ゴーシェの訪れ
アーリャ・ミオナが去って、ゴーシェ達も退室した後オルランダは一人ベッドにぽつんと取り残されていた。
まさか、あのときの子爵の婚約者がアルチュールに結婚を申し込み、断られていたなんて……でも勝手に私を敵視されても困るんですけどっていうか、私アルチュールさまが結婚の申し出を断った直後に部屋に押しかけてしまった!? やばい、やばすぎる……それをアーリャ・ミオナはセシルから聞いたわけで。
そう思うとオルランダはものすごく赤面した。
厭だ、私ってなんて分別のない女なんだろう。
今、私が、なし崩し的にここに居るのも、もとはと言えばゴーシェのせいだ。
彼のことも実は悪く思ってはいない、まあちょっと俺様で配慮に欠けるけど頭もいいし、なにより養父の復讐のためにすごく頑張っているから。
アルチュールは言うまでもない。
一度は捕まったけれど、とても配慮してくれたし今都にほぼ安全に逗留できるのは彼のお陰だ。
伯爵にして近衛騎士団の副長、それがどのくらい偉いのか私には途方もない事だけれど雲の上の存在なのに、こんなにも親切に接してくれている。
一番この一行で不思議なのはやはり、なし崩し的に仲間になったダオレなんだけど、はっきり言って剣の腕前は一番なのではないだろうか? それに私と同じ金髪だし……
金髪……この世界では黒髪なのが当たり前で、そのほかの髪の色は異常なことだった。
そういえば仮面の騎士は赤い髪をしていたけれど……
そう考えながら薄暗いランプ一つが照明の部屋で、オルランダは自分の髪束を引っ張ってみた。
はっきり言って痛い。
そしてどこからどう見ても金色。
目は薄茶色で全くノーマルだから色素欠乏などでは断じてなかった。
そういえばダオレも薄茶色の目をしていたっけ……
記憶の中で彼の眸ががこちらを固く見つめていた。
金髪はいったい何の意味を持つの――
「オメェはオメェだオルランダ、クヨクヨすんじゃねえよ」
「ゴーシェ!?」
いつの間にか室内にランプを掲げ持ったゴーシェが居た。
「アルチュールたちとの話し合いは?」
「埒があかねえから解散した、もう遅いぞ。なんだ寝かしつけて欲しいのか?」
「そっ、そんなんじゃないわよ、子どもじゃないんだから一人で寝られます!」
しばしの沈黙の後、ゴーシェは口を開いた。
「その金髪を気にしていたようだが……」
「ちょ、なんで知ってるの!?」
「独り言、けっこう部屋の外まで漏れてるぜ?」
それを聞いてオルランダはひどく赤面した。
「聞こえたの? 私何か言っていたの聞こえてたの!?」
「男の品定めはコッソリやることだな、オルランダ」
まずい一から十まで口にしてた! もう恥ずかしい、聞いていたのがゴーシェでよかったけど!
「べべべべべ、別にゴーシェ達の事が気になってる訳じゃないからっ」
「充分に気にしてんだろうがよ……」
ゴーシェは呆れて見せた、彼の赤い瞳が細くなる。
「オルランダ」
「何よ」
「オレはお前の金髪のことなど一向に気にしてはいない」
「えっ!?」
「オレは養父とたった二人で十数年砂漠の地下の庵で育ってきた、だからボージェス以外の人間は見たことがないんだ。言わばこの世界の常識が通用しない、だから金髪が何故珍しいのかもわからない」
「そうなのね……その養父を殺されて――」
「その通りだ、まあ今はアルチュールの手伝いをしていればボージェスを討った下手人に、いづれ近づくことができるだろう、そしてその時は……」
「その時は?」
「このグラムで全てを切り裂いてやる!」
もうゴーシェの目は笑ってなかった。
替わりに激しい
それは彼自身をも飲み込む、あの仮面の騎士にも似た、瘴気じみた、ほの昏さであった。
オルランダがそれに人知れず恐怖を感じているのを見て取ると、ゴーシェは平静さを取り戻し再び口を開いた。
「お前はあの仮面の騎士からもオレ達を救ったな、あの不思議な力で」
この夜のゴーシェは幾分饒舌だった。
「何故、あの力が使えるかわからないの、でもゴーシェ達の助けになるのならば!」
「解っている、そうあの力は
「私にできることは僅かよ、ゴーシェ」
「神の左手の神秘か……そういえば渡した本は読んでいるのか?」
「ぎくっ」
「ふーん、文字の勉強はサボっているわけだな」
「た、旅が忙しくて疎かになっているだけよ」
だがゴーシェはにこりともせずに言った。
「別に寝る前に一文字づつ覚えられるだろう? もう渡してから一週間以上経つが」
「ええと三文字くらい……」
「学習という言葉の起源は『思い出す』だとボージェスは教えてくれた」
「思い出す?」
「オレにも意味はよく判らないが嘗て知っていたことを案外思い出す作業なのかも知れんぞ」
「………………」
ゴーシェはもう穏やかな表情に戻りオルランダの方を見遣った。
「もう今宵は遅い、寝るんだオルランダ。今日は色々なことがあり過ぎて混乱しているだけだ」
「そうねおやすみなさい、ゴーシェ」
ゴーシェが部屋のランプの灯を吹き消すと、疲労からオルランダは眠りの帳に包まれて行った。
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