第十四話 テンキ・ジョウ
「……つってもすぐに出られるわけじゃない。お前ら、まずは動ける時間を延ばせ」
「時間を延ばせとはまた、哲学的で突拍子もない要求だね……説明してもらえるかな」
「後は船の最終調整を残すのみだったんだが、たった6時間じゃどう考えても足りねー。手術だって患者の身体をかっさばいたまま離席すんのはまずいだろ、それと同じさ」
そんなものなの、そうではないのか、とゼノサとヨルがひそひそする中、説明は続く。
「動力や計器類のチェックに8時間は必要だ。そして残り6時間以内に宇宙船を出発させる必要がある――それだけ準備に時間がかかる。要約すると最低14時間は欲しい」
「でも、実際に動けるのはその半分のみ……なんだよね?」
「方法はある。エデンの主要施設に打撃を与え、奴の支配領域を減らす事ができれば、その分エデンの蛇の影響が強まり――計算上は、6時間以上、活動時間を増やせる見込みだ」
「そんな事が……本当に可能なのか?」
これまでも散々、人智を超えた問答無用の時間凝縮に悩まされて来たケイとしては、サカシから具体的に方策が明示されても、はいと納得して頷けるわけではない。
「時間凝縮そのものを消す事はできないかも知れんが、少なくとも活動時間を12時間程度まで倍加させる事はできる――ってのが結論だ。で、狙うべき重要施設についてもすでにあてはついているんだが、悲しいかな肝心の戦力が足りねぇ。そこでだ」
「私達にその施設破壊のミッションを依頼したい……というところでしょうか」
話が早いな、とサカシが満足そうに頷くが、一同は当惑するしかない。
確かに、今ここにいる面子は異世界でもトップクラスの使い手ばかりである。
下手な軍隊より強いかも知れないし、サカシの言う戦力としては申し分ないにも程がある。
――けれども。
「みんな……それぞれの生活がある。つながりがある。人生がある。――だからそんな危険な任務に、巻き込むわけにはいかない……」
ケイ、とアンの視線を感じる。本来ならここで、ケイが泣き落としにしてでもラキやゼノサ、ヨルに協力を求めるべきなのだろう。それが正しい選択なのだろう。
――でも。
「もう充分だ。本当に助かったんだ。この礼はしきれない……だから参加してくれとは、俺には言えないよ」
「はぁ? お前な、全然分かってねーな! そこは脅してでも味方に引き入れる所だろーが!」
サカシが怒気を込めて椅子から立ち上がるが、ケイはうつむいたまま応じない。
――サカシが何を言いたいかは分かっている。
手段を選んでいる場合じゃない。失敗すれば人類は滅ぶ。
……だが、異世界で生きる彼女達には関係のない事だし、一度は命を預け合い助け合った以上――そんな打算だけで接していいとも思えない。
「……ボクは協力したい」
「ラキ……?」
「ああ、勘違いしないでね。もちろん人並みの親切心から、キミ達に同情して助けてあげたいとも思ってる。でもボクの目的とも、この世界の現状は合致しているんだ」
ラキはそう言って、懐からあの――ヴルゴーの書を取り出して見せる。
「正直な話、ボクは胸が躍っているんだ。異世界の発見、そこへの転移。……事実、こちらでも異なる世界が近くにあるという事そのものは観測されていたんだ。その立役者の名はヴルゴー……彼が時の魔法使いとして一気に有名になった逸話と紐づけられる程にね」
「時の魔法使い……ヴルゴー……」
「もっとも、世間ではいまだ世界間を渡れる程の魔法は開発されていないから、この体験は実に貴重なんだ。エデン、時間凝縮、宇宙船……夢が広がるじゃないか。ボクはそれらをもっと観察したい。研究して、新機軸の魔法開発に役立てたいと考えてる。だからその作戦に参加するにもやぶさかじゃない……そう思わないかな?」
「前から思ってたけど、あんた割とマッド入ってるわよね……」
ゼノサが若干引き気味にツッコみ、ケイと目が合うと慌てたように逸らした。
「あ、あたしは別にメリットがないし、結構ここやばいってのは分かったし……」
ごにゃごにゃと口の中で漏らすが、参加しようという意思は見られない。
――そしてヨルは、腕を組んでじっと瞑目している。
現在、協力してくれそうなのはラキのみだ。それでもありがたく、ケイは頭を下げる。
「たとえ戦力が集まらなくても……俺はやる。最後まで戦い抜いて、生き抜かなきゃいけない……それが生き残った者の義務だから」
「私もお供します」
「は、頼もしい事で。だがまぁ、そういう事なら準備にとりかかろう――と言いたいが、何せその期間すら6時間しかねぇからな、ものの数日かかる。しばらくは休むなりしてろ」
「そ、そういう事なら、あたし下のシェルターってとこ見てくるわ。何かあったら呼んで」
緊迫した空気がいたたまれないみたいにゼノサは早足に部屋を出て行き、ヨルも何も言わずその後に続く。
監視室に残ったのはサカシ、ケイとアン、それとラキだけだ。
今しばらく猶予があるなら、一度ラキ達を異世界に戻して休んでもらうのもいいかも知れない、とケイは時間銃を取り出して眺め――。
「そいつについてだけどよ」
コンソールを操作していたサカシが卒然と振り返り、ケイはびっくりした。
「そいつって……時間銃の事か?」
「お前が使用している映像から解析したんだが……それは本来、次元間を飛び越えるような機能はついてねーはずなんだ。要するに、転移用じゃない」
「だ、だったら……これは一体、なんなんだよ?」
「推測だがな。恐らくは小型タイムマシンだ……とんでもなく高性能な」
タイムマシン。ケイは時間銃を指に引っかけたまま唖然と固まる。
サカシは髪を掻いた。
「だってのに、どうしてか異世界への転移――行き来ができちまう原因は、多分この現状のせいだろうな。エデンが星全体の時空を支配していて、他の時間軸……つまり過去へ逃げる事すらできねーから、タイムマシンも何らかの誤作動を起こし、エメスへ跳ぶ事ができるようになった……って所だと思う」
「エメス……?」
「おい、300年も眠ってて脳まで寝ぼけたか? 世間にも発表されてただろうが、エデンは時空間を管理するだけでなく、別次元に存在する宇宙――エデンとよく似た惑星エメスを観測する事に成功したってよ」
そうだ……思い出した。テレビやニュースでも一時期、ひっきりなしに特番が流れていた程だ。ケイはその頃に流れていたテロップをそのまま舌に乗せる。
「エデンは、転生手術、新型兵器など、素晴らしい次世代の恩恵を人類にもたらした……時間と次元は密接な関わりがあり……その最たる発見が、エメス」
――異世界、エメス。
「ちょ、ちょっと待って。キミ達の話だと、まるでその、エメスという世界が」
サカシがいやらしく笑い、コンソールに触ってスクリーンにある写真を映し出す。
ケイも一度だけその町並みに覚えがあった。――ラキの箒に、乗せてもらった時。
「……王都ジェムゼック……?」
次々と移り変わる景色。大通り。王城。隠れ酒場。気球。ラキの家。
……間違いない。エメスとは、ラキやゼノサ、ヨル達の住む世界。
――レクスリーナだ。
「時間銃もまたエデンの技術革新により製作されたものなら、何度も同じ世界へ転移できるのはある意味必然なのかも知れませんね」
だがさしものラキも動揺を隠し切れておらず、視界代わりの火の精霊の動きは鈍い。
「は……あはは。ボク達が異次元を観測できていたように、キミ達もボク達を観察していたんだね……しかも世界間の転移にかけては先を越されてしまった……さすがだ」
ああさすがだよ、としきりに呟きながら椅子へ腰を下ろし、帽子を目深に被ってしまう。
「ま、お前らがびびるのも分かるが、ひとまず話を戻そう。というわけでその銃の正体は時間遡行装置……それにしちゃ、誰だか知らねーが中身をいじりすぎだけどな」
サカシは肩をすくめて椅子へ腰掛け直し、指を組んで視線だけでケイを見上げる。
「ケイ――適合者であるにも関わらずお前を戦力の一人として数えているのは、ひとえにその銃の存在があるからだ」
「……対象の時間を操る弾が撃てる事か?」
「そうだ。それらの弾丸はどうも、お前の脳波を銃が受け取って使用が解禁される仕組みらしい。つまりこの弾を撃ちてぇという強い思念が必要になってくる……あらかじめどんな弾がセットされているのか知っている事が前提だがな」
今の所、撃てるのは巻き戻し弾と加速弾だけだが……それも本当に偶然の為した事だったのだ。
ならば他にも撃てる弾があるのかも知れないが、あいにく見当もつかない。
「こっちでバラして調べれば詳しい事が分かるかも知れんが、内部は弩級のブラックボックスだろうな……時間がかかるし、元にも戻せない可能性もある。……どうする?」
「……考えさせて欲しい。先にみんなを帰したいし、まだエネルギーも溜まってない」
銃をジャケットへ戻し、なあ、とケイはサカシに問いかける。
「テンキ博士って……どういう人だったんだ? 俺、テレビやネットでしか知らなくてさ」
政府公認の下発足された時空研究機関。全世界の期待と注目を浴びて作り出されたエデン、そして賞賛を受け続けた研究チームのリーダーにして製作者、テンキ博士。
彼が何を思ってエデンを暴走させるなどという暴挙に出たのか――少しでも知りたいと思う。
「……別に普通の、研究者肌で仕事熱心な男だったよ」
サカシは左手で目元を隠し、懐かしむような声音でひとりごちる。
「俺と同期で、よく成果を争った。二人で何日も研究室に缶詰で、そういう時は大体喉が枯れるまで怒鳴り合って議論を続けて……あー、あの頃は楽しかったな。女を取り合ってくだらねー競争なんかもしたっけ」
「友達……だったんだな」
「そんな単純な関係じゃねーわ。俺とあいつはライバルで……あー、いや、いい。とにかくよ、あいつに娘が産まれてからは――リウだっけ、あのちんちくりんもよく研究棟に顔を出すようになってさ……テンキの娘のくせに、結構可愛かったんだぜ」
「リウ……」
サカシは薄笑みを浮かべて、喜びなのか悲しみなのか判別しづらい表情をしている。
「まだちっちぇくせに、早くからエデンのコードを理解し始めやがって、末恐ろしいのなんの。天才とはあいつの事……ゆくゆくは父親にも匹敵する科学者になってただろうにな」
多くの人の死を目にして来ても、こうして過去形で話されても、話半分の感覚でリウの死を受け止め切れていない。
ほんの後に、電話でもかけて来てくれるような、浮遊感。
アンの起動条件がリウの死なら、彼女はそもそも最近まで生きていた事になる。
であれば果たして、どこで何をしていたのか――どうして死んでしまったのか。
(リウ……お前は一体……何に巻き込まれていたんだ……)
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