マンティコアとの戦い(1)
「アルチュールさま!」
駆け寄ってきた少年をアルチュールは抱き寄せた。
「セシル! どうしたこんなに汚れて、ボレスキン伯領に居たのではなかったのか?」
少年は確かに以前見た時より数段みすぼらしく、服もところどころ煤けていた。
「少し前に『がらくたの都』に来ていたのです、アーリャ・ミオナ様を追って」
「アーリャ・ミオナを?」
「これです」
「伝書鳩の書状か……ふむ、なんだと!?」
あからさまに衝撃を受けているアルチュールをゴーシェとダオレは覗き込んだ。
「どうしたアルチュール」
「どうしました?」
「なに、『わたくしはフォルテ様の庇護のもとボレスキン家を離れます、後のことは頼みました伝令役にセシルを任命します』アーリャ・ミオナ・フォン・ボレスキン」
「つまりだ」
ゴーシェは簡潔に言った。
「あの女のパトロンとやらはシグムンド公子だったわけか」
「ええっ!!?」
一番驚いたのはセシルその人であった。
「セシルよ、フォルテとはシグムンド公子の変名だ。アーリャ・ミオナ本人が知っているとは限らないがな」
そのとき――
「なにか通路の後ろから来るわ! 大きなものよ!」
オルランダは声を張り上げた。
「そうだった! 追われていたんです何か野生動物に」
「それを早く言え、セシル」
通路の天井を壊しながらそれは急旋回して一行の前に現れた。
「――こいつ、野生動物じゃねえ」
それは人間のような、ネコ科の猛獣のような不自然な癒着した複数の頭部に獅子の足、蠍のような大きな尾を持った異形の生き物。だが今まで見てきたどの野生動物のアーキタイプにも類さない形態――いったいこいつは何物なのだろう。
「知っているんですか? ゴーシェ」
「マンティコアだ或いはメメコレオウス……」
「マンティコアだと!」
アルチュールは柄にもなく絶叫した。
「これは神話上の生物だぞ、何故実在しているのだ!?」
「アルチュールは神話を断片的に知っているんだな……」
「ゴーシェ、嫌味を言っている場合ではありませんよ、ぼくもこれの対処法は全く分からないので!」
「肝心のダオレが知らないってか……セシル? お前は役に立つのか、確か騎士見習いの筈だったような」
「ボクはあくまでまだ見習いですよ、でもやるしかないでしょう!」
「初戦がマンティコアか、セシル、生き延びろよ!」
アルチュールは発破をかけたつもりかもしれないが、縁起でもないことを口にした。
「四対一だ、そう簡単には殺られはしねえよ」
「今回はゴーシェも頭数に入れますからね!」
しかしこのマンティコア、あまりに巨体過ぎるのだ。
こいつが身動きが取れない分には一向に構わない、蠍の尾も無効だ。しかし――
「もうこの通路が持たないわよ!」
オルランダの言う通りで、どんどん天井が崩れてくる。
むしろ崩落の方が危険だ。
「取りあえず逃げるかこいつと戦えるだけの場所を確保しよう!」
アルチュールの声に異論を唱える者は無かったが、このマンティコア巨体の割には移動速度が速い。
「はあ、はあ、はあ……」
運動とは縁遠いゴーシェの息が早速上がっているが、勿論足の遅いのはオルランダでもう少し軽ければアルチュールが抱えて走るところだ。
「はあ、はあ……くそ、まだ追ってくるのかよ」
「まずいですね、東から逸れてますよ」
「今はこいつを何とかするのが先だろ、つべこべ言うなダオレ!」
五分ほど走りようやく天井の高い開けた部分へ出た。
が、その開口部は狭くマンティコアの頭がそこへつまった。
頭が引っかかるとマンティコアは世にも不快な鳴き声で呻いた。
「チャンスではないのか?」
「待った、アルチュール! 容易に近づくな」
ゴーシェが声をかけた刹那、マンティコアは白い炎を勢いよく吐き出した。
「チッ! 折角奴さん引っかかってるのに、手を出せないとは……」
「あのアルチュールさま、皆さん!」
セシルが勢いよく声を上げた。
「どうしたセシル?」
「ん、どうした?」
「どうしました?」
「どうしたのよ?」
セシルは得意げに弓矢を荷物から取り出した。
「これで仕留められないでしょうかっ!?」
「セシル……マンティコアの体力は恐らく無尽蔵。出来ても目の一つを潰すくらいだ」
アルチュールは説得気味に話すが、セシルは乗り気であった。
「じゃあボクが! 百発百中のボクが! マンティコアの目を潰して見せます、あらよっと」
「おい、止めろというのがき……」
しかし、セシルの放った矢はマンティコアの目の一つではなく眉間の一つ(これは複数の目を持つため)に刺さり、彼の怪物は暴れくるいまたひどく炎を吐かせることとなって、一行はその巨大な空間の端へと後退せざるを得なくなった。
「余計なことをするなと言ったろ!」
「ゴメンなさーい!」
「……おいコントしてる暇はねえぞ!」
ゴーシェは叫んだ。
「この部屋崩れてきそう――」
「逃げ場がこっちしかないです!」
少し先まで様子を見ていたダオレが指示を出す。
「畜生! 逃げるぞ!」
一行は通路の奥へ、更に奥へと駆け出した。
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