沈黙の太陽

 翌朝、朝食の席。


「オルランダはどうした?」


 ゴーシェはアルチュールに訊ねた。


「まだ寝ている、熱中症になったんだ早々に起こしても仕方あるまい」


 そうして何枚かの書類を見ながらアルチュールは言った。


「ゴーシェ、ダオレ。悪いが邪魔が入った作戦はまた夜に」


「どういう事だ?」


「何かありましたか?」


 アルチュールは少し勿体つけて喋りはじめた。


「国王が行幸なさる、近衛隊は警護に当たらねばならぬのだ」


「国王、ねえ」


 ゴーシェは不満たらたら言った。


「穏健派で優柔不断な餓鬼なんだろ、確かクーデターでも起きる気配はないのか?」


 アルチュールが従者を人払いしたお陰で食堂ではある程度自由に話すことができたが、それでもゴーシェの発言は危険といえた。しかし――


「既に『王討派おうとうは』の存在は確認されている、しかしそれがあまりに国王に近しい者達なので口外されることは殆どない」


 ゴーシェは愉快そうに口笛を吹いた。


「ほう、そんな面白そうな連中がいたのか、お前だけが楽しいなんてナシだぜ? アルチュール」


 しかしアルチュールは渋面を作る。


「『王討派』は危険だ、我々は関わらない。わかったな、ゴーシェ」


「さあな、いずれいやでも関わるときが来るんじゃないのか? それをお前は解っている気がするんだがな」


「………………」


「あの、アルチュール」


「どうした? ダオレ」


「ぼくたちはこの国の王政について全く知りません、現在の国王の立場についてまでかいつまんで教えてくださるとありがたいです」


「そうだな……」


 アルチュールはしばらく天井を仰いだが、しばしの間を置いて説明を始めた。



 生命なきものの王の国の祖は旧き神々から知性、智慧、霊力の三つの器を賜った女王アルテラだと言われている。

 だが神々はこの国を見捨てて去った。

 古文書に拠ればアルテラ3世の時代には神々は存在しなかった、と伝えられている。

 そして神々に仕えていた僧侶たちも姿を消し、アルテラ10世の治世にはその階級もなくなって、いわば神の両手といわれる神学、魔法は失われた技術ロストテクノロジーと化した。



「現在の王はアルテラ25世、男だがこの名は世襲だからな。噂通り穏健派で優柔不断、事なかれ主義ときている。まったく噂通りだ」


「国祖は所謂、巫子いちこのような者なのか?」


「そう捉とらえてもらって構わない」


「知性、智慧、霊力……」


「どうしたダオレ?」


「いえなんでもないんです、で、アルテラ25世の護衛でしたよね今日の任務は」


「早ければ午後には戻ってくる」


「なあアルチュール」


 ゴーシェは訊ねた。


「古文書に拠れば、と言ったな」


「そうだな」


「その古文書は何処に?」


「王立図書館だが、禁帯出の上なかなか読めないぞ」


「チッ、じゃあお前さんはどうやって読んだんだよ!」


「兵学校で国史を学んだ際にそう習った」


 ゴーシェは二度目の口笛を吹いた。


「そいつは面白い! つまり誰もその古文書を見ていないで歴史を信じているのだな!」


「ゴーシェお前まさか……」


「止めても無駄だぞ、王立図書館に忍び込む」


 アルチュールは頭を抱えた。


「もういい好きにしろ、ただわたしとは無関係だ。私の名前を出すな」


「存じ上げておりますとも、伯爵さま」



※※※



「と、いうわけでアルチュールさんは国王の警護、ゴーシェさんは図書館へ盗みに入りました」


「って図書館へ盗み……!? えぇ~~~~っ」


 ダオレがオルランダに事の顛末を報告すると彼女は殊更驚いて見せた。


「国王って確かアルテラ25世でしょ?」


「ええ、アルチュールさんからそう教えていただきました」


「私と一歳しか違わなかったような……」


「ええっ!? そんなに若いのですか?」


「そうよ、だから現政権のとかってよばれてるんでしょ、詳しい事知らないけど」


「そうなのですか……あっ、そういえばオルランダさん体調はもう宜しいのですか?」


「概ね元気よ? それがどうしたの」


 ダオレは藤の籠に入った絹のドレスをオルランダに渡した。


「回復したら、寝間着のままは何なのでこれに着替えるようにとアルチュールさんが」


「あらありがと」


 そう言ってオルランダはドレスを受け取ったが、


「ダオレ解ってるなら出て行ってよね」


「えっ」


 ダオレはそれでもにこにこしたままだったので、オルランダは痺れを切らして叫んだ。


「着替えるから出てけって言ってんのよ!」


「はっ、はひっ! すいませんでしたっ」


 ダオレは大慌てで退室すると、大きな音を立ててドアを閉めた。


 オルランダがドレスに着替え終わるとそれはまた砂漠で来ていた、あの民俗風の服とはがらりと違う都会的な印象の洗練された服だった。

 臙脂の絹で出来たそれは少し首が詰まっていてそこかしこにピンタックとフリルがあしらわれ、大分華やかな印象だ。


 さて一番の難題、髪はどうしよう? どうやら髪を結ぶリボンが入っていたのでオルランダは三つ編みにして、一つに結んでしまったのだが。

 まあ凝ったアレンジは自分で出来ないのでアルチュールが来たら相談しよう。

 少しこのドレスのせいでオルランダは舞い上がっていたが、頭が冷えてくると盗みに入るといったゴーシェのことがひどく気になった。


 一応ゴーシェのここでの身分は奴隷だ。

 アルチュールがそう、登記したというのだから間違いない。

 奴隷が盗みを犯せば即殺されても、文句は言えない、そういう世の中なのだ。

 若しくは所有者のアルチュールが厳罰を受けるだろう。


 部屋にオルランダのためなのか大きなつ・ば・の帽子があるのを見て取って、彼女は外に出る決心をした。

 そして結んだ金髪をピンで留めると帽子の中に隠し、これまたアルチュールが用意していた女物の靴を履いてこっそりドアを開けた。

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