6.狂気の山脈

王の血脈

 ダオレの言うとおりだった。

 水路の奥から数人の足音が聞こえてくる。

 だが――


「やめておけ、ゴーシェ」


「何故、お前が止めるアルチュール? オレこそが失われた公子ではないのか!」


「これだから単純が過ぎる男は困る、お前は剣の腕など素人以下だろう」


「だからどうした?」


「ここで死なれては尚困る」


 そう言うとアルチュールはマサクルを抜いた。


「下がっていろ」


 徐々に近づいてくる足音、水を跳ねる音が大きくなってくる。

 西の方角――都の方角から突然それは飛び出した。

 オルランダは火花散らす白刃に目を背けた。


 ダオレの鉈は一人の兵士の鎧の隙間を正確に捉え、下に着ていた綿入りの鎧下ごと切り裂くと鉄の臭いが空気を染める。


 もう一人の兵士の剣戟をマサクルで受け止めると、アルチュールは返す刀でその剣を落とし喉元にマサクルを突き付けた。


「ダオレ、なかなかにえぐい戦い方をするな……」


「アルチュールさんこそ、その兵士、生かしておく気はないでしょう?」


「悪く思うな」


 ダオレの言うとおりマサクルは兵士の喉を裂いた。


「まだ追手は来る、生かしておいては後で手間だ」


「近衛兵というのはもう少し儀礼向きかと思ってましたが?」


「私は実戦向きだよ、常にな」


 そう言う間にもアルチュールとダオレは二人の兵士の亡骸を、通路の脇に寄せておく。

 その行動があまりに手馴れているので、ゴーシェは少し空恐ろしくなった。


「だから下がっていろと言ったんだゴーシェ」


「………………」


「お前ではいざという時何も対応できまい?」


 悔しいが本当であった。


 斥候と思しき二人の兵士を、あっという間に片づけてみせたアルチュールとダオレ。


 こんな剣術の腕を絶対にゴーシェは持ちえない。

 そこで震えているオルランダだってそうだ、いざとなればあの神の左手を発揮して二人以上の血なまぐさいことをやってのけるのだ。

 ゴーシェは己の知っている限り二十歳か十九歳で剣の道に進むにはもう遅すぎるし、この二人に入門するのも無理がある。

 二人の兵士の亡骸よりも、心にぽっかりと空いた穴がゴーシェを酷く苛んだ。

 それは王子であると告げられた現実よりも。


「何を立ち尽している行くぞ?」


 アルチュールに声を掛けられて、初めてゴーシェは我に返った。


「……あ、ああ」


「どうしたのゴーシェ?」


「オルランダ、なんでもない」


 一行は東目指して進んでいくと、予想外に通路は長く深夜に達した。

 あの失われた時代以前の遺構の建物跡が丁度良い野営地になったので、一行は地下で宿を取った。


「……お前、着の身着のままなんて言っていたが本当に何の準備もせずに来たな?」


 アルチュールは準備してきた保存食を炙りながら言った。


「こんな通路を通って行くなんて思いもしなかったんだよ」


「しかしこれは相当地上も乾いてますね」


「なぜ解るのだダオレ?」


「あの乾燥した都にあってこそ地下水脈はなみなみと水を湛えていたのに、ここではすっかり干上がっています。気候が変わったのかも知れません」


「『がらくたの都』は時折雨が降るぞ、お前も見ただろう」


「はい、だからこそここはより砂漠化が進んでいる、そう言ったのです」


 するとゴーシェは寝転がっていたが起き上り、会話に参加した。


「想像以上にこの大陸は砂漠化が広がっている……? では、あの夜になると湖になる砂漠のようなものは何なのだ、じゃないか」


「わからぬな、あの砂漠地帯が特別なものではないのか?」


「ともかくゴーシェとしてもう砂漠ですなどることはなくなった」


「では何だ? 玉座を目指すか」


「アルチュール」


 ゴーシェは真顔で訊ねた。


「アルテラ25世とはどんな男だ?」


「王か――聞いてどうするのだ、直接戦うか」


「そうだ」


 いいだろう、そう言ってアルチュールは知っている限りアルテラ25世についての情報を話し始める――


 本名をアルテラ・イーサーの息子・アシュレイ・サージェス・メルキオル。

 シグムンドがアッシュと呼んでいたのはこのためだ、年齢は十七歳でオルランダとそう変わらぬ。

 実際に乳臭い、と言ってもいいような小僧だ。

 ほんの子供だよ、事実な――だが剣の腕は引退した過去の近衛隊長、ヴィーグ大将が直々に家庭教師として教えている。

 私も手合せに立ち会ったがなかなか筋は良い、大人になればかなりの使い手になるだろう。

 彼は異母兄であるシグムンドを始めとする『王討派おうとうは』など宮廷内に敵が多い、しっかりとした剣術を学んでいてもおかしくはあるまい? 他にも帝王学や数学、地理、歴史、神学、詩学など一流の教師が付いているな。


「彼は……王は、オレの弟なのか?」


「……!」


 ゴーシェの問いにアルチュールが詰まっていると、


「……おーい、アルチュールさま~」


 と、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 子どもの声、あるいは女の声だ。

 先ず気づいたのはそれまで口を挟むに挟めなかった、オルランダだった。


「セシル!? あれセシルの声じゃない?」

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