケイの――全員の意識を引き寄せるように響き。
部屋の――空間の色が反転し、戻り、また反転し、激しく明滅した直後。
ソファの前、テーブルの横、棚の側、窓際、壁の四隅。
――部屋中に、時計頭が佇んでいた。
人間の肉体を着ていない、金属骨格だけの姿。
それらが突然に。何の気配もなく。
「――お父さん!」
時計頭から伸ばされる腕からジヨールを守るように、ただちに反応したのはゼノサだった。両者の間へ割って入り、打ち込まれた細剣が敵を穿つ。
「ぜ、ゼノサ、これは一体……!」
「ええい、話は後だ! 迎え撃て!」
ヨルの檄へ応じ、時計頭達を薙ぎ倒していく。
しかしいくらもしない内に、部屋の外から争うような物音や、魂切るような悲鳴が聞こえて来るではないか。
「生命反応、減少中。ホールの方からです」
「巨大時計頭が転送された時と似てる……まさか、城中に現れて……!?」
「城だけで済めばいいがな――まったくフリウスめ、とんだ置き土産を……っ」
ジヨールを守りながら廊下へ出ると、もうそこは戦場だった。
あちこちに兵士や使用人の死体が横たわり、時計頭達が時計を埋め込んでいる。
「き――貴様らァッ!」
ジヨールの憤りに満ちた怒号を代弁するかのように間髪入れずゼノサの細剣が敵を貫き、ヨルとケイで前方を、アンがしんがりを努めてホールへ駆け抜ける。
「か、カラーバンド公国の名代と、ゼノサ姫を愛する一人の男として、お前達などに遅れは取らんぞ!」
豪奢に整えられたパーティ会場は見るも無惨に荒れ放題。死体と血糊にまみれ、その中で駆け付けた兵士達や、居合わせたルンゼファまでもがサーベルを振るって戦っていた。
「ひっ!」
だが数に勝る敵勢に押し込まれ、何時間もかけて丁寧にセットされたルンゼファのヘアースタイルが引きちぎられようとした時――叩き込まれた一刀が、金属骨格を斜めに断つ。
「この連中、どうやら時計部分が弱点のようです」
「おお、コーエン――というかお前、時計どころか身体ごとぶった斬ってないか!?」
何の事やら、と大剣を担ぐコーエンの背後には、夥しい時計頭の残骸が転がっている。
「公子、弱いのですから無理をなさらず……あなたに何かあっては私が更迭される」
「こ、ここで逃げれば男がすたるではないか! それにゼノサ姫も見ているかも――」
刹那。
冷気のように吹き付ける、不吉なプレッシャー。
――カシンッ。カシンッ――。
ケイ達は弾かれるように一斉に、新たにホールへ足を踏み入れて来た、その敵を見やる。
「あいつ、は……!」
他の時計頭と比べても異彩を放つ、黒の機体。鮮血を塗り込めたような二対のブレード。
これまでに二度、エデンにて対峙した。
――タイムハンターだ。
なぜここに。
いや、ついにここまで、というべきか。
出会えば死線は必至の、死神のような相手。
それが今、次元を跨いだエメス世界で、ケイ達と相対しているのだ。
足がすくみ、臓腑という臓腑が縮み上がる。
しっかりしろとどれほど言い聞かせても――痛みとともに、心の芯まで刻みつけられた恐怖が蘇る。
こういう、事だったのだ。エデンの支配領域を強めるために、フリウスによって仕組まれた仮想とでも言うべき魔王大戦。
その水面下では作戦の遂行役として時計頭達が実際に手を下し、計画に沿うよう改変し続けていたのだ。
竜牙の谷で――ラキの家族達を殺したように。
「……こいつはあたしが相手するわ。あんた達は逃げて」
ゼノサが据わった目で進み出て、タイムハンターと向き合う。するとヨルもその隣で。
「ふ――貴様だけでは心許ない。余も付き合おう」
「あんた……人間なんかのために戦う気? 別に逃げてもいいのに」
「部下の不始末は……主が濯がねばなるまい」
「だ、だったら俺も――!」
「ケイ。貴様は逃げろ」
え――?
「サカシが言ってたでしょ。エデンが一番殺したいのはあんた。ここにいられちゃ迷惑よ」
「さよう……適合者である貴様が死ねば、それこそエデンの思うつぼ。その時点で事実上世界融合が完了してもおかしくはあるまい。――余やゼノサが死んでも、国が滅んでも、貴様だけは生き延びなければならないのだ」
「そんな……!」
適合者。ケイにとっては荷の重すぎる問題に、これまであえて考えないようにしていたが――仲間達の危機に面して望むと望まざるとに関わらず、向き合うしかなくなっていた。
適合者だから時空剣が使える。きっと時間銃を使用できるのもそのあたりに理由があるのだろう。すなわちケイの死が、世界の融合――敗北を意味する。
どちらの生存を優先するかなど明白。もう、世界一つだけの問題ではないのだ。ケイの生死に、両世界の命運はかかっていると言っていい。
(でも……かなうわけがない! 貨物エレベーターでも歯が立たなかったのに――今度こそ殺されてしまう……!)
「……ケイ。貴様はエデンで、貴様にしかできない事をやれ」
背中越しに語りかけるヨルに、ケイははっと首を跳ね上げる。
「あんたに心配される程落ちぶれちゃいないわよ――アン、そいつを連れていきなさい!」
ゼノサが叱り飛ばすように声を張るのと同時、凍り付くケイの手をアンがそっと引く。
「ケイ……二人を信じましょう」
「俺は、俺はまた……っ、くそ……くそおぉぉッ!」
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