あぶれ者たち

「これは、これは古典的な脅しだな」


 アルチュールは素直に乾燥を述べたが、一同腑に落ちないようである。


「なにかの文学作品でこれを見たことがあるぞ……ボージェスがお気に入りのやつだ」


 ゴーシェは首を傾げるが直ぐには思い出せそうもなかった。


「奴隷王は思ったより博識であるようだな?」


「奴隷の身分で博学で何が悪い、わたしも流民だがそなたよりは物を知っているぞ」


 ぼそりとミーファスはアルチュールを牽制した。


 磯の香りは酷く鼻を突き、さっさと上陸したいと思わせるようなものであった。

 石造りの階段を透き通った水が寄せては返している。


「きゃっ……!」


「どうしました、オルランダ?」


「なにか気持ち悪い百足みたいなものが沢山いるわ……そこの岩場」


「なんだフナムシじゃねえか、脅かしやがって」


 ゴーシェは岩場から一匹フナムシを器用に掴むと遥か大海原へ投げた。


「待って下さい、ゴーシェ。確かにフナムシですがこれはオルランダのようなご婦人にはきついものがありますよ」


だがセシルはもっと大きな甲殻類の無数の足のある虫を捕まえては得意げになっていた。


「へっへーん」


「もうやめて! 本当にやめて!!」


 オルランダが涙目で訴えるのを見て、アルチュールは釘を刺した。


「セシル、いい加減にしろ、遊びが過ぎるぞ!」


「それ、ダイオウグソクムシですね」


 ぽつりとダオレが言ったが、一行は磯から離れる選択をした。



 岩場を抜けると島は遠目にも見えたとおり山がちで、山頂へ続くかのようなが伸びていた。


「奴隷王とやらは山の上でしょうか?」


「知らぬ、が山城を作っているなら上だな」


 ダオレの問いにアルチュールは答えた。


「……誰もいねえ」


 ゴーシェの言うとおり奴隷たちがコミュニティを形成しているのなら、番兵の一人でもいてさもありなんであったが、そのけもの道には人っ子一人いなかった。


「オレたちは奴隷王の島について、ひどくなにか思い違いをしているのかもしれないぞ――」 


「思い違い? どういうことだ」


「この島はいろんな意味でどうやら尋常じゃない。そんな気がする」


 ミーファスの予言めいた言葉も頷ける。

 ところが一行が山道の次の角を曲がると、ひどく損傷した遺骸が晒されているのが目に入った。


「オルランダ、セシル! 見るな!!」


 アルチュールはそう叫んだが、その前にゴーシェは素早くマントでオルランダの眼を覆っていた。

 その遺骸は手足が腕と脚から切り落とされ、両目も繰り抜かれていた。

 それはかなり腐敗した状態で悪臭を放っていたが、察するに生きたままこのような目に遭わされてここに磔にされ、死ぬまで放置されたと見るむきが正しかろう。


「私刑に遭ったか……」


 ぽつりとゴーシェは言った。


「では奴隷たちの集落的なものは存在していると?」


「可能性は高いでしょうアルチュール、しかしその集団が我々に友好的とは思えませんね」


「この遺骸はだいぶ腐敗しているが黒髪だな……要は自分たちの仲間か」


 アルチュールは絹のハンカチで先ほどから鼻と口を覆っている。


「村落があったとしても危険ですね、近づかない方が良いのでは?」


「いや、ダオレ。もう遅い」


 そうミーファスが言うや否や、一行は緩慢に、だが十人ほどに囲まれていることに気付いた。

 サーラム金髪の民は殺せ! 

 そう口々に言いながら、ひどく原始的な格好の連中が男ばかり集まっていた。


 そのうちの一人が爛れた鼻をひくつかせるとこう言った。


「おい、女のにおいがするぞ!」


 すると元奴隷と思しき住民たちは口々に女、女と言い始めた。

 女は置いていけ、女は犯せ、女は我々のモノだ――


「説明して解るような相手ではないな」


 相変わらずハンカチで口元を覆ったアルチュールは言った。


「チッ、強行突破するしかねえか!」


 ゴーシェはグラムを音もなく抜き放つと最初に、女云々と言った男の爛れた鼻を目にも止まらぬ速さで削ぎ落とす。

 男は悶絶すると、鼻だったところから夥しい出血をし、


「痛い! 痛い!」


 と泣きながら喚きはじめた。

 同時にそれを見ていたほかの連中は、卑怯だ残酷だの口ぐちに言うとほうほうの体で蜘蛛の子散らすように逃げ出した。


「な、何があったの!?」


 一人事態の飲み込めぬオルランダは、布を被ったまま立ち尽していた。


「なんでもねえよ、ただのゴミ掃除さ、さ、行くぞ」


 遺骸の傍に居ても不潔極まりないので一行は少し進むことにして、その場を離れた。


「――だから私は彼女を連れてくるのは反対だったのだ、今度は貞操の危機だぞ?」


「着いてきちまったものは仕方ねえじゃねえか!」


 嗚呼……またわたしについて口論しているのね。

 そんなに邪魔だったし、足手まといかしら?

 オルランドたちと出会ってようやく自分の出自も判った気もしたのに……

 わたしの何がいけないのかな。


 そうしている間にもオルランダを巡ってゴーシェとアルチュールは、口論を繰り返していた。

 ときたまダオレが仲裁に入るが二人は平行線のようだ。


 一時間ほども歩いただろうか、それを見てミーファスが叫んだ。


「おい、その村落はなんだ?」


 彼の指差す目の前には原始的な住居と先ほどの男たちとは違う、年寄りたちが怯えきった目で一行を見つめているのであった。

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