真実

 死にたくない、死にたくない、私はまだ…死にたくない


 病院のベットの上で、少女はそう呟きながら、静かに泣いていた。

 片手には、お気に入りの本。ベットの向こう、冷たい地面には、無惨に投げつけられた小さなぬいぐるみ。そして…その日は満月の夜だった。




 昨日は、どうやって帰ったっけ?あの後、どうなったっけ?何も思い出せないまま、私はいつもの様に学校に行く準備をして、自分の部屋を出る。

 一階に降りると、母は台所で私の弁当を作り、父はソファーに座って朝のNEWSを見ていた。


「おはよう」

「あっ…おはよう遥」

「おはよう、学校行くのか?体調大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 多分、もう父と母は知っている。ぎこちない笑顔で、いつもの様に振る舞おうと努力している。そんなの見え見えだと思った。

「ねぇ、私昨日どうやって帰ってきたっけ?…覚えてないの」

「あっ、ああ…隣の百夜君がね。貴方をおんぶして家まで送ってくれたの」

「そう言えば、百夜君って一人暮らしなんだってな」

「うん、知っている」

「あの歳でしっかりしていて、いい子だな」

「うん」

「そうだ遥、明日うちで晩御飯食べないか聞いてくれない?昨夜の感謝の印だって」

「えっ…うん、分かった。聞いておくね」


 私は朝食を食べ終わると弁当と玄関に置いておいた鞄を持って家を出た。

 玄関を出るとすぐ、ちょうど家の前を通り過ぎようとしていた刹に会った。刹もこちらに気づく。

「あっ、遥おはよう」

「うっ、うん、おはよう刹。ねぇ、学校まで一緒に歩こ」

「うん」


 一緒に行こうと言っておきながら、数分間お互いに何もしゃべらない変な間が続いた。

だが、ふと今朝の話を思い出して、話を振ってみる。

「ねぇ、明日の夜って、何か予定ある?」

「えっ…ないけど、何?」

「じゃあ、良かった。明日の晩、お母さんが刹を招いて晩御飯を振る舞いたいんだって。昨日送ってもらった感謝の印にって」

「感謝?たいしたことは僕やってないと思うけど?」

「良いから来てね。あっ!そうだ昨日はありがとう。言い忘れてた」

「うん、良いよ」


 しばらくまた沈黙が続いた。


「なぁ、今日の帰り、一緒に帰らないか?」

「えっ…良いけど、何?」

「昨日言えなかった事を…な」

「あっ…そうだったね」


 気づくと、学校に着いていた。そして、バラバラに教室に入る。変なフラグは立っていないみたいだ。



 無事、一日の授業を終えて、いつものようにバラバラに帰るふりをして、校門で合流し、帰りの途中にある喫茶店で話す事にした。


「昨日言えなかった事って、あの猫のことよね?」

「あぁ…あの猫がどうして人の魂を奪い、その魂はどこに行っているかだ」

「…もしかして何か私と関係あるの?」

「ああ…大アリだよ。あの猫は、君の為に魂を奪っている。そして君は、あの猫がいなければもう死んでいる存在なんだ」

「えっ…」

「君は、あの猫がどうやって生まれたか、知っているのではないかい?」

「あっ…」

私には、一つ思い当たる事がある。それは、今朝夢に出てきた物。私のお気に入りだった本。ポー・アラン・エドガーの『黒猫』

「…もしかして!」

「そう…あれは君の死にたくないと言う思いが創り出してしまった怪異。奴は、君の為に魂を奪い続ける。たとえ、君がこの世界から消えても、永遠に…ね」

「そんな…」

「僕は死神として、彼を消し、君を無事に行くべき場所に送り出さなければならない。その場合、君の意思を無視する事になるけど、遥、君はどうしたい?」

「私は…」

 あの猫の去り際の悲しそうな顔を思い出して、心が苦しくなる。


 私の為に、彼は永遠に消える事のない"願い"に縛られ、人に危害を加え続ける。そして、それが多くの人に迷惑をかけてしまう。全て、私一人のせいで…私に出来る事は…

「私、あの子を助けたい!あの子を縛る呪いを解いてあげたい!ねぇ、刹、私に協力してくれない?一生のお願いだから!」

「勿論、僕は君に協力すると約束するよ。でも、僕は死神だ。だから、あくまで君を無事に送り出さす為に、協力するよ」

「刹…っ、ありがとう」

私はいつの間にか流れていた涙を拭きながら、笑った。刹も微笑み返す。


あぁ…この時間がずっと続けばいいのに…




 次の晩、私達は同じ食卓を囲んだ。

 刹の嫌いな物、好きな事、好きな本…彼のいろんな一面を知った。とても温かく、今までの人生で、一番だって、断言できるほど幸せな時間だった。

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