隣人

 家に帰ると私は早速庭に出て、我が家のアイドル、柴犬のマルの首あたりの脂肪をぷにぷにとつねった。

 マルは気にすることもなく、お座りの姿勢で舌を出して、ハァハァ言いながらキラキラした目でこちらを見つめる。そして気が付くと、左手を上げたり下ろしたして、お手をしておやつを貰おうとねだり始める。


 まあ…可愛いから嫌ではないが、あざとい奴め!


 私は更にマルの首の皮を引っ張った。それでも、余裕な表情だから憎らしい奴だ。


「あっ…早乙女さんじゃん!」

「うん?」

 マルから視線を外して横を見ると、塀の上に身を乗り出している百夜君を見つけた。


「えっと…つまり新しく隣の借家に越してきた隣人が、百夜君なの?」

「うん、そうそう。よろしくな!」

「あれ?でもお母さんの話じゃ、お一人様の荷物しかなかったって…もしかして一人暮らし?」

「うん、そうだよ!」

「へぇ〜、良いな…私なんて両親ともに過保護だからそういうの絶対ないよ」

「へぇ〜、過保護か。羨ましいな」

「百夜君の家はそういうのないの?」

「うちは基本、皆バラバラだからないな。そういう望みもないし」

「…寂しく、ないの?」

「そういう感情はないな。それに、一人のほうが気が楽だからね」

そう言って、百夜君は笑顔でマルの頭をワシャワシャと撫で回した。

 

 夕日に照らされた百夜君の顔が眩しく見えた。私が朝感じた冷たい死神の様な彼は、私の幻だったのかな?


「どうしたの早乙女さん?」

気が付けば、百夜君が心配してこっちを見ていた。

「えっ…何でもないよ。あっ、そうだ百夜君。私の事は遥でいいよ!」

「えっ、じゃあ僕の事も、刹って呼んでくれないかい?」

「うん、じゃあ刹、困ったらいつでも頼ってね」

「うん、ありがとう遥」


刹は笑顔で手を振りながら、隣の借家に帰っていった。

 そんな彼を見送って、隣を見てみると、マルが鼻をひくつかして、何か不安そうな顔をしていた。なので、ワシャワシャと頭を撫でてやった。

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