オベール王と薔薇
「先ほどのならず者風の連中とは事情が違うようですね、行ってみますか?」
「行くしかねえんだろ、ダオレ」
「しかし何故年寄りばかりなのだ?」
アルチュールはもっともなことを尋ねたが、彼らはこちらに気が付くや否や原始的な小屋に入ってそれきりになってしまった。
構わずに一段低くなった集落に降りていくと五軒ばかり掘立小屋があり、どれもが固く入り口を閉ざしている。
「おい、扉を開けぬか危害を与えようというのではない。何、二三聞きたいだけだ」
すると年寄りの声で返答があった。
「お前たちは
「如何にも、奴隷ではないがそれがどうした?」
アルチュールが代表して答えると急にその老人らしき人物は怯えだした。
「ではアルテラ王の息のかかった者か? それとも連中の手下か?」
「我々はアルテラ王とは無関係だ、して連中とは?」
「しっ、静かに……! 何処で聞き耳を立てているか解らない。もっと小さな声で……」
「先ほど私刑を行うような凶暴な連中に出会ったが、それがそうか。お前たちは何故隠れているのだ?」
「あいつらは王の元にも行けぬあぶれ者よ、徒党を組んで小規模に暴れまわっておるわ」
「ではお前たちは一体?」
「我々はこの島に辿り着いた元アルテラ王の奴隷のうち、オベールが不要と断じた年寄り連中だ。ここに集まって住んでおる」
とうとう中から片目の年老いた元奴隷が出てきた。
そして一行はぞろぞろと元奴隷たちの翁に囲まれることとなる。
――その晩ゴーシェ達は五人の翁に歓待とはいえぬが色々と秘められた話を聞く。
焚火の炎を囲んで、魚を食べると寝てしまったセシルを除く六人は、翁たちと話し合いの場を持った。
「なんと今はアルテラ25世の治世なのか!?」
翁たちは口々に驚いていた。
彼らを
「だが先王は四年前に病死したぞ?」
「このアルチュールどのは何でも知ってらっしゃるようだ……」
「しかしオベールという男は何者だなんだ? どうやってこの島の王になったんだ?」
ゴーシェは詰問するも翁たちは
「我々は誰も王を見たことがないのです、齢は三十ほどと聞きますが。この島の頂上に聳えるという城に住まうといいます」
「チッ、すべて伝聞なのか……」
「噂だけなら城に仕える者の口から多少入ってきます」
「へえ、どんな噂ですか?」
ダオレは興味深そうに聞いた。
「喩えばオベール王が王であるのは薔薇のためであるとか」
「薔薇?」
「薔薇は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である」
いきなりゴーシェは奇妙なことを言った。
「どうしたゴーシェ、藪から棒に」
「いや、『薔薇』というとこれしか思いつかなくてな……」
「でも変ね、薔薇のために王であるというのはどういう事かしら?」
「恐らく何かの比喩だろ、何かは知らないが」
「それより厄介なのは、あのあぶれ者たちです」
翁たちは声を潜めた。
「何処にでも現れて蛮行を働きますから」
「あまり城の者達は脅威ではないのか?」
そうアルチュールは訊ねた。
「彼らはここで我々が暮らしてる限り関わってきません」
「……ということは関われば襲い掛かってくるということか?」
「でしょうね」
ダオレは頷いた。
「あぶれ者たちは統率が全くとれてない感じだ、ちょっと揉んだ感じそう手練れという訳でもない。むしろ脅威なのは城のオベールの部下たちだぞ」
「同感です、できればあまり奴隷王たちとは戦いたくはないのですが――そういえばアルチュール? 薔薇の二つ名に聞き覚えは?」
「貴族でも王族でも薔薇なんて二つ名を持っていた人間は一人もいない。あのエクスクラモンドでさえ……私の知る限りな」
「エクスクラモンド?」
オルランダはアルチュールが女性の名前を口にしたので不思議に思った。
「じゃあ、そりゃ人の事じゃねえな……なにか証券とかのことか!」
また一人ゴーシェは得心がいったようだが、まったく他の人間を置いてきぼりにしていた。
こんな時鋭いミーファスが会話に参加してくれていればよかったのだが、まだ鬱状態は続いているようで虚ろに宙を見つめているばかりであった。
「まあ、確かに何か金策のできるものを寡占してるとなると、王になれたのもさもありなんですね? なるほどその暗号名コードネームが薔薇か……考えましたね、ゴーシェ」
「まあな」
そのとき一段高い高台から、昼間ゴーシェに鼻を削がれた男がろくな手当もされぬまま鬨の声を上げた。
「!!」
そいつは鼻にかかった聞こえづらい声で喚いた。
「おでの鼻を削いだ奴を血祭りに上げてその
後ろには十数本の松明がちろちろと燃え盛っていた。
「やってやろうじゃねえか、オルランダ! 下がってろ」
ゴーシェは言うが早いかグラムを抜き放った。
「ぼくたちも加勢します!」
ダオレとアルチュールはそれぞれ鉈とマサクルを抜刀して、いつでも戦えるよう体勢を整えて目配せした。
夜戦が始まった。
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