エメスサイド Ⅲ

第四章 第十五話 4魔将

「あー! やーっと帰ってこれた! 疲れたー!」


 ラキの家に転移したゼノサの第一声がそれである。続いてヨルが鼻をつまみ。


「貴様、さっさと身体を洗わんとこの家にまで臭いが染みついてしまうぞ。くさい上に偽勇者とは救いようがあるまい」

「偽勇者じゃないわよ! てかあんただってやたら家具とかぶっ壊してたじゃない!」


 きんきん声でがなり立てながらゼノサはドアを乱暴に開け、出がけにヨルを振り返り。


「……後、あんたの事はしばらく監視してるから。もし悪事を働いたら承知しないわよ!」


 ばたん、と閉まるドア。

 なんという跳ねっ返りか、と嘆息するヨルの側を通り過ぎ、ラキがまっすぐ薬品棚の前へと向かい、青い布のかけられた一本を取りだした。


「ラキ、何してるんだ?」

「うん、ちょっと怪我の治療をね」


 ケイの問いかけに短く答え、ラキはその――青みがかった赤い液体の入った試験管のキャップを慎重に開き、そっと指でつまんで口元へ持って行く。

 ふむ、とヨルが頷いて。


「あれはもしや、竜の血で作られた万能薬ではないか? その名もドラゴンエキス……高貴な竜の血が主素材であり、成分はとても複雑で調合は至難と聞く。たいそうな貴重品である代わりに、死以外の傷や病気を全て治す絶大な効能を持つという」


 そんなものが、とケイが固唾を呑んで見守っていると、ラキは中の液体を一滴だけ呑み込む。――するとどうだろう、その身体が発火したかのように一瞬炎に包まれて。


「よし、完治」


 そんな軽い声とともにラキが薬を棚へ戻し、目元の包帯を取り去ると、そこには美麗なエメラルドグリーンの瞳が二つ、傷一つない状態で揃っているではないか。


「も、もう大丈夫なのか……? そんな、あんなにあっさり……」

「さすがはファンタジーですね。驚天動地のおったまげです」


 とか言いつつアンの反応は淡白なものである。ともかく、とラキがこちらへ向き直り。


「魔王様もアンも、良かったらボクの家に泊まっていきなよ。命の恩人だから、1日3食、ご飯も出すよ」

「おおっ! 太っ腹よのうラキ! 万能薬の調合技術といいますます気に入ったぞ!」

「もとよりケイの側から離れたくはないので、お言葉に甘えさせていただきます」

「俺も、改めてよろしく頼む……」


 サカシの準備が整うまで、こうしてしばらくラキの家に滞在する事になるのだった。


「それじゃ、せっかくだし何か作って来るよ。適当にくつろいでて」

「お手伝いします」


 キッチンに消えるラキをアンが追っていき、ケイは何か思いわずらうヨルと残された。


「それにしてもあの小娘、勇者というからにはさぞ冷徹な輩かと思ったが、中々存外……」


 どうにもゼノサを値踏みするような物言いに、ふとケイは気になっていた事を質問する。


「ヨルには大勢の部下がいたんだよな? なら人を見る目も養われている……とか?」

「無論だとも。その部下筆頭の四魔将はどいつも癖のあるやつばらでな……たとえば」


 と、ヨルが指折り数えて四魔将とやらを紹介し始める。


「最強のドラゴンキング、竜の魔将、マルヴァーン。幻魔法とそろばんが得意の嘘の魔将、フリウス。自室の警備が趣味の眼の魔将、レーガン。そして非常食兼、特攻隊長の牛の魔将、マニアヌシュルツ・ボハヴォイド……」

「……なんか、マルヴァーン以外ろくな魔将がいない気がするんだが」

「そんな事はないぞ。どいつもこいつも一筋縄ではいかん連中だったが、みんな仲良く暮らしていたのだ」

「そう……なのか」

「余なんぞいつもフリウスにお菓子代を節約するよう叱られてな、まあ魔王城の家計やら台所事情の担当は奴だったから、いつも悩ませて悪いとは思っていた。それでも一時期、見違えるようなうまい肉料理が振る舞われ、滅多に部屋から出ぬレーガンさえ食卓に並ぶ程だったわ。……なぜかしばらくマニアヌシュルツ・ボハヴォイドの姿が見えんかったが」


 話を聞く限りどうも想像と違い、魔王とその部下達の関係は良好で、恐ろしい軍団というよりアットホームな職場に思える。


「なんか、結構平和な所なんだな……もっと殺伐としてるものと」

「何を言うか。魔王城は笑顔とツアー客の絶えぬ、大陸でも有数の観光地だったのだぞ。毎日どんな出し物を出すか会議をして、竜牙の谷から来るドラゴンタクシーの客を送迎して、それは忙しい日々ではあったが、とみに充実していた」

「観光地……? ツアー……?」


 目を白黒させてしまう。ますますケイの中の魔王たる恐怖のヴィジョンと目の前のヨルが乖離していき、なんだか頭がくらくらして来た。


「や、でも……そうだな、お前はずっと、戦争なんか起こしてない、って主張してたしな」

「そうとも。むしろ人間達ともここ数百年、異文化交流や特産品などの交易を通じてウィンウィンの関係を保っておった。昔は土地や差別が原因で無為に争う事もあったが、我ら魔族は本来みな殺生を厭う温和な種族――それを……それを、人間どもが……」


 ヨルは重いため息をつき、やりきれないようにかぶりを振って。


「余は……人と魔物の融和に邁進しようと思っていた。だが此度の一件で、分からなくなった。人と魔は、果たして本当にわかり合えるのか……それも無駄な努力に過ぎぬのか」


 ケイは、あどけない顔立ちを苦悩に歪める、小さな魔王を見つめて。


「……俺がいるだろ」

「え……?」

「俺はヨルを信じられる奴だと思う。だからそれだけで……融和はできてるだろ」


 異世界の人間だけどさ、と途中で頬が熱くなってきてそっぽを向く。

 一方のヨルは悄然とした目を上げると、表情を呆けたようにさせて――。


「ケイ……貴様はいい人間、だな」


 ふっ、と、花がほころぶように微笑んだ。

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