満月

 暗い廊下を走っていると、誰かの泣き声と微かに、灯りの灯っている部屋を見つけた。


 ドアの前のネームプレートを見ると


      早乙女 遥


 自分の名前だ。そこでようやくここが病院だと気づいた。そして、中にこっそり入ってみる。


 中に入ると、まだあどけなさの残る少女が泣いていた。それは、今から1年前の私の姿だった。


 死にたくない、死にたくない、私はまだ…死にたくない


 昔の自分に声をかけようとした。けど、声が出ない。と言うか、私の体も透けている。これは、私の回想…?


 少女の持っていた本から光の玉のようなものが現れ、それが黒い猫へと姿を変える。猫が少女の側に寄り、こっちをみる。すると場面が変わり、私と猫は、病院の屋上にいた。


「貴方は…」

「あぁ…やっと話せた。僕のご主人様」

猫は赤い月をバックに、微笑む

「ねぇ、もう辞めて。もう私の為に、これ以上罪を犯さないで」

「どうして?ご主人様は、死にたくないじゃないの?」

「うん、死ぬのは怖い。大切な人を悲しませるのは、嫌だよ。でも…私のせいで多くの人を悲しませるのは嫌!貴方を縛り続けてしまうのは、もっと嫌だよ!」

「ご主人様…僕は、ご主人様に幸せになって欲しい。明るい人生を歩んでいてもらいたい。事実、今、ご主人様は最高に幸せな日々を過ごしているでしょ?」

「うん、でも!」

猫はまた歩き出す。そして、ベンチの上に座る。

「僕の力は、だんだん弱まっている。それは、ご主人様の寿命が尽きようとしているって事だ。でも、少しでも生きている時間を増やせるなら、僕は罪を増やすつもりだよ。どんなに、ご主人様が嫌がってもね」

猫は、歯を見せてニヤッって笑う

「貴方を…どうやったら止められるの?」

「そんなの決まっている。僕を殺すしかないよ!でも、その時はご主人様の命も尽きるけど…ね?死神のお兄さん!」

水道タンクの後ろから、刹が大鎌を持って現れる。

「…」

「そう睨まないでくれる?僕は猫だ。しかも君が殺すべきね」

「よくそう平然と嫌味が言えるね?」

「さっきも言ったよね?僕は猫だ。好きな人にはどこまでも忠実で、嫌いな人には牙を向ける。それが、猫だよ?」

「…俺は、死神として君を倒さなければならない!例え…例え遥が、目の前で死んだとしたとしても、僕は死神としての責務をまっとうする!」

「あっ、そう…だから僕は、君が嫌いなんだ!」

黒猫は大きな猫に姿を変え、刹に牙を向ける。


 二人が互いを傷つけあって戦っている。私には、それを見ているのがとても辛い。どうしたら二人の争いを止められる?どうしたら二人を助けられる?私の頭の中はもうパンパンで、分からない

「もう…二人とも…辞めて!もう二人とも…」


あっ…


私は頭を抱えたままバックしていき、そのまま足を踏み外して、屋上から真っ逆さまに落下した。


「遥!」

「ご主人様!」 


 全てがスローモーションのように見えた。刹が手を伸ばしているのが見える。私も手を伸ばしてみる。だが、届くはずも無い。目をつぶって、全てを受け入れしかなかった。



   あぁ…これで終わりか…







 ふかふかで、温かくて、甘い香りがして、気持ちが良い。これが…天国なのかな?


 目を開けてみると、夜空に赤い満月が笑っている。そして、病院の屋上から刹が驚いた顔をしてこっちを見下ろしている。どういう事だろう?

 ゆっくりと頭を上げて横を見ると、そこには、私に向かって微笑む大きな黒猫の頭があった。

「どう…し…て?」


 私は彼の体から急いで降りて、彼の頭の方に行く、すると彼は小さな猫の姿に変わった。   

 私は、彼の体をそっと抱き寄せた。彼はニコッと微笑む。

「どうして、どうしてこんな事を!?」

「だって、ご主人様が好きなんだもん」

 涙が、溢れてきて止まらない。きっと、今すごい醜い顔だ。

「ご主人様…泣かないで、僕はご主人様に、生きていて欲しいよ」

「うっ…うん、私も生きたい!でも…でも、貴方にも生きていて欲しい」

「ご主人様…大丈夫、僕は貴方の側に、ずっと居るよ。…ねぇ、ご主人様?僕は、貴方に残りの魂を捧げます。だから、残りの人生を楽しんで…」

すると、猫は光の玉となって、私の心臓の中に入って行く。

「タイムリミットは9日だよ!」

「9日?あっ!…ありがとうPluto」

私は胸に手を当て、感謝する。頭の中で、今一瞬、彼が笑った様な気がした。



 目が覚めると、病院のベットの上だった。側には、私の手を握って眠る刹。そっと、彼の髪を撫でてみる。


    サラサラで気持ちいい


 刹が、髪を撫でたせいか目を覚ましてしまった。

「ごめん…起こしちゃったね」

「遥?あぁ…無事で良かった」

彼が泣きそうな顔で私を見てくるので、私は満面の笑みで笑った。彼も、顔をくしゃくしゃにしながら笑い返す。


タイムリミットまで、あと8日。本当にありがとう、プルート


二ャーゴ…




「ねぇ、刹はさ…まだ少しここに残っていいの?」

「えっ…うん、君がこの世と別れるまで、ずっと居るよ」

「そう…じゃあ、クリスマスイブの日に、デートしない?」

「えっと…僕なんかでいいの?」

「うん、最後に貴方に側にいて欲しいの…きっとプルートもそう言っていると思う」

「プルート…か。僕はアイツに負けたな!」

「えっ?」

「アイツは、最後まで君の為に命を使った。なのに、僕は死神としての責務をまっとうしようとした。完全に、僕の負けだ」

「ふっ…笑わせんな死神、俺はそうは思わないぜ!」

「えっ!」

「良いか死神!お前は今、ご主人様を最高に幸せな気分にさせている。だから、俺の負けだ。そ・し・て、俺様に勝ったお前は、最後までご主人様を幸せなまま行かせる義務がある。良いか?約束だぞ!糞死神♪」

「はっ…誰が糞死神だ。糞猫野郎」

「あれっ?今、一瞬意識が…。ねぇ刹?私何か変な事言った?」

「う、うんうん。何にも言ってなかったよ」

「えっ…なら、何で泣いてるの?」

「えっ?これは…たぶん君が生きていて、良かったって、思ったせいかな?」

「はっ?何?今更?ちょっとしっかりして、私を見送るんでしょ!」

「あっ、そうだったね。僕は君の死神だ!」 

「ちょっと!今、一瞬死神の仕事忘れてたでしょ!もう…心配で死に切れないわ!」

「あっ、ははははっ…」

「ちょっと刹!何笑ってんの?…」



  タイムリミットまで、あと8日か…

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