エデンサイド Ⅳ

第五章 第十九話 システムコントロールタワー

「お前ら一体全体何をやらかした? これを見ろよ!」


 監視室に戻って来るなり興奮して鼻息の荒いサカシに詰め寄られ、そのままモニターの一つを見せられる。

 それは単なる時計の一つではあったのだが――。


「……午前6時……13分――っ?」

「そうだ! 俺達は6時間以上動けていられる! つまり――閉じた時間の壁を越えた!」


 サカシはテンション最高潮、といった風情で部屋内を歩き回り、早口に喋り続ける。


「計測した所延びた時間はさらに6時間。つまり合計12時間、半日を取り返せてる! こんな芸当ができるのはお前らくらいしかねぇだろ、話せよ、おい、何をしたんだっ!?」


 ケイがエメスで起きた出来事を説明すると、サカシはやっと落ち着いて来たらしく。


「……その時計塔には間違いなくエデンの干渉があったと見ていい。しかもエデンとエメスをつなぐ、一種のゲート……相互転移のできる通信施設になっていたはずだ」

「どうして、そんな事に……偶然なのか……?」

「知らね。だがまあ、時計塔をぶっ壊した事で同時にエデンの支配領域も弱まり……こっち側で連動して活動時間が延びたと見るのが妥当か。エデンの野郎、エメスまで毒牙にかけるつもりだったようだが、逆に手痛い反撃を食らった形だな」

「じゃあ、エデンの方からあたし達の世界に仕掛けてくる事は、もうないの?」

「エメス側にまだ他の設備があるなら別だが……この変わりようを見るにエデンにとってリスクが高すぎる、可能性は薄いな」

「それならば一安心だが、奴を許す理由にはならん」


 ヨルが勢いづけて告げる。


「ケイ、ゼノサ、ラキ、そしてアン――みなこの機を逃さず、一気呵成に攻め立てようぞ!」

「はっ、無茶苦茶士気がたけーじゃねーか。ならさっそく、仕事に取りかかってもらうぜ!」



 おおっ、と全員で意気を上げた、その1時間後。


「……いくら時間に余裕があるからって、ここ通るのは最悪すぎなんだけど……」


 暗く、狭苦しく、息苦しい通気口の中、腹這いで進むゼノサは絶不調であった。


『余裕なんざねーよ。つーか最初の30分、暗い狭い怖い通りたくねぇって散々駄々こねて時間潰したのは誰だよ』


 無線からサカシのうんざり声が漏れてくる。

 目的地までサポートするための通信なのだが、ここずっとゼノサと漫才めいた掛け合いが続いていた。


「ええい、いいから先へ進まんか。時間凝縮自体は12時ちょうどに起きてしまうのだぞ」

「わ、分かってるわよ……ほらケイ、早く進んで」


 ケイは憮然としながら、肩や腰を細い通路へぶつけつつ這い続ける。


 サカシのハッキングでエレベーターを乗り継いで来た時点までは良かったのだが、ゼノサの言う通りここの不快指数は最高に最悪だ。蜘蛛の巣は多いし、体温が上がって暑苦しい事この上ない。


『お前ら三人が陽動して、アンとラキが目標を破壊する。つまりお前らがとっととたどり着いてくれねーと、別行動の二人も仕事ができねーんだよ』

「……アンやラキとの通信は届いてるのか? そっちはどうなってる?」


 こっちは問題ないよ、と無線の別チャンネルからラキの声がした。


『アンのサポートで同行させてもらってるけど、驚くくらいスムーズに進めてる』

『ラキの魔法と機転があってこそです。私一人では隠密行動に支障が出ていたでしょう』

『まあな……監視カメラなら蜃気楼で錯覚させたり、兵器が待ち構えていたら遠隔から駆動系を発熱させて誤作動させたり、指紋や声紋といった複雑な認証が必要なら一時的に身体を熱で溶かして再構成して合わせたり……さすが本物、芸達者なこった』


 サカシの発言からしても、すこぶる順調のようだ――こちらとは違って。


 ――狙いはシステムコントロールタワーだ、とサカシは、監視室で各々準備するケイ達に、モニター画面を逐次切り替えながら作戦を説明した。


「セントラルエデンパークを中心に、周辺には無数の電波塔や発電所、施設を支援するための設備が無数にある。こいつらを一つ一つ潰していてもらちが明かない上、エデンによって即座に復旧、修復されちまう。……そういったメンテナンスや統御を一手に引き受けているのがこのシステムコントロールタワーっつーわけだ」

「つまりここさえ潰せれば、エデンにとっても無視できない大打撃になるんだな」


 そういう事だ、と文字通り蛇のように眼を細め、喉奥で笑うサカシ。


「どうやって破壊する?」

「爆弾を仕掛ける。いいか、システムコントロールタワーの真ん中は支えも足場もない大空洞も同然なんだ。所定のポイントで爆破できれば、後は自重で勝手に陥没……他の施設も巻き込んで崩落してくれるってわけだ」

「……なんでそんな空洞があるのよ?」


 見りゃ分かる、とサカシは含みを交えて答え、そして出発したケイ達は四苦八苦してその空洞部分へ到達しつつあった。


 目の前にある、通気口からフロアへ出るための、閉鎖されたハッチ。

 ケイは勇者の剣を取り出した――ジヨールから直々に、進呈されたものである。

 サカシに見せた所、これは適合者がエデンに接続するためのアクセスキーであるらしい。

 つまり正確には剣ではなく、鍵なのである。

 とはいえ恐るべき破壊力を備えているには違いなく、近接武器としても使用に耐えるため、こうしてケイは時間銃とともに、時空剣と呼称したこれを持ち込んで来ていた。

 剣でハッチをなぞるようにすると、金属製のハッチは細かな粒子となって消滅する。

 ほんととんでもない威力よねー、とぼやくゼノサを尻目に、暗所から広々とした空間へ出た。


 ケイ達を迎えたのは、伸び放題の雑草や木々といった緑に覆われた廃墟の街だった。

 人の姿はなく、打ち捨てられ、蔦に呑まれた民家や錆だらけの廃車、折れた標識、穴だらけの道路と、在りし日の姿を想起させる程度に原型をとどめているために、余計に喪失感や寂寞とした空気が漂っている。


『ここはな、エデンの目を盗んだ人間達が作った居住区だった。真上には生活基盤を維持するための生命線である設備があるんだが、同じ街に住む人間の裏切りに遭い、ジャミング機器を壊されエデンに露見して滅んだ。間抜けな話だぜ』

「裏切り……」


 確かに、上には青空があるが――あれはバーチャル映像という奴だろう。

 他にも人が隠れ潜む居住区はあったらしいが、サカシが言うには過去にほぼ潰されたという。


『陽動を終えたら崩落に巻き込まれる前に作業用通路から貨物エレベーターで退避しろ。ただ敵の兵力も著しい……時計頭どもは勤勉にもいるはずのねー生き残りを捜して何年もうろついているからな。おかげでまだ空洞の補強はされてねぇから助かるが』

『機械とは不器用なものですね』

「あんたも機械でしょ……」


 ゼノサのツッコみはさておき、荒れ果てたゴーストタウンを進む。

 街路樹横の立て看板には、『明日を信じなくてもいい。ただ限られた今を悔いのないよう過ごして下さい』――そんなかすれたメッセージが残されていた。


「たった6時間の世界。代替わりしながら生き残って来た人間達が何百年も過去の資料を参考に、空や風や太陽を再現しようとしたのだろうな……ふむ、科学とは興味深い」

『さすがは魔王様、博識だね』

「当然というものだ。四魔将が一、余の家庭教師であったフリウスの大学時代は考古学を専攻していたのだからな。あやつが見たらさぞ喜ぶであろうよっ」

「いや、考古学とはなんか違うような……それに魔将って大学出ないとなれないのか」


 こんな気ままな魔王の面倒を見るのはそれは大変だろう、とまだ見ぬフリウスにケイはちょっと親近感を覚える。


『その先のセクションが目的の陽動地点だ。敵が異変を察知したら最後、続々と上階から増援がやってくる――そうなれば一個師団を送り込んでどれだけ持つかってレベルだが』


 こっちには一騎当千の猛者が二人もいる。むしろケイは自分の心配をするべきだろう――と、街の景観を損なう鈍い色の、空から大地を貫く隔壁が、開いていく。


「よっしゃ行くわよ! ――ライトニング・ブラッシングキャノン!」

「せいぜい大暴れさせてもらうとしようか――ダークネス・スクレーパー!」


 奥に時計頭の軍団が見えたと思った直後には二人が突貫して、ケイは出遅れてしまう。

 津波の如く押し寄せる時計頭達をゼノサの放った光の球体が連鎖爆発を起こして消し飛ばし、ヨルが頭上で回転させる大鎌が渦を巻いて敵を塵へと還す。


「こんな奴ら、もう怖い相手じゃないな……油断はできないけど」


 ケイも時間銃と時空剣を駆使して建物を盾に立ち回り、確実に敵を倒していった。


「随分戦い慣れて来たな、ケイ! その調子だぞ!」

「てか、もう1000匹くらい片付けてるんだけど……まだなの!?」


 戦闘開始より早5分が経過した頃、突如として地響きが巻き起こる。

 雲一つない青空の内側からぷつぷつと穴が開き始め――電流や煙、そして火が漏れ出し始めたのだ。

 崩れ落ちる瓦礫が打ち捨てられた廃墟を、かつての人のコロニーを呑み込んでいく――。


『よし、爆破班の作戦は成功だ――お前らも退避しろ!』

「ってもうこっちまで崩落し始めてるじゃない!」

「もっと早く退避指示を出さんかっ!」

『あー聞こえねぇどうやら通信状態が悪いようだ』


 生返事でしらばくれるサカシを追及する猶予はなく、ケイ達は時計頭を薙ぎ倒しながら一路、非常口から作業用通路へ入り、そこから貨物エレベーターまで一息に乗り込む。

 エレベーターはコンテナがいくつか乗っただけの、柵しかない簡素な作りだがそこそこ手広で、操作盤のボタンを押して起動させると、斜め上に昇り始める。


「なんとか、間に合ったな……」


 後は上階にあるゲートを抜けてタワーを脱出するだけという段になり、ケイは下方で巻き起こる火の手と爆音にひやひやしつつも、胸をなで下ろそうとした。

 拍子だった。


 ぶつん、とエレベーターの電源が落ちて動かなくなり、しかも開いていたゲートまで隔壁が降りてしまう。


「どうなってる、エレベーターが停止した……!」

『何らかの要因によって配線を切断されたようです』

『バカな、配線は頑丈な外壁の中に埋設されてるんだぞ! たとえこの区画が崩落したところで電源自体は残るはずだってのに!』


 その時――。


 上方にある鉤の手状になった壁部分から、唐突に赤い何かが突き出てきた。

 刃物のようにも見えるそれは強固なはずの壁面を板切れか何かのように四角く斬り開き、奥から何者かが姿を現す。


 ――カシィン……カシィン……ッ。


 見覚えが、あった。


 漆黒の甲冑。真紅のブレード。左肩の刻印。兜めいた頭部から発せられる緑の光。


「……その要因がなんなのか……分かったぞ」


 あいつだ。あの……黒いロボット。


『くそっ! おいアン、そっちの遠隔操作で隔壁を開けられるか!?』

『近くの操作室へ向かいます、補助電源が生きているなら可能かと』


 急げ、とサカシの声に連続する銃声がかぶさり、通信はてんやわんやだ。


『ケイ、聞こえるか!? そいつの名前はタイムハンター……目覚めたお前を救出に向かわせたチームを全滅させた化け物だ! 気をつけろ!』

「タイム、ハンター……」


 例えようもない震えが、せり上がってくる。


『みんな、そいつに戦いを挑んじゃいけない! ――逃げるんだ!』


 これまたラキが通信に割り込んで来るも、逃げ場などどこにもなく、すでにゼノサとヨルは武器を構えて戦闘態勢に入っていて。


「ラキの奴、なんからしくもなくマジのトーンだけど心配性すぎるでしょ。所詮あたしの敵じゃないっての! ――ヨル、こいつはあたしの獲物だからね!」

「好きにするがいい」


 関心なさげなヨルに張り合いないわね、とゼノサは鼻を鳴らし。

 ――刹那には、エレベーター上へ飛び降りて来たタイムハンターに軽やかな足取りで踏み込んでいた。

 輝く光速の刺突が矢継ぎ早に撃ち込まれる。

 眉間、腕、胸、腹部と上半身を集中的に狙ったそれらを、タイムハンターはブレードを合わせて逸らしながら後退していく。


「そらそら、てんで大した事ないわね! このまま押し切らせてもらうわよ!」

「ゼノサの奴、凄いぞ……あ、あれなら、いけるかも……」


 生唾を飲むケイの見守る前で、タイムハンターがさらに飛び退いて回避姿勢を取るが。


「中距離はあたしの間合いっ! 光に還れ――ライト・ブリンガァァァァッ!」


 ゼノサの細剣から照射された極太の光線が、タイムハンターを呑み込む。

 黒い機体はなすすべなく極光へと消えて、手応えを得たゼノサが会心の笑みを浮かべて。


 光を意にも介さず突っ切ったタイムハンターが、ブレードをゼノサの顔へと振り下ろしていた。


「え……」


 そのスピードも状況も何も理解できず、目を見開くゼノサを。

 ――横合いから体当たりしたヨルが押しのけ、代わりに大鎌でブレードを受け止める。


「くっ……なんだ、この攻撃の重さは! ……ゼノサ貴様、ぼやっとするな!」

「う、嘘でしょ……あり得ない。こいつ……私より――光より速いっての……!?」


 加えて、あの必殺の光剣を耐え切る異常なタフさ。ヨルのこめかみを冷や汗が流れた。


「ならば同時攻撃で仕掛けるぞ――出し惜しみはせん、全力で行く――!」

「りゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 闇、そして光の大魔力を総身に纏った二人が、前後からタイムハンターへと打ちかかる。

 対し、タイムハンターは空いていたもう片手――右手を背中へ回すと。

 なんともう一本の赤いブレードを、抜き出してきたではないか。


「二刀流だと……っ!?」


 瞬間。


 敵はその場で嵐の如く回転し――全方位に向けて無数の乱撃を放っていた。

 これだけ出力を引き上げた二人をして死を予感させ、ガードに切替えさせる程の、不可避の刃。

 声もなく二人とも吹き飛ばされ、ヨルはなんとか鎌を地面に突き立てて体勢を立て直すものの。

 タイムハンターの後方では、ゼノサが夢遊病のような千鳥足で歩いていて。


「ゼノサ……?」


 ゼノサはうつむきがちで、答えなかった。

 代わりに、細剣が取り落とされ――両手でかきむしるように喉元が押さえられる。

 その、押さえられた指の間から喉に赤黒い切れ込みが覗き――大量の鮮血があふれて来た。

 みるみる首から胸元までを血色に染め、わずかに上向いたゼノサの顔は蒼白で白目を剥いており、か細い呼吸音を漏らしてうつぶせに倒れ込んでしまう。


「ゼノサ――ッ!」


 声を上げかけたヨルの眼前には、タイムハンターが迫っていて。

 とっさに大鎌を掲げて防御しようとするも、そのブレードはやすやすと鎌を斬り裂き。


「が……は……!」


 ヨルの肩口から肺、脇腹、骨盤に至るまでを斬り下げて、叩き潰すように倒れ伏させる。

 それでもあがこうと腕を伸ばすヨルは、一度だけびくりと身を跳ねさせた。

 ヨルの背中を、タイムハンターはブレードで真上から串刺しにしていた。

 そしてもう一本のブレードを地面にこすらせ、首を切り取ろうとする。


 ――ドンッ。


 が、その腕が瞬刻、コマ戻しの映像のように引き戻された。


「はぁ……はあっ……!」


 今まで戦いのあまりのめまぐるしさについていけなかったケイが、ようやく時間銃の照準に、無機質に顔を上げるタイムハンターを捉えていた。


(ゼノサは、無事なのか……? ヨルはまだ息があるのか……っ?)


 確認する余裕はない。

 なぜなら何を思考する間も、手立てを考える暇もなく、タイムハンターがあっさりと距離を詰め――両側からブレードで挟み込んできたのだから。


 ――妙に、時間が緩慢に感じられた。


 間に合わない、と誰かが告げる。

 ゼノサもヨルも追いつけなかった、光を超える速度の敵。

 なら、ケイが対応できる道理はどこにもなくて。


 ……当たらない。当てられない。

 さっきのように止まりさえしなければ。

 止まれば。


(止まれ。一瞬でいい。時間をくれ……! ……止まれッ!)


 かちり、と左手に握られていた時空剣の柄に、出っ張りようなものが突き出た。

 だからケイは、何を思うよりも先に、それを押下して。

 風切り音さえもなく両側から迫るブレードがケイのこめかみと、首筋の肉をえぐり――中途で停止した。


(――? 止ま――何――動き――奴――時間)


 洪水のような思考の断片が、極限まで凝縮された意識を駆け巡る。

 タイムハンターや下方の通路での爆発と振動、ヨルやゼノサ達の息づかいと、音に至っても完全に静止されている事を認識し、躍動する鼓動と血流だけが脳を刺激して。


 ……止まっている。止まっている。


 時間が――止まっている。


「う――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 ケイが絶叫しながら振り下ろした時空剣が、タイムハンターの胴体を斬り裂いていた。

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