単眼の王冠

 ゴーシェはペルジャーに目隠しをつけられて、縄でぐるぐると巻かれた上に屈強な男に担がれて運ばれた。

 王の居場所が城内の何処か判らなくするためだろう、それにしてもこの城の内部は複雑怪奇だった。

 アルチュールの荘園の平城もそうだが、敵の侵入を防ぐため最大限に防禦を考えて建造されている。

 奴隷の中にそのような知識を持った者がいるのだろうか? そういえば解放奴隷とは逆に、奴隷の身分に落とされることもあるということもゴーシェは知らなかったのである。


 城内を四、五分も連れまわされただろうか? 目隠しのまま、ある部屋でゴーシェは乱暴に床へ投げ捨てられた。

 絨毯の目地を剥き出しの頬が擦る。 

――どうやらここが王の間らしい。


 ペルジャーは恭しくこう述べた。


「オベール様、ゴットフリト公子を連れてまいりました」


「目隠しを取れ」


 声の感じからして三十代ではないだろうか? やや低めの声だ。


 ペルジャーはゴーシェの前髪を掴むと顔を上げさせ目隠しを解いた。

 一気に光が流れ込んでくる。

 再び絨毯に頬が落ちると、ぴかぴかの軍靴が先ず目に入った。

 これがオベールの靴のようだ。

 王は自ら膝を付き、ゴーシェを見遣った。

 初めて二人は目線を交わすことになる。


 オベールは三十路かつ老獪な雰囲気の男で、黒い髪を後ろになでつけ奇妙な王冠を被っていた、何故それが奇妙なのかゴーシェに即答える事は出来なかったが、ともかく妙な違和感だけは感じていた。


「ゴットフリト、アルテラ王家の小僧が」


 忌々しげにオベールは言った。


「随分と王家の事情に詳しいじゃねえか、ならばオレが捨てられていたことも知っているんだろ?」


「――無論、お前が神託の忌み児であることもな」


「それを誰に吹き込まれた? 薔薇か?」


 これはある種カマであった。

 オベールが薔薇という単語にどう反応するのか、ゴーシェは興味があったのだ。


 薔薇、そう聞いてオベールは神経質そうな眉根を上げた。


「薔薇の名を知っているか」


「アンタが不要と断じた翁たちから噂として聞いたぞ、王は薔薇ゆえに王であると、な」


「いかにも」


 無表情なままオベールは答えた。


「だが元ボレスキン伯はそんな二つ名を持つ人物を、宮廷内では知らないと言っていた、何者だ薔薇とは」


「薔薇は薔薇以上の何物でもない」


「薔薇は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である」


 するとゴーシェの謎かけを聞いてオベールは妙に得心して笑みまで見せた、どうにもそう言うことなのか――


 オベールはペルジャーに命じてゴーシェを立たせると部屋のテラスに案内した。

 無論、後ろには斥候がナイフを頸に当ててぴったりとくっついていたが。


「この海は我々のものだ」


 海も空も灰色でひどく荒れていた。


「偶にサーラム金髪の民共に拿捕されるが我々は基本薔薇に便宜を図っている」


「それがあのサイズの大きなドレスか……!」


「ゴットフリト公子よ、わたしは薔薇に逢ったことはないのだ」


「……!?」


「薔薇の背が高いかは知らぬ、ただ寸法が伝えられてくるのみ」


「どうやって、それは?」


「海を渡る鳥だ」


 それはアルチュールが以前連絡に使役していた鳩に相違なかった。

 なるほど鳩は便利な通信手段だが、味方だけが使うと思ったら大間違いの様だ。


「薔薇については終いだ、ゴットフリト公子。貴殿たちがこの島へ立ち入った経緯を聞かせて貰おうか?」


「オレはこの一行の代表ではない、アルチュールかミーファスに訊いてくれ」


「公子が代表ではないと……! 奇妙なこともあるものだ。そなたは王たる器ではないらしい」


「オレは王になることに興味はない」


「ではこの旅が終わったらどうする?」


「どうもしない、また砂漠で静かに暮らす」


 するとオベールは手を叩いて笑った。

 笑い続けた。


「では王位は薔薇が手に入れよう」


「……!? どういうことだ? 薔薇は王家に繋がる人間なのか!」


「今さらに何を? 薔薇はそなたの血続きの者ではないか」


――薔薇はオレの血縁者だと!?


 ゴーシェは頭がガンガンと痛むのを感じた。

 血縁者、それは既に二人しかいないことは判っている、シグムンド公子、アルテラ王の二人だ。

 他にでは誰がいるというのだ?


 そう言ってオベールはゴーシェを冷徹に見下ろした。

 そしてゴーシェは王に抱いていた違和感をようやく理解した。

 被っている王冠には眼が付いていたがその眼は単眼なのだ。


「少し喋り過ぎた、薔薇の命だそろそろゴットフリトを殺せ」


「御意」


 ペルジャーの短刀が冷たくゴーシェの頸に当てられた。

 今度こそダメだ――ゴーシェは静かに死を覚悟すると目を閉じた。


――そのとき、

 建物全体が、いや島自体が揺れはじめた。


「ぬっ、地震か!」


 地震自体はかなり大きかった。

 ペルジャーは短刀を落とすと、オベールの元へ駆け寄った。

 島は揺れ続けている。


 ゴーシェはテラスで呆けたまま事の成り行きを見ていたが、不意に見知った声に安堵を覚えた。


「ゴーシェ! 助けにきました」


「ダオレ、アルチュール! いったいどうやって!?」


「話は後です。今、縄を切りますから待っていてください!」


「元ボレスキン伯どもが……!」


 地震が完全に止む頃、憎々しげにオベール王は呟いたが、遅かった。

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