第31話 告白2

 混乱していた。

 どういうこと?泉が日曜に友達とメロディーに行くって、千絵とだったの?だって、あんなに仲が悪くて、こんなに嫌ってるのに、なんで千絵が泉を誘うの?しかも、泉は千絵を嫌ってるだろうに、誘われて行くものなの?それで?……どうして泉がいなくなったの?わけがわからない……


「あのね、メロディーには行ってないんだ。……山に行ったの」


「えっ?……山?」


 私は山と聞いて、ものすごい不安に襲われた。咄嗟に、泉はあの中にいるんじゃないか?そう思ったけれど、いや、でも、千絵があそこのことを知っているはずはないし、そもそも泉をどうやって山に連れ出すんだろう?わからないことだらけだ。


「あのね、ハルちゃんは知らないと思うけど……あっ、誰にも内緒の話だよ。あのね、山の奥で迷子になると、もう戻ってこられないって話があるの。だから前に真生君が迷子になったとき、もう帰ってこられないと思ってたんだけど、真生君は落ちなくて済んだんだなって」


「えっ?帰ってこられない?落ちなかった?何?何?どういうこと?教えてよ~」


私は、引きつりながらも必死で興味津々といった笑顔を作りながら、千絵に教えを乞うた。


「うちのお祖父ちゃんから聞いたんだ。聞いたっていうか、私がもっと小さい頃、山に行くとよく、一人で山の奥に行っちゃダメだよ。山の腹に落ちて、みっちゃんみたいにもう帰ってこられなくなるからねって言ってたんだ」


「みっちゃん?」


「そう、みっちゃんはお祖父ちゃんのお母さんの妹。山の腹に落ちたって言ってた」


 私は背中からぞわっとしたものが這い上がってくるのを感じていた。

 千絵はそこへ泉ちゃんを誘って行った。たぶん……落とすために。


「それで?その話が泉ちゃんとどう繋がるの?」


「ハルちゃん、にっぶいなぁ~だから泉ちゃんをそこに連れてったんだよ。もう帰ってこないから意地悪されることもないし、イジメられることもないよ。学校にも行きやすくなっていいよね」


 いいよねって……。


 千絵のその言葉が、全く悪びれた様子もなく、まるで泉が転校でもしてしまったような、そんな容易い言い方だったのが、私には空恐ろしく感じて、千絵が何か別の生き物に思えてきていた。


「千絵ちゃん……だって、泉ちゃんをどうやって山に連れてったの?簡単に行くわけないでしょ?」


 素朴な疑問だった。

 こんなにも嫌い合っている2人が、どこをどうしたら2人で山に行こうなんて話になるのだろう?


「4年生の時にさ、私の誕生会やったことあったでしょ?あの頃はまだ泉ちゃんもあんな嫌な子じゃなかったし、私の誕生会にも呼んだんだけど、その時、私が叔母さんからもらったプレゼントをみんなで見たの覚えてる?」


「叔母さんからの?……ああ、綺麗な石がいっぱいのやつだよね?透明のガラスの瓶にいっぱい入ってたやつ」


「そう。あのあともね、泉ちゃん、あれを何度か見せて欲しいって、家に来たことがあったんだ。それでね、少しでいいから、くれない?って、何度も言ってきたんだ。あげなかったけどね」


 千絵の「あげなかったけどね」の言葉は、顎を突き出し鼻で笑うといった、意地悪な言い方で、ここでもまた、今まで気づかなかった千絵の一面を見たような気がした。

 

そして、私は千絵と泉の間でそんなことがあったことなど、全然知らなかった。


 あの綺麗な石は、私もすごく羨ましいと思ったことを覚えている。

 色とりどりの綺麗な石で、いろんな形をしていて、それが透明のガラス瓶に入って、太陽に透かすとキラキラしてとっても綺麗だった。


 それは千絵の叔母が旅行に行った先で、お土産と千絵の誕生日を兼ねて買ってきた、たくさんの小さな天然石で、私も千絵の家に遊びに行くたび、机に飾ってあるそれを見ては、いいなぁと思ったものだった。


「泉ちゃん、そんなに欲しがってたんだね。あの石、綺麗だったもんね」


 泉が千絵に対して意地悪するようになったのは、もしかしたらそれも原因の一つだったのかもしれない。たくさんあったんだから、一つや二つくらいあげればよかったのに……


「あの石がたくさんあるところに連れてってあげる。だからもう意地悪なことしないでね。でもね、誰にも内緒の秘密の場所だから、絶対に絶対に内緒にしてね。日曜日に龍山橋を渡って清龍寺神社へ行く山道のところで待ち合わせしようって言ったんだよ。絶対に誰にも見られないようにきて、あそこが見つかるとみんなに取られちゃうからねって」


「そんなふうに呼び出してたんだ。それで、どこに行ったの?」


「だ~か~ら~山に行ったんだよ」


「山って、清龍寺神社の?」


「そう、その清龍寺神社のもっと上にうちの竹林があるんだけどね、その竹林の奥にお地蔵さんが2人いるんだけどね、そのお地蔵さんは動くんだよ」


「動くの?」


「そう、お祖父ちゃんが、山に入り込んだ人が穴に落ちたら危ないからって、真生君が迷子になったあとで目印にお地蔵さんを2人そこに置いたんだよ」


「そこに穴があって、落ちたら上がれないってこと?」


「そうだよ。だからね、そこにあの石がたくさんあるって、泉ちゃんに教えてあげたんだよ。下りても私が上にいて、手を引っ張ってあげるから取っておいでよって」


「それで……手を引っ張ってあげなかったの?」


「そう。お地蔵さんを元に戻して帰ってきた。だからもう泉ちゃんは帰ってこないから大丈夫だよ」



 気付いたら私はいつの間にか自分の部屋にいた。

 どうやって千絵とそこでわかれたのか思い出せなかった。ただ、泉ちゃんがあの中にいて、そこに閉じ込めたのが千絵だったということだけが、ただふんわりと、私の頭の中をずっと漂っていた。


 ああ、私の部屋だと思い、ランドセルを下ろして机の上に置くと、蔵に行き、確かここにあったなと、蔵の入り口の壁に掛けてある懐中電灯を持ち、川に行き、赤い石を持つと山に向かった。


 川にある赤い石は、瓦の割れたもので、河原ではそれをよく目にしていた。

 それで道路に字や絵が描けるので、私はよく利用していた。特に何か強く意識したわけではない。ただ、あの中は暗く、道がいくつにも分かれていると真生君が言っていたので、迷わないように印をつけようと思って石を拾ったのだ。


 私は自分でも自分の行動がよくわからなかった。

 泉のお母さんが泉を必死で探している。

 そして泉があそこにいることを私は知っている。

 まだ、間に合う。きっと、まだ大丈夫だ。


 何が私をそこまで駆り立てたのか自分でもよくわからない。たぶん、千絵の言った、「ハルちゃんも泉ちゃんがいなければいいのにって、言ってたじゃん」という言葉が、自分のせいにされるかもしれないという呪文となり、私は、それが当たり前だとでもいうように、泉を探しに行ったのだった。


 危ないとか、自分も帰ってこられなくなるかもしれないとか、誰かに言わなきゃとか、そんなこと考えもしなかった。


 ただ、あそこはそんなことをしていい場所ではないと、それだけは強く思っていた。


 私にとって、そこは曾お祖母ちゃんと恵信さんの、大切な思い出の場所だった。

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