第十七話 人狼ロー

 城から街へ、路地を何本も駆け抜け、いい加減息が切れて足がもつれそうになりながらも、ケイは通りの向こうからたくさんの人々が我先にと逃げてくる場面へ行きあう。


「助けてくれーっ! 時計塔に魔物が出たぞ!」

「時計塔に……魔物!?」

「さっきの奴よ! 中庭でちらりと見たけど、どう見ても人間じゃなかった!」


 ゼノサが言うならそうなのだろう、ともかくもケイは根性を入れて走り続け、ついにひと気のめっきりなくなった広場の時計塔前までやってくる。

 その扉は――。


「……開いてる!?」


 ラキの話では、時の魔法使い以外では開けないとされていたはずの重厚な扉。

 それがどうして、と疑問に思う間もなく、その側で待ってくれていたヨルとアンを目に留めた。


「時計塔内をスキャン。生命反応あり。犯人が建物内に潜んでいる可能性は大です」

「気をつけろ。中は袋小路のはずだ――待ち伏せがあるかもしれん」


 二人の忠告に頷き合い、ケイ達は注意深く扉から時計塔内へと入り込む。


 即時の待ち伏せはなかったものの、時計塔の中央を貫くような吹き抜けには歯車が噛み合って回り続け、壁に沿うようにして直角の石階段が上方まで続いている。

 そしてケイは見た。

 何層か上の階段にしゃがみこみ、息を整えている黒い影を。


「あいつは――森で襲って来た人狼……!?」


 仰天のあまり大声が出てしまい、そいつ――ゼノサが倒したはずの魔物はびくりと肩を跳ねさせると、脇目もふらず上へと駆け上がって行ってしまう。


「この馬鹿! 黙って忍び寄れば速攻で始末できたかも知れないのに!」

「す、すまない……」

「始末って……貴様、勇者とは思えん鬼畜な戦術を考えるな……」


 再びの遭遇への衝撃が収まらぬまま、ケイ達も人狼の逃げ込んだ最上階へ突き進む。

 肺を痛めつけながら最上階へのドアをくぐったケイを待ち受けていたのは。


「なんだ……ここ……?」


 ところどころにあった塔の窓がなくなり、代わりにあたり一面黒い空間が取り巻いている。

 しかもその空間には不規則に緑色の数字列や図形が浮き上がっては消え、到底同じ人工物の中にいるとは思えなかった。


「この部屋だけ、文明レベルそのものが一気に上昇でもしたように感じられますね」

「ああ……」


 部屋の作りや閉塞的な空気感も近未来的で、どこかエデンのそれを思い出させ、ぶるりと悪寒がした。

 人狼は部屋の奥まった、端末の設置された丸い台座の前にいた。

 そしてケイ達に背を向け、台座の上へと勇者の剣を置こうとしているように見える。


「やっと見つけたわよ! あたしの剣を返しなさい!」


 ゼノサの飛ばした怒声に反応し、人狼が振り返った。

 よく見れば身体の至る箇所に包帯を巻いており、まだ負傷自体は完治していないのが確認できる。


「ゴォルルルルルル……!」


 人狼はケイ達にも怯んだ様子はなく、逆に敵意をみなぎらせて牙を光らせ、臨戦態勢を取った。

 ゼノサもそれに応じるように、自らの細剣を引き抜こうとして。


「待て」


 ヨルが止めた。

 は、とぽかんとするゼノサやケイを腕で制しつつ、人狼の方へと一歩踏み出す。


「ここは……余に任せてくれんか」

「あんたが……? 一体何のつもりで……」

「いや……ヨルに任せてみよう。ゼノサ、それでいいよな?」


 たった一人で人狼と対面する形だが、きっとヨルの事だから何か考えがあるのだろう。

 そう信じてゼノサを見やると、こちらも不承不承という感じで一旦剣を収めた。

 一方の人狼はゆっくりと進み出るヨルを憎々しげに睨み、今しも飛びかかりそうである。


 しかしその瞬間。


「……余の顔を忘れたか」


 低く呟いたヨルから、空間をなお闇色に染め上げる程の凄絶な魔力が放たれた。

 この塔全体を揺さぶり、震え上がらせるかのような――世界を制する力。


「うぅ……!」


 本能的な危機感を覚えたケイは離れていても腰を抜かしそうになり、ヨルが突如怪物へと巨大化したかのような錯覚を覚える。

 すぐ目の前にいた人狼は言わずもがな、その絶対的魔力に当てられ、無意識にだろう、息を呑むように後ずさっている。


「我が名は魔王ヨルリシュア。お前はなんという」

「……ロー、だ」


 喉の奥でうなるように、人狼は名乗った。口が利けたのか、と思わぬ事実にケイは驚く。


「ロー、なにゆえに人の地を侵し、いたずらに混乱を呼び込む。貴様の目的はなんだ」

「……オレの両親は、人間どもに殺された。だからこれは……その復讐だ!」


 ヨルの覇気に圧されながらも、ローは拳を握りしめ、吠えるように応える。


「あの日、突然村が襲われた! 奴らは逃げ惑うオレたちを、容赦なく狩り立て、殺して焼き払った! 人間と仲良くできるなんて嘘だ! 許せない!」

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ、先にあんたらから手ぇ出して来たから……」

「待ってくれ、ゼノサ……今は、話を聞こう」

「剣をこの台座に乗せれば、お前達を殺せる……そう聞いた、だからやる! 村のみんなの無念を晴らすために……!」


 そうか、とヨルは感情を窺わせずに呟き、さらに一歩、ローへと歩み寄る。


「……そのような悲劇が起きてしまったのは、力及ばぬ余の責任だ。ロー、お前の怒りはもっともだ、何もおかしい事ではない……」

「ならば、邪魔をするな!」


 吠え立てるローと、ほんの一歩の距離まで来たヨルは、だが、と真正面から見上げて。


「憎悪に憎悪で返しては、新たな憎悪が生まれるだけだ。憎しみ合い、殺し合い……そんな時代が、またやって来てしまう。困難なのは分かっている。それでも余は、この忌まわしい螺旋を止めたい。だから、ロー、貴様ももう、このような事はやめるのだ」


 しかしローは血走った目でヨルを睨み下ろし、鼻息荒く歯を食いしばり――。


「黙れ黙れ、黙れェェ! お前なんかに、なにができる!」


 オォォォォォォォッ――! 


 恐ろしく、けれども、こらえきれない無念の籠もった咆吼とともに、ローが振り下ろした拳の一撃がヨルの頬を打ち据えた。


「ヨル!」


 反射的にケイは飛び出しそうになるが、頬から血を流すヨルが逃げる事も、反撃もせずそこへ立ち続ける姿に、得も知れぬ迫力を感じて足が止まる。


「……余を許さずとも構わぬ。恨むがいい。だが」


 ヨルは、一歩、ローのすぐ側にまで寄り添い。

 ――そっと細い腕を回して、抱きしめた。


「……これ以上、自分の命を散らすような事をするな」


 ローの昂ぶっていた息が――震えとともに、少しずつ収まっていく。そして。


「……父上……母上ぇ……っ!」


 その赤い両眼から、透明な滴がこぼれ落ちて。


「う……うぅぅ……!」


 静かに膝をつき、腕を下ろす。

 むせぶローをヨルは何も言わずに抱いて、その背中を優しくなで続けていた。


「……どうやら、無用な血を流さずに済みそうですね」

「ああ……良かった」


 そんなヨル達を見つめ、ゼノサが一人、どこか複雑そうに呟く。


「……あいつ」


 直後。

 ――部屋が唐突に真っ赤な光に照らされ、強烈な振動がケイ達を襲った。


「な、何が起きて……!?」

「ケイ、あの台座にエネルギーが収束しつつあります……エネルギー量、測定不能」

「ちょっとそれって――やばいんじゃないの!?」

「落ち着け!」


 浮き足立つケイ達を、立ち上がったヨルが一喝する。


「迅速に撤退だ! ここが塔の最上階なら、あの空間の向こうに窓があるはず! そこから跳ぶぞ――来い!」


 最後のセリフは膝立ちのままのローに向けられたもので、けれどローは狼狽したように。


「お、オレは魔王様に逆らった……多くの人に迷惑をかけた。なのに――」

「だからといって見捨てるわけがなかろう! 余はもう……誰も死なせん!」


 ヨルは手を強引に引っ張り、駆け出す。

 ケイも半ば動転しながら空間へと突っ込み。


「うわあああ――っ!」


 ベールのような闇を突き抜けた先は――爽やかな風吹き抜ける空中。

 はるか下に広場の地上が逆さで見とれたのも束の間、重力に引っ張られて自由落下し始める。

 ぺちゃんこになる事を覚悟して目をつむってしまったが、その衝撃は何か柔らかいものの上に落ちたような、拍子抜けのものだった。


「あ、あれ……――アン?」


 そっと目を開ければ、アンに無表情で見下ろされている。

 どうもケイは、先に着地していたアンに両腕で受け止められたようだが――その体勢は、お姫様抱っこ。


「お、下ろしてくれ……」

「はい」


 情けなくも懇願して解放してもらった矢先、広場中心の時計塔では異変が起きていた。


「あれは……?」


 凄まじい地響きを立て、あたりに突風や地割れを引き起こしながら、時計塔が浮き上がり始める。

 プラズマめいた光を放つ力場に覆われた時計塔の両側に、何やら半透明の物体が見えた。それはみるみる内、はっきり視認できるようになり――。

 屈強そうな白塗りの四肢が実体化し、時計塔へと接続される。

 その人型は青白い光を放ちながら立ち上がり――武道の構えらしきポーズを取った。


「……巨大ロボット?」

「というより、あの時計塔自体が巨大な時計頭のようですね」

「……あんな、でかいのもいるのか……!」


 放心しかけていてうまく考えがまとまらないが、時計の数を指折り数えて、慄然とする。

 最上階に存在する大時計のみならず、両足首、両手首、背中に似たような時計が内部からせり出しており。


 総計――六。


 我が目を疑いたい気持ちを拭えぬまま、その時、巨大時計頭へ飛びかかる影があった。


「ロー! よせ!」


 ヨルの叫びも届かず、ローは闘争心をむき出しに、建物を三角飛びにして組みかかる。

 巨大時計頭は腕をわずかに引いた。


 裏拳。


 直前の予備動作からケイが知覚できたのはそこまでで――空間を爆砕するソニックブームが発生するとともにローの身体は空より消え失せ、気づけば広場端の教会の鐘楼へと、背中から叩きつけられていたのである。


「ロー! おのれ……間に合わん!」


 ヨルが必死に駆けるも、一足飛びに距離を潰せる敵とは歩幅も体格も差がありすぎた。

 巨大時計頭が追撃の一撃を無慈悲にもローへ浴びせかけようとした、寸前。

 ――炎を纏った球体がその間に割り込み、ぶちかまされるパンチをすんでで押し止める。


「ラキ!」


 間一髪の状況でローともども炎のバリアで防護するラキの横顔はしかし、苦しげに歪められている。

 かと思った刹那、あっさりと振り抜かれた巨大時計頭の拳に薙ぎ払われ、十数個もの高い建物の壁や天井をぶち抜きながら彼方へ吹き飛ばされてしまった。


「ラキ――ッ!」

「生命反応、消失していません。彼女は無事です――それより」


 冷静なアンの声にケイも注意を引き戻される。


 巨大時計頭が頭部を巡らせ、次なる標的へ定めていたのは――広場に残るケイ達四人。


「や、やばすぎるわよこいつ……こんなのに勝てるわけない、に、逃げなきゃ……っ」


 怖じ気づいたようにゼノサが身をわななかせ、じりじりと後退し始める。


「ケイ……あなたはこの世界とは何の関わりもありません。わざわざ危地へ身をさらす理由は何もないはずです。ここは私達も離脱しましょう」


 アンもまた、そう逃走を勧める。

 けれど――ケイは銃を抜き出し、決然と銃口を振り上げた。


「俺は逃げない。もう誰かを見捨てて逃げ出したくないんだ。だから……やれる事をやる」


 そう言い切るケイに、きびすを返しかけていたゼノサの足が、一瞬止まった。


「逃げるのか」


 その時、じっと巨大時計頭から目を離さぬまま、ヨルが背中越しにゼノサへ声をかける。


「守るべき街も、民も、信頼も、何もかも捨てて――逃げるのか」

「あ、あたしは、別に……っ」


 ゼノサはうつむき、唇を震えさせて――血がにじむ程に硬く、拳を握り込んだ。


「魔王を倒した勇者なのだろう。ならばこれ以上――余を失望させるな」

「……ったわよ」

「聞こえんぞ」

「――分かったわよ、やってやる、やってやるから!」


 ゼノサは振り返って、細剣を高々と天へ掲げた。


「見てなさい、私の本当の力を! せいぜい悔しがらせてやるんだから!」


 その双眸にはもう、迷いも怯えも見られない。

 蛮勇にすら思える、危ういけれども確かな意志の輝きが、そこには宿っていた。


 巨大時計頭が突っ込んでくる。

 勢いはまさに破竹。音速を軽々と超えるスピードだ。


 だが。


「ダークネス・デストラクション!」

「スプラッシュ・ライト!」


 左方へ飛び込んだヨルの振るう大鎌から黒い鎖を模した闇の波動が放たれ、それらが巨大時計頭の左手にある時計を捕えると、上下左右から貫き――破壊してのける。

 そして右側には光の粒子へと姿を変えたゼノサが急上昇し、掴もうとする巨大時計頭の腕をかいくぐりながら真下から急襲。

 その時計をぶち抜き、龍のように突き抜けて見せた。


「ふん、やればできるではないか」

「当たり前でしょう、このくらい! あんたこそちびんじゃないわよ!」


 中空で憎まれ口を叩き合う二人を、いまだ動きの衰えぬ巨大時計頭の回し蹴りが襲った。

 なんとか二人とも躱したようだが、目も開けられない程の強風が広場に吹き荒れ、家は吹き飛び竜巻が発生し、ケイは地面に張り付いているのが精一杯だ。


「ま、まるで災害だ……――!?」


 拳の先端。こちらに向いている。


 そう思考が至ると腕がほとんど脊髄反射で上がって巻き戻し弾を撃ち、次には視界を埋めていた巨大時計頭の拳が引き戻されていく。

 が、続けざまに逆の腕が曲がり、腰を落とした体勢でケイめがけて放たれようとする。


 次弾――間に合わない。


 背筋を悪寒が走った刹那、巨大時計頭の肩口が激しく銃撃され、注意が逸れた。

 アンだ。ケイを救うため、アサルトライフルで支援してくれている。

 敵はアンにも速攻を仕掛けていくが、アンは先読みするようなこまめなステップで回避し、射撃を続ける。


「ちぃっ、何やら面妖な武術を使う上に動きが俊敏すぎるぞ!」

「こいつ、まさか魔将クラス――いや、それ以上かも……っ!」


 ゼノサもヨルも翻弄され、思うように攻められずにいるようだ。

 手をこまねいている隙にも巨大時計頭の正拳突きが地面を穿ち――震動だけでケイは地面に倒されてしまう。


「くそ、どうする……これじゃ被害が増える一方だ……!」


 痛む身体に鞭打ち、起き上がろうとした矢先だった。

 転がって来たそれを見つけたのは。


「……勇者の……剣……?」


 戦いの余波で飛んで来たのだろう、その石灰色の棒は紛れもなく、勇者の剣だった。

 戦闘は続いている。こんなものに気を取られている場合ではない。

 しかしケイの目は不思議と吸い寄せられ、ふと気がつくと――その棒を手に取っていた。


 ずきん、と頭の中で、青白く霞がかった映像が再生され……誰か老人の声が、聞こえた。

 ――それはエデンへ通じる鍵。接触したものの、存在年数をゼロにし消滅させる――。


 火花が走るような痛みとともに、目や耳、鼻からぬめった赤い何かが流れ出す。

 指で触れると――血だった。

 その直後、中途からぶった切られていたようになっていた棒の先端から、直線の光が漏れだしてくる。

 電流めいたノイズが時折走る、濃灰色の光。

 ケイは当惑したまま、光の棒を何の気なしに側へ落ちて来た瓦礫の上へ置いておこうとして。

 光の部分が、何の抵抗もなく瓦礫を水のように引き裂いて埋まり――ぱっと分解されるかのように、瓦礫そのものが粒となって視界から消え去った。


「な……なっ!?」


 心臓が跳ね上がったかのように呼吸を止め、地面に落ちた光の棒を見つめる。

 ケイの手から離れた瞬間光は消えて、元の棒だけが残ったが、それでもまた拾い直すと。


「光が……出てくる。なら、これは……まさか、本当に……?」


 どんな魔法が使われているのか、なぜ突然こんな反応が起きたのか。

 理屈はまったく不明だ。――でも、現実に起きた事だけを受け入れようとすれば。

 やるしかない。ケイは深呼吸してからその『剣』の柄を握り直し、顔の血を拭ってから。


「……ゼノサ!」


 巨大時計頭の裏側へ回っていたゼノサに呼び掛け、ケイは敵の頭部を目線だけで示す。

 果たして、ゼノサもケイの考えを読み取ったのか、こくりと頷いた。

 巨大時計頭は腕を振り下ろし、その拳はちょうど地面へ斜めに突き刺さっている。

 ケイはそこを目指し駆け出しながら、時間銃の銃口を自分自身へ向けて引き金を引いた。

 ドンッ、という衝撃とともに撃ち出された加速弾がケイの動きを速め、数倍のスピードで疾走しながら蹴速をつけて跳躍。

 巨大時計頭の腕へ飛び乗ると、一直線に頭部をめがけて駆け上がり始めた。

 巨大時計頭は肘を引いてケイを振り落とす。

 振り上げられた腕に掴まる事もできないまま、ケイは身を切るような突風にあおられて宙へと放り出された、が。


「……巻き戻し弾!」


 半身をひねり、今度は銃を巻き戻し弾に切り替えてから数発敵の腕へぶち込み、強引に元の位置へ引き戻し――再び着地すると、一気に頭部へ詰め寄った。


「ったく、無茶するわね……でも乗ったわ、その作戦!」


 ケイに注意が引きつけられている敵の背後で、ゼノサは細剣を握った腕にあらん限りの魔力を溜めて引き――不敵に笑って見せた。


「食らいなさい――ライト・ブリンガァァァァァァァッ!」


 彗星を思わせる一筋の光撃が、がら空きの背中へ着弾する。

 その威力は果てしなく、時計をも焼き砕いてのけ、巨大時計頭を押し出すように大きくぐらつかせた。

 衝撃で跳ね上がったケイの眼前に、押し込まれて来た頭部――大時計がさらされる。


「はあぁぁぁぁぁぁっ!」


 ケイは勇者の剣を両手で握り、体当たりするように大時計へと突き刺していた。

 柄の根本まであっさりと入るが、切れ味が鋭すぎるのか、ケイの体重でどんどん下へとずり下がっていく。


「くっ、この――切れろおぉぉぉぉぉぉっ!」


 外装を裂き、針を切断し、文字盤を削り、剣が縦一線の亀裂を描き出す。

 巨大時計頭は苦悶するかのように両手を伸ばし、ケイを引きはがそうとするが。


「ダークネス・リーパーッ!」


 接近していたヨルの一撃が、敵の左足の時計をこそぎ取る。

 その反対側では、もう片足の時計にアンが残り全弾を撃ち込み続け。


「……これが最後の一発です」


 迷う事なくアサルトライフルを放り捨て、懐からデザートイーグルを取り出し――水平に構えられた銃の一発が、ひび割れだらけの時計にとどめを刺した。


 同時に、力尽きたケイの身体が頭部から離れ、墜落していく。

 すると大時計に入った切れ込みは、放射状の亀裂を広げながら全身へと転移していき。

 ケイの前で、巨大時計頭は枯れるように砕け落ち、そして残骸へと変わっていった。

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