あぶれ者たちとの戦い

「オルランダさん、ミーファスそして爺さん達はこっちだ」


 暗闇の中、すかさずオリヴィエは集落の一隅に戦力外の者を集める。

 いざとなれば、彼自身が剣を抜く覚悟であろう。

 オリヴィエの実力は水蛇ヴァリテとの戦いで折り紙つきだ。

 そう連中に後れを取るわけもあるまい、安心して背中を任せられる男といえた。



――統率がとれていない。

 とはゴーシェの分析通りだ、そうアルチュールは得心した。

 あぶれ者たちは戦法も何もない、各々が滅法に襲い掛かってくるだけだからだ。


 松明の薄明かりの中でさえ、ゴーシェはあぶれ者の棍棒の一撃を紙一重で躱すと振り向きざまに、グラムで男の横っ腹を切りつける。

 忽ち鮮血が飛び散り、それは致命傷となる。


「……痛い、痛い」


 あぶれ者は情けない声を上げるが助からないだろう。


「死にてえ奴はかかってこい!」


 黒い短髪を振り乱し赤い瞳を輝かせたゴーシェは、阿修羅のごとき苛烈さで残っているあぶれ者たちの集団に自ら切り込んだ。

 彼らも原始的な鈍器で応戦するがそこはグラム、木で出来た棍棒ごとバターのように切り裂き男の脳天に斬撃を浴びせた、返り血を浴び二人目のあぶれ者を斬る。

 今度は返す刀で胴体ごと二つにし、ほぼ即死させた。


 あっという間に三人を始末しあぶれ者たちは、すっかりゴーシェに臆してしまっている。


「ゴーシェ、生き生きしてますね」


「ダオレ、正気か私には悪鬼としか思えぬ」


 アルチュールは八面六臂のゴーシェに薄ら寒いものを感じ取っていた。

――なんだ? この感覚は……

 アルテラ王? そうだ、あの男の威圧感と近いのだ。

 血は隠せぬものだ、ゴットフリト。


「なにぼんやりしてるんですかっ、アルチュールさん!」


 鉈が肉を切り裂く音が鼓膜を揺らした。

 気が付くと自分に襲い掛かっていたあぶれ者を、ダオレが倒している。


「か、かたじけないダオレ」


 ゴーシェが強すぎることが、逆にダオレとアルチュールの負担となりつつあった。

 彼を避けて二人にばかりあぶれ者たちは、襲い掛かってくるのだから――


 闇の中を斬っても斬っても、あぶれ者たちは勝ち目のない戦いを挑んでくる。

 最早これは作業と言えた、暫らくして、


 それでも二人で五人、ゴーシェが割り込んで計十人ほど死体の山ができると生き残った数人は焦りはじめた。


 鼻をゴーシェに削がれた男以外は、一目散に逃げ出した。


 ダオレが、アルチュールがそしてオリヴィエまでが剣を収めた。

 後はゴーシェとこの男の問題であろう。


「やんのかコラァ!」


 珍しくゴーシェは年甲斐もない声を上げた。

 これでは市井のチンピラとそう変わりはない、王子だというのに……

 アルチュールは頭を抱えた。


「おでと、一騎打ちだこの赤目野郎!」


 二人は集落の、先ほどまで翁たちの話していた広場に対峙した。

 距離を取りながらじりじりと睨み合う。

 だが勝負は一瞬で着いた。

 疾風怒涛、ゴーシェは凄まじい速さで剣を繰り出し、鼻のない男の首を刎ねたのだった。



 全てが終わると、嘘のように静寂に包まれた、集落には凄まじまでの血の匂いが溢れかえり、翁たちは一様に畏怖していた。


「安心してください、残党は狩ります」


 オリヴィエは翁たちにそう囁いた。


 元よりアルチュールたちも同じ考えだった。

 この翁たちに迷惑をかけてはならない、と。


「オルランダ、大丈夫か?」


 ゴーシェは気遣いで彼女に手を差し出したのかもしれない、だが夜目にも血に塗れたそれを見てオルランダは怖気づいた。


「オルランダ?」


「いいえ、いいえ大丈夫よゴーシェ。それよりその返り血が……」


「ああ、そうだな」


 そう言うとゴーシェはずり落ちかけてたストールで顔と手に付いた返り血を拭った。


「この事はおそらく王の耳に入りましょう」


 そう、翁の一人は言った。


「どういうことだ?」


 ゴーシェは聞きかえす。


「ゴーシェ殿の噂はオベール王の耳に入るということです」


「何? 斥候でもいるのか?」


「そうです、アルチュール殿。王には有能な斥候が、島で起こったことは全て王の耳に入る」


「と、言うことは我々の上陸もとっくにばれていますね……」


「その通りだ君たちの事は既に王の聞き及ぶところにある」


 不意に背後から低い声がした。

 その気配に誰も気づかなかった。


「誰だ!?」


 アルチュールは誰何するとその人物は答えた。


「わたしはペルジャー、勿論これは本名ではありませんが……ともかくオベール王の部下です」


 そこに立っていたのは二十代半ばで黒髪を短く刈り込んだ背の高い男だった。


「アンタが斥候、とやらか……?」


 ゴーシェはこの男の金色に近い茶色の眸を睨み返した。


「斥候……という表現が正しいとは限りません、言うなれば王の耳です」


「それを斥候というんじゃねえか」


「………………」


 すかさずアルチュールは二人の間に入った。


「では貴殿はオベール王の部下なのだな、して我々に何用か?」


「王は諸君らを、デュランダー・カスパル一行を歓待いたすとの仰せだ」


「チッ、またその名前を言うか……それを知ってるということはオベール王は、色々内通しているとみていいな?」


「さあ、わたしは王の意志を伝えるのみ」


 ペルジャーは何も知らぬ存ぜずという態度を取った。


「ゴーシェ、虎穴に入らずば虎児を得ずだ」


「行きましょう、ゴーシェ他に道はないですよ」


 忌々しげにゴーシェはアルチュールとダオレをかわるがわる見たが、他に手立てのない事を悟ってしぶしぶこの男に付いてゆくことにした。

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