囚われた一行

「どうやって助けにここまで来た!? あの軍勢をまいて」


 ゴーシェは興奮冷めやらず質問を繰り返すが、アルチュールたちは至って冷静であった。


「ともかく……あの男がオベールか、殺せぬのは口惜しいが今はここを脱出する!」


 言うが早いか、小柄なゴーシェはダオレに背負われた。

 ものすごく恥ずかしいが、それが早く逃げたい一心の行動ならば仕方なかった。


「こちらです!」


 ダオレは二本ある階段のうち左の階段を降りはじめた。


 地震の衝撃からまだオベールはバランスを崩したままで、それをペルジャーは何とか支えていたが逃げ去るゴーシェ達を見て一言、


「クソッタレ!」


 そう、呟いた。



 ダオレはゴーシェを背負って走っているのに、息ひとつ乱さず複雑な城内を駆け抜けて行った。

 もう訊いても良いだろう、ゴーシェは併走するアルチュールに話しかけた。


「アルチュール、どうやって戒めを解いてあの軍勢から逃げ出したんだ?」


「オルランダだ」


「オルランダが? まさか神の左手を使った?」


「そのまさかだ、ゴーシェ」


 我々は地下牢らしき湿っぽい牢に纏めて閉じ込められたのだ。

 そのときオルランダだけ牢から出されてな、まあ牢番たちに邪な気持ちがあったのだろうな。

 ところが連中が彼女を牢から出して服に手をかけたわけだ。

 なに未遂だ、そう怖い顔をするなゴーシェ、で連中は地下牢の松明の灯が引火して一人残らず御陀仏という訳だ。

 丁度、牢も開いていたから我々も抜け出してな、武器も取り返した。

 城内にやけに詳しい?

 いや、私も知らないのだがそこのダオレが知っているのじゃないのか?

 ん? オルランダならオリヴィエが護衛しつつこの先の地下の広間に居るぞ。


「そういうことか……」


「しかし、ゴーシェ。グラムはどうした?」


「ペルジャーに奪われた、オベールに献上するとか何とか言って――」


「なんですって!?」


 以外にも素っ頓狂な声を出したのは、先ほどまで会話に参加していなかったダオレであった。


「どうしたダオレ気になる点でも?」


「いえ……なんでもありません」


「そうか、この黒い剣はそのような重要なものであったか」


 低い声に一斉に三人は注目した。


「ペルジャー!」


 一行は足を停めると、ゴーシェはダオレの背中から降り、グラムを手にしたペルジャーに向き直った。


「返せ、と言って返すものではないだろうからな。実力行使だ」


「ゴットフリト公子、貴方にわたしが倒せるとでも?」


 だがゴーシェの静かな怒りは着実にペルジャーの身を焦がしつつあった。


「徒手空拳でわたしに敵うとでも?」


 不意にペルジャーは地を蹴り空を舞った。

 素手での近接戦闘に不慣れなゴーシェはそれにタイミングを見失った。


「危ない!」


 ダオレが叫ぶが一瞬遅かった。


「ぐぶっ……」


 ペルジャーの暗器が鋭くゴーシェの両肩を貫いた。

 肉を裂く音、迸る血液、濃厚な鉄の匂い。


「ゴーシェ!!」


 あと少しゴーシェの反応が遅れていたら、両腕を切り落とされていたであろう。

 しかし大怪我を負ったことに間違いは無かった。

 ゴーシェは虚血から頽れた。


「まずい! 応急処置しなければゴーシェが……」


 アルチュールが駆け寄ろうとするがペルジャーはそれを阻もうと、持っていたグラムで斬りかかった。


 そこを割って入ったのはダオレであった。


サーラム金髪の民の野良犬めが……!」


 グラムと鉈がぶつかり合って白い火花が散った。


「アルチュール! ゴーシェを連れて皆と合流してください!」


「逃がすか!!」


「ペルジャー、貴方の相手はぼくです!」


 ダオレはペルジャーの前に立ち塞がった。


「全員血祭りにしてくれる、貴様らの武器で死ねええええええええええええええええええ!」


 ペルジャーはダオレに向けて飛び込んできた。


「同じことです!」


 再びペルジャーのグラムを鉈で受け止めると、ダオレはゴーシェを背負ったアルチュールが階下に去っていくのを確認した。


「貴様、何者だ!?」


「ぼくはダオレ、砂漠の行倒れのダオレだ!」


「ふざけやがって、直ぐに本名を言いたくしてやる……!」


 今度は横からグラムでペルジャーは切りつけるが、またもや鉈はそれを受け止める。

 ダオレは一歩も退かず、凄まじい丹力でペルジャーの剣を跳ね返した。

 ペルジャーは大きくバランスを崩し尻餅をついたが、そこはやはり身体能力に優れているだけあり、ダオレが間を詰める隙にはもう立ち上がっていた。


「貴方こそ本名を言ったらどうです?」


「………………ッ!」


 そして近寄ったダオレは鉈で凄まじい剣戟をペルジャーに浴びせはじめた。

 さすがにペルジャーもこれらは全てグラムで防ぎきるが。

 一旦二つの白刃が火花を散らすと、二人は部屋の対角線上に離れ距離を取った。

 お互い肩で息をしている状態だ。


「わたしは影だ、奴隷王の影だ。両親の付けた名前など意味を成さぬ!」


「哀れですね、貴方は誰かの所有物でそれから解放されたのに、また誰かの所有物になっている」


「知ったような口を……! サーラムの行倒れ風情が!」


 そう言うと再びペルジャーはダオレに向かい飛びかかってきた。

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