エメスサイド Ⅳ
第二十一話 祝勝会
ここはジェムゼック城内にある図書館。
教科書、歴史書、魔道書など、見渡す限りに本が揃い、本に囲まれテーブルに腰を据えているラキの姿はとても風情がある。
試しにケイも目を通しはしたが、言葉は別として文字となるとてんで解読不能だった。
「今のラキは人の姿なんだな……自由に変えられるものなのか?」
「うん。というか変身のみならず魔法自体は、故郷にいた頃から何年も独学で勉強してたからね。2年ぶりに竜態――竜の姿に立ち返ったんだけど、全然駄目だったよ、あはは」
そんな事、とかぶりを振るケイに、ラキはすまなそうな口調で返す。
「……ごめんね。騙すような真似をして。ボクの、本当の名前は……エリファレス。マルヴァーンの娘なんだ」
「マルヴァーン……4魔将の」
「2年前のあの日、ね……突然、故郷の竜牙の谷が、襲われたんだ。そして、父上も、仲間も、兄弟もみんな……殺されちゃった」
穏やかなまでの悲しみをたたえた言葉に、ケイは唇を噛みしめる。
「けどね……目撃したんだ。……敵は……敵の外見は、あの……タイムハンター――ううん、時の魔法使い、ヴルゴーに……うり二つだったんだよ」
二つの世界。
ケイがやってくる前に、実はすでに存在した共通点に、愕然と息を呑む。
「な、なら、あいつは一度、もうここに……エメスに来ていた、って事なのか……?」
「分からない。その後の世界の異様な変容も含めて、ボクは時魔法を疑った。だから名を捨てて、竜としての生き方も放り出して、自分を死んだ事にして……真相を暴くために、ヴルゴーについて探り続けていたんだ」
「ラキ……」
「……ラッセルもリリィも、隠れ酒場の面々はみんな……竜牙の谷に来ていた、ツアー客の生き残りさ」
「まさか……」
「世界に散らばり情報を集める……真実を求める同志。キミを隠れ酒場にすぐ案内したのも、もちろん助けたかった気持ちもあったけれど……本当は時計頭や、時間凝縮、エデンにまつわる事情を聞いて、ボク達に起きた事柄とも無関係には思えなかったから……引き込みたいという打算もあったんだ……ごめん」
「いいよ……そんなの。むしろ感謝してるし、納得もできた」
ラキを助けた事を感謝された時のラッセルのまっすぐな眼差しは、そういう事だったのだ。
(でも、それだと……ラッセル達の記憶や認知は、世界の変化とむしろ相反している……)
だから、とラキは目つきを鋭くし、一言一言に力を込める。
「誇りをなくしても……いわれなき悪名を被っても、どれだけ逃げ続けても、必ず答えに辿り着いてみせる。それが、命を賭けてボク達を逃がしたみんなへ……報いる事だから」
それきり沈黙が落ち、ケイは話題を変えようと、はす向かいに座る。
ラキが読書にふけっていたのは、やはり赤と黒の本――ヴルゴーの書だった。
「……解読そのものはどこまで進んでいるんだ……?」
「ほとんど終わって、今は記述内容を精査している段だけど……これで何も掴めなければ正直手詰まりだね」
「そうか……参ったな。エデンにも関係する重要な秘密だとは俺も思うんだけど」
頭を掻き、気が滅入って来た矢先。
くすりと、唐突にひそやかな女の声がして、ケイはぎょっと顔を上げる。
「な、だ、誰だっ……」
「くす……ここよ……くす」
するとケイの死角に当たる場所――つまりラキの真後ろ、重なるような位置から青い髪と薄手のドレスの女が歩み出て来た。
目元は細く、鼻梁の整った、妙齢の美女である。名前を聞こうとして、ケイははたと思い当たる。
赤と青のオッドアイ、そして衣装とは悪目立ちするファンシーな感じの冠。こいつ、まさか。
「……む、むかつ、ムガナクスム様……?」
「くす。ご名答……今度はきちんと言い当てられたわね、偉いわ……くす」
やはりそうだった。精霊祭の終わりに精霊の森へと帰ったと聞いたのだが、また急に現れたものである。
「くす……ヴルゴーの事が知りたいのなら、本人に聞けばいいじゃない……くす」
「……どういう事だい」
ラキがうっすらと警戒心を滲ませた声音で聞き返す。
「強い思念の宿る物から、深い関係を持つ人物の霊を呼び出す……そんな魔法もあるのよ」
ラキが反射的にヴルゴーの書へ目を落とすと、ムガナクスムは愉快そうに笑いをこぼす。
「その本からは濃密な怨念を感じるわ……くす、きっとヴルゴー本人を呼び出せるはずよ」
「でも、あいにくと世界中探しても、ボクはそんな魔法を知らない……」
「ええ……だって数秒前に私が考えたのだもの。でも、あなたならきっと理解できるはず」
ムガナクスムが妖艶に微笑みながら、ラキへと鼻先を近づけて挑発的に息を吹きかける。
「教えてあげるわ……今はそんな気分なの。あなたさえ良ければ、ね」
「それ……日数はどれくらいかかるのかな」
「早ければ333年。けれど才能によるわ……くす」
「ボクに対する挑戦と受け取ったよ。3日で会得してあげる」
ラキはすっくと立ち上がり、ヴルゴーの書を懐へ収めてケイを見る。
「そういうわけでケイ、ボクはちょっと休養がてら修行に行ってくるから」
「だ、大丈夫なのか……? その、色んな意味で……」
「大丈夫。必ず朗報を持って帰って来るから、そっちの方は任せたよ。みんなを……守ってあげて」
ラキの真剣な思いが詰まった言葉に、ケイは強く頷く。
一方でムガナクスムは瞬時に姿を消し、図書館の窓の外へと移動していた。
「くす……第一関門よ、竜の子。あなたも同じ事ができるかしら……くす」
「身体を分子に分解して物体を通過、再構成なんてお手のものだよ。見くびらないでね」
同じようにラキが窓の外へと瞬間移動し、ケイへ手を振ってからムガナクスムと共に飛び去っていく。
ケイにできるのはラキの無事を信じ、その帰りを待つ事だけだった。
「おお、ケイ殿! 聞きましたぞ、なんでも転移装置の調子が悪いとか……」
廊下へ出るなり、トゥルスが心配そうな顔でとことこと小走りに駆け寄って来る。
「はい、そうなんです。敵の攻撃を受けたせいか、こっちに来たきり反応がなくて……」
時間銃を取り出すが、青のランプは点灯しているも、パネルには何の表示もない。
みんなを急いでエメスへ移送するために使ったのを最後に、この状態になってしまったのだ。
「これだと、エデンへ戻る事ができないから致命的にやばいんです……」
事実すでに1日が経過している。サカシだって待ちくたびれているかも知れない。
二度と戻れない可能性までが焦燥とともによぎり、昨日から一睡もできていなかった。
「ゼノサに頼んで修理できる人を捜してもらってるんだけど……思わしくなくて」
この銃の構造を理解できるような職人がそう簡単に見つかるとも思えず、立ち往生している有様だ。
するとトゥルスは自信ありげに胸を叩いて。
「では不肖このトゥルスにお任せを! きっと腕の良い技師を捜し出して見せましょう!」
「協力、してくれるんですか……?」
「これも姫様のため、ひいてはレクスリーナのためでございます! ささ、装置を私にお預け下さい、見本がなければ、技師の方も困り果ててしまいましょうから」
そうですね、とケイは頷き、ぴょこんと背筋を伸ばして短い腕をうやうやしく突き出しているトゥルスへ、時間銃を手渡す。
「そういえばケイ殿、二日後の祝勝会には出席される予定ですかな……?」
「祝勝会……あぁ、あの巨大時計頭を倒した時のお祝いパーティーですよね」
「さようでございます。何をするにもまずは士気を上げねば! それに我々のみならず、この祝勝会を催す事で民草にも敵の脅威はひとまず去った、と伝えられますからな!」
「そういう事なら出ます。ゼノサやヨルにはこの件は……?」
無論伝えております、とトゥルスは請け合って見せる。
「この機にケイ殿もぜひ英気を養い、来る試練に備えて下され。では失礼しますぞ!」
祝勝会は城内のホールを丸々一つ、夕食のディナーのために使った盛大なものだった。
何せ王都のど真ん中で起きた大事件である。いちいち告知や周知をせずとも人は集まり、コース料理が続々と白いテーブルクロスの上へ置かれ、ワイングラスを打ち鳴らす音が響き、壁際に並ぶ楽団がクラシックを奏で、ホール中央では貴族達のダンスが行われている。
精霊祭の時とも違う洗練された絢爛さに、ケイは腰が引けつつも食べ物の香りにつられてそわそわと歩き回っていたが、ほどなくして談笑する人の輪の一つから声をかけられた。
「おお、ケイ殿、出席下さったようで嬉しいですぞ」
トゥルスである。その隣にはジヨールもいて、ケイを目に留めると近づいて来る。
「どうかね、此度の祝勝会、楽しんでもらえているかな?」
「え、ええ、まあ……料理美味しいです」
苦笑いしつつ答えると、ジヨールはワインを片手ににこやかに笑う。
「そうだな、異邦人の君が料理に舌鼓を打ってくれるのなら、気合を入れて料理人達を集めた甲斐があったというものだ。なあ、トゥルス?」
「ははは……我が妻も今日の祝勝会のため、台所では常駐のコック達に混じって腕を振るっております」
え、とケイは横殴りのように意表を突かれて目を丸くする。
「トゥルスさん……結婚してらしたんですか……?」
お恥ずかしながら、とハンカチで額に汗を拭くトゥルスへ、ジヨールがにやりと笑い。
「ふふ、良家のお嬢さんで、それはそれは美人だぞ。――トゥルスも少しはダイエットしたらどうだ、そう肉付きが良すぎても嫌われてしまうぞ」
「へ、陛下、おたわむれはおやめ下さいませ……」
「ケイ君、君も堅苦しい事は抜きに、今日は楽しんで行ってくれ」
「そうさせてもらいます」
ジヨール達の輪を離れ、ケイは仲間達の様子を見に行った。
ヨルはといえば、テーブルの一角に陣取り、手当たり次第に肉料理をかっくらっているようだった。側にはアンの姿もある。
「ラキの手料理ほどではないがこのステーキは中々にいけるぞ。アン、貴様も一口どうだ?」
「遠慮しておきます。アンドロイドは食事を必要としません」
「ふむぅ。食べ物の素晴らしさが分からぬとは、ろぼっととはなんとも不便なものよな」
「あのさ、俺もそっちで食べていいかな?」
「おう、ケイ。好きにするがいいぞ。だがこの4魔将風特注ドラゴンステーキはやらんからな!」
声をかけながら近づくと、ヨルは鷹揚に同席を許してくれた。
「アンは何をしてるんだ?」
「何もしてませんね」
マシンガンを背負ったまま突っ立っている様子は、多分本当にただ立っているだけなのだろう。警備とか巡回とか口実をつけさえしない悠然さにこれまた苦笑が漏れる。
「あー……疲れたぁ。ってあんた達、ここにいたんだ」
と、そこに人垣を縫うようにしてゼノサが現れる。
その姿を見て、ケイは目を丸くした。
ルックスの良さを引き立てるフリル付きの純白のドレスや、ほっそりとしたスタイルを引き出すハイヒールと、普段とはがらりと様変わりした装いである。
「色んな奴からダンスだの相席だの誘われてさぁ、ほんとうざいったらないっての」
「ふん……なるほど黙っていればしとやかな一国の王女そのものではあるわけだ」
「馬子にも衣装というやつですね」
「あんたら、好き放題言ってくれちゃって……てかアンこそ、さっき見てたら結構貴族連中から声をかけられてたみたいじゃん」
言われてみれば、少し遠巻きにした壁際の位置に、着飾った男達が数人でこちらを見つめている。
「くっ……精霊魔法を組み合わせた我が口説きテクになびかぬ女がいるとは屈辱っ!」
「だ、だが独特の紺と赤のドレスや、あの奴隷でも見るような冷たい隻眼もい、意外と……」
「なんか安心したわ。アン、あんたもなんだかんだでレクスリーナになじめてるんじゃん?」
「ご冗談を」
などと仲良く談笑していると、人並みを割るようにして、急に何かが飛び出して来た。
「ゼノサ! なぜさっきから逃げるんだい! そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃあないか!」
出て来たのは、少々衣服が乱れて汗ばんだ様子の、ルンゼファ公子である。
「げっ、ルンゼファ……!」
「私達は幼なじみ同士だろう? 精霊祭も終わり私は母国へ帰らなければならない、だから今夜くらいは二人きりで旧交を温め合おう!」
「そんなのごめんよ! ってかあたしが小さい頃数ヶ月マールに留学してただけで幼なじみ扱いとか、ちょーありえないんですけどー!」
と、ゼノサが逃げるように身を翻しながら、ケイの手をぐわしっと掴む。
「い、いきなりなんだよ……どこに拉致する気だ!?」
「適当に踊ってればあいつも寄って来ないでしょ! 黙ってこっち来なさい!」
ほら、と貴族達に紛れてホールの中央へ向かうと、腕を取って拘束するかのように押したり引いたりされ始め、ケイは頬を引きつらせる。
「お、俺、ダンスとかした事ないんだけど……」
「教えてあげるから、言われた通りにステップ踏んで、ほら早く!」
衣替えしても相変わらず横暴な王女と、ケイは一時の舞踏に興じていくのだった。
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