第十三話 ジンセイ・サカシ
『やれやれ、お前ら。あんまりひやひやさせんじゃねーぞ』
――ゲート奥のスピーカーから男の声が聞こえてきたのは、その直後だった。
「な……だ、誰だっ?」
『お前らの事はずっと見てた……と言えば察しはつくんじゃねーのか?』
「まさか……医療区で生存者を集めてるっていう……!」
ご明察、と男の声に冷笑めいた含みが入る。
『もう片方の生き残り連中の位置も追跡してる、じきにここまでやって来られるだろう……案内してやるから、さっさと会いに来いよ』
「一つ聞きたい……そっちは、安全なのか?」
『愚問だな、来れば分かる』
……ともかく、こうなれば選択の余地はない。
ゼノサを叩き起こし、壊れたトラックは放棄して、男の誘導に従い徒歩でゲートをくぐり、医療区内を進む。
内部には病室や個室が並んでいるものの、荒れた様子や争いの形跡はなくごく綺麗なもので、ところどころに隔壁が降りている事を除けばシェルターのようにも見えた。
『突き当たりのエレベーターを使って、出てすぐ左手にある部屋に来い』
「エレベーター……使えるのか?」
操作盤のボタンを押すと、普通に動作した。どうした事か、エデンに止められてもいず、故障もしていない。
なぜこうも施設の機器を自由に使用できるのか、謎は深まるばかりだ。
全員で慎重に通路を進み、奥にあるドアの手前まで来ると、不意に室内から声がする。
「やっと会えたな……俺はここだ」
通信越しではない、肉声だった。ケイは仲間達と目を見交わせてから、そっとドアを開き、踏み込んで行く。
中はそこそこの奥行きがある部屋で、左右には重厚な駆動音を立てる機材が設置され、奥にはいくつものモニターとコンソールパネルがあり、それぞれのスクリーンにはエデン内の通路や施設らしき映像が細かく映し出されていた。
「ここは……監視室か……?」
それにしては機器の数が多く、映画に出てくる宇宙船のコックピットっぽくも感じる。
「そう緊張すんなよ。ここは安全だ」
と、モニター前の椅子に座り、背を向けていた人物が――くるり、とこちらへ向いた。
天然パーマのような乱れた黒髪の、白いシャツの上に乱雑に白衣を羽織った男である。
年は三十代くらいのようだが目つきが悪く、無精髭も濃い事から余計に老けて見えた。
「ケイ。この付近――医療区の一部にはジャミングが展開されています。恐らくエデンから位置情報を欺瞞するためかと」
アンの言葉を継ぐように、男が椅子の背もたれをしならせてふんぞり返る。
「ついでに、下の守衛室を苦労して拡張してシェルターにしてある。多くの人員を収容可能だし、レクリエーションルームなんかで暇も潰せるぜ。生存者はみんなそっちだ」
ほら座れよ、と男が空いている椅子を蹴って押し出すが、ケイは立ったままでいた。
「俺はケイ。こっちは――」
「ああ知ってる。カメラで見てたって言ったろ。むしろ自己紹介を聞きたいのはそっちじゃねーか?」
男は意味深に笑うとことさらに身を乗り出し、炯々とした眼差しをケイに注ぐ。
「俺は時空研究機関エデン開発部門所属、室長のジンセイ・サカシだ。つっても仕事先が物理的に消滅したんで今じゃ引退して、この埃くせー見張り台の責任者なんかやってる」
「時空研究機関、って、テンキ博士の――って事はつまり、今の状況に詳しいのか……!?」
「詳しいどころか、ほとんど全て知ってる。この星に何が起きたのかも……これからどうなるのかもな」
まさか、そこまでとは。サカシの表情から真偽は読み取れないが、自信に満ちているのは確かである。
ケイは動悸めいて脈打つ心臓を鎮めるように一つ息を呑み、尋ねた。
「聞かせて……くれるんだろうな。ゲートで俺達を呼んだのは、それが理由だろ……?」
「まあな。話せば長くなるが――さて、何から話すべきか」
サカシは椅子の上であぐらを掻き、遠くを見るように目を細める。
「……じゃ、そもそもの元凶からだ。エデンのせいで今こうなってるってのはさすがに分かってるよな? ならどうして、そのエデンがここまでおかしくなっちまったのか」
「エデンが狂った、理由……」
「エデンの開発にもっとも深く携わっていたのは、俺の同僚――テンキだ。あいつはエデン研究機関の所長で、当時は超重要区画とされていたエデンルームにも直接出入りできた。ところがあいつは突然……何を思ったか、そこでエデンを暴走させやがったんだ」
「な……」
リウの父親……テンキ博士が、エデンを暴走させた?
にわかには、信じがたい――。
「その結果テンキは死んで、エデンは人間を滅ぼすべき敵と定めた。……結果がお前らも知っての通りの時間凝縮、時計頭どもの跋扈。おまけに時空断裂事故が引き起こされた事により、時空が不安定になった惑星全体をエデンが支配し、外界と断絶させられている」
「星の時間そのものが、エデンに支配されている、だって……? 理解を超えてる……」
「このままだと人類は間違いなく絶滅し、最終的にはエデンだけの閉ざされた理想郷ができあがるだろうよ。それがどんな形のものであれ、恐ろしく歪んでるのは明らかだ」
「だったら、そのエデンってのを倒せばいいじゃない」
ゼノサがなんて事もないように口を挟むが、サカシは馬鹿にしたように首をすくめ。
「それができりゃ苦労はしねー。エレベーターを乗り継ぎゃ中枢までは意外と直通なんだが、人間も攻撃も通さねぇ超強力な障壁が張られてやがる」
「障壁……?」
「2年前から突如として現れた、未知のエネルギーで構成された解析不能のバリアだ」
「……ふむ。つまり難攻不落というわけか。ゼノサよ、ちゃんとついてこれているか?」
「と、ととと当然よっ。確かにそれは倒すの無理ね、うん!」
ヨルがなんとなく訳知り顔でゼノサをからかうが、多分二人とも分かっていない。
「ま、そういう事だ。命が惜しかったら近づかないのが身のためだぜ――とはいえ、対抗策がないでもない。エデンは時間を支配するための施設を製造、配置する事で自分の支配領域を強めているが、そいつを一部無効化する装置がある」
見ろ、とサカシが片手でコンソールを操作し、スクリーンに別の映像を映し出す。
ライトアップされた薄暗い部屋が見えた。
中央には機械の台座があり――その上で、大きな金の輪が三つ、静かに回っている。
回る毎に、三つの輪の大きさがだまし絵のように変化していた。
「エデンの蛇……エデンの機能を抑えつける事のできる、俺の自信作だ。こいつのおかげで、本来なら永遠に凍結されているはずが、贅沢にも6時間も動けていられるんだ」
それまではどこか嘲笑的だったサカシが、その瞬間だけは誇らしげな口調に変わる。
「じゃあ……このエデンの蛇が、凍結してた俺を目覚めさせたのか」
「いや、お前は最初から凍結状態になんぞなってねぇ。だいぶ長い事眠ってはいたけどな」
「え……」
予想外の解答に固まるケイを、背を丸めたサカシがすすけた前髪の隙間から見やる。
「ここからは俺の最終目標にも関わる、肝心要の話になるぜ。いいか? ケイ……お前は適合者だ」
「てき……ごうしゃ……?」
ぽかんとする。適合者という単語が何を意味するのか、まったく分からない――。
「エデン起動のためには所有者としての権限が必要だが、エデンそのものの全機能を行使するには、もう一つ――適合者による生体アクセスが必要なんだ。この二人が揃って初めて、エデンは完成されると言っていい」
「その……ええと、適合者が……俺……? ま、待ってくれ、ついていけない」
前後とつながらない、降って湧いたような話だ。
それに適合者だなんだと言ったって実感がないし、そんなものになった覚えもない。
「所有者はテンキの奴が登録していたが、適合者は特別な素質が必要でな……世界中捜してもなげー事見つからなかったんだ。ところがどういうわけか、いつの間にかお前がそれになってて――時空断裂事故を起こしやがった。俺もあれほど肝を潰した事はねぇ」
……は?
「適合――え……? 俺が……世界を……時空断裂事故を……起こした……?」
「厳密には、その引き金になった、だな。実際の実行犯はテンキだし、お前も奴に利用されただけに過ぎん。……が、運良くも一命を取り留めたお前を俺が救い出して、タイムカプセル――タイムマシンみたいなもんだが――で長期スリープさせた。凍結状態にさせず、エデンから隠すためにゃ、独立した時空間を作り出せるあれに頼るしかなかったんだ」
だが、とサカシはケイが凍り付いているのも意に介さず、手を叩いて得意げに続ける。
「最近のエデンは血眼になってお前を捜していた。どうも、お前という適合者がいねぇと――もしくは死んでいなけりゃ――エデンは完全に時空を支配する事はできないらしい。要するに奴よりも先にお前を確保しちまえば、野郎は手も足も出なくなるっつー寸法だ」
「なら、そのためにキミはケイをここへ呼び寄せたんだね。ケイをその……タイムカプセルから遠隔操作で目覚めさせ、アンを送り込んで守らせた……」
青い顔のまま固まっているケイを慮るように、代わりにラキが会話を担当する。
「おおよそはな。だがアンに関してだけは偶然だ。実際はここから別のチームを送り込んだ直後に、起動シーケンスをキャッチしてな……エデンに支配されていないようだったんで通信をかけた――すぐ電波を妨害されたけどな。だからそいつの正体は俺も分からん」
「そうですか……あなたなら知っているかと思っていたのですが、残念です」
まったく残念ではなさそうに、低いトーンのままアンが呟く。
「けど、その後はどうするつもりだったんだい? いくらなんでも、ずっとここでケイを守り続けるわけにもいかないだろう」
その答えとでも言うように、サカシは再びコンソールを操作し、新たな映像を映す。
格納庫らしきそこに映っていたのは――一隻の船。それも、SF映画でよく見かける。
「宇宙……船……?」
ケイは放心しながら呟いた。サカシはしてやったりとにやける。
「空港を偽装して密かに作り上げた。奥の発着口を開けばそのまま宇宙へ直通だ。ケイや生き残りを連れて、俺は宇宙へ逃げる。宇宙なら連中もおいそれとは追って来られず、エデンの蛇も載せていれば支配領域が拡大されても抵抗できる。これで人類を守れるぜ」
スクリーンを届けるカメラには、平たい貝のような宇宙船の周りで数人の技術者が映っている。彼らも計画の賛同者なのだろう、忙しなく作業に従事しているようだ。
「に……逃げるのか、星を捨てて……!?」
それを見た途端頭の中で何かが燃え上がり、ケイは思わず詰め寄る。
「それしかねーだろーがよ」
「だけど……! 生まれ育った故郷、なのに……っ」
「俺達にできる事はもう、人類という種を残すだけだ、違うか?」
醒めたような反論を受けてそれ以上言葉が続かず、唇を噛んでうなだれる。
ケイにもとっくに分かっていた。もはやエデンと戦うとかそういう次元の話ではない。
何百年も昔に、負けていたのだ、人類は。
それでもあえて存続させるなら……サカシの案しかない、のかもしれない。
直視せざるを得ない現実に未来の輝きはどこにもなく。ひどく――肩に重いものがのしかかる。
「待って下さい。エデン暴走を食い止めるため、初めてエデンの蛇が稼働して300年経過……あなたの寿命はとうに尽きているはずです。なぜ今も生きていられるのですか?」
「……知りたいか?」
サカシは感情のうかがい知れない双眸で一同を見据えて、やおら自分のシャツを持ち上げ――ケイは息を呑んだ。
サカシの左半身には大小様々な計器や機器が埋め込まれ、淡い光を発している。
特に心臓部分には心電図が取り付けられて、バイタルサインが波打っていた。
「サイボーグ……」
身体を機械化して、人としての生を捨て去り、この男は300年も生きながらえていたのだ。
全ては人類を救い、次の世代へつなげるために。
「これが……俺の覚悟だ」
シャツを戻し、サカシはぎらつく双眸をケイへと突き立てる。
「悠長に悩んでいられた時期は300年前に終わってる。お前もとっとと腹を決めやがれ」
ケイは歯を食い締めて床を睨み付けた。
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