黒百合
アルチュールは目の前の喪服の少女に刮目した。
「アーリャ・ミオナ、マキシムス・レオン子爵亡き後、ボレスキン伯領で女子爵となるのではなかったのか」
小柄な黒髪の少女は答える。
「アルチュール・ヴラド、貴方がわたくしのとの婚約を破棄したので、さる方の助力を得て、ええ、都へ参りましたの」
「婚約を破棄した!?」
またダオレが大袈裟に驚いて見せたので、アルチュールは苦虫を噛み潰したような表情で説明せざるを得なかった。
「マキシムス・レオン亡き後はアーリャの婚約の順番が、わたしに回ってくるのだ。実は伯爵領を出る前夜に彼女に求婚された」
「なんだって!?」
「ダオレ……少し黙っとけ」
一々驚くダオレをゴーシェは制止した。
「アーリャ、わたしには大義がある。お前となら添い遂げたいという男も沢山いるだろう、なぜ都へ来た? さる方、とは?」
「それはまだ言えませんわ、そのうちあなた方とお逢いすることになるでしょうし。それにわたくしあんな砂漠の田舎は厭」
そしてアーリャ・ミオナの大きな青い瞳が、アルチュールを次いでオルランダを睨んだ。
「伯爵さまが婚約を破棄したのはその金髪の娘のせいね、違いないわ」
「ちょっと勝手に話を進めないでよ、アルチュールさまと私はなんでもありません!」
「わたしには大義があると言ったろう、彼女は関係ない」
だがアーリャ・ミオナは一歩たりとも退かなかった。
「何でもない関係なら夜中に伯爵さまの部屋に通されたりしないわ、セシルを絞め上げたら全部吐いたわよ、この泥棒猫!」
「あなたその手の小説の読み過ぎじゃない!? 随分と想像力逞しいのね!」
「ちょーっと! 止めなさい、やめて。はいストップ!」
間に入ったのはダオレだった。
「……おいダオレ女の揉め事に首を突っ込まない方が」
ゴーシェはさっきからアーリャ・ミオナの剣幕に圧倒されたのか、だんまりを決め込んでいたのだ。
「アーリャ・ミオナさん!」
「軽々しく話しかけないで、あなた牢に囚われていた芸人でしょ」
「芸人じゃありません、ダオレです、行き倒れのダオレ」
アーリャは胡散臭そうにダオレを見た。
「アルチュール伯が貴女との結婚を断ったのは、こちらのオルランダ嬢のせいでは決してありません」
「だったらなんだっていうの?」
「それはわたしの口から言おう」
アルチュールは重い口を開いた。
正直、これ以上アーリャ・ミオナと話しても無駄と感じているようだった。
「大義があると、そう言ったはずだが?」
「そう……大義、それだけではわかりませんわ、ふふふふっ、でもねわたくし知ってるんですのよ、伯爵さまのその『大義』がなにか」
「そうか、それなら話が早い」
「でもねえ伯爵さま、わたくしたち案外同じ立場かもしれなくてよ?」
「取引とは何用だ、アーリャ・ミオナ」
だが黒衣の少女はそれには答えなかった。
「この屋敷はわたくしの家でもありますから、都にいる間は自由に出入りさせていただきますわ」
アーリャは退室しようとしたので、アルチュールは彼女を呼んだ。
「待て! どこへ行く!?」
「外に馬車を待たせてありますの、そのさる方とこれから落ち合います」
アーリャ・ミオナは扉に手をかけたがもう一度部屋を振り返った。
「金髪の女、お前生きて『がらくたの都』から出られないと思いなさい」
そして扉が閉まった
「怖がることはないよ、オルランダ」
オルランダの心情を察してかアルチュールは彼女を抱き寄せた。
そして、
「まだ少し疲れているのだろう信頼できる従者に看病を任せるので、お前はもう少し寝ていろ」
そう言って彼女を寝かしつけた。
「ゴーシェ、ダオレ話がある、ひとまず私の部屋へ」
「……わかった」
「はい」
そして3人は廊下へ出ると、アルチュールの部屋へ入って行った。
この都にあるボレスキン伯の屋敷は、荘園の屋敷と違って平城でこそなかったが豪華さは別格であった。
都のアルチュールの部屋は荘園の砂漠風の調度や雰囲気の屋敷とは打って変わって、洗練された都会風の、言い換えれば少々派手な部屋だった。
部屋自体は若干狭くこじんまりと纏められているが、堂々としており少数の来客を通すにも充分だ。
「派手でギラギラしてやがる……」
ゴーシェは感想を述べたが、ダオレは豪華さに口を鯉のようにぱくぱくとしているだけだった。
「さて、我々は大義のために働くか!」
そう言ってアルチュールは部屋のテーブルに古い地図を広げた。
「これは……?」
ゴーシェは眉を顰めた。
「聖堂騎士団、本拠地『大聖堂』の見取り図だ」
「ど、どこからそんなものを手に入れたんです?」
「近衛騎士団から拝借した資料だ、何、明日には返却する」
「つまり、件のミーファスはここに囚われていると?」
「そうだいたい察しはつくが牢だな」
「アルチュールさんも、怪しいと思ったらすぐ牢に入れましたもんね!」
ダオレが空気を読まずに笑ったが、残りの二人はにこりともしなかった。
「だがこの見取り図には牢がどこにもない……というか古すぎて全く分からない、判別不能だ」
「無い筈はない、恐らく地下牢かなにかが隠し扉で存在しているのだろう。困ったな」
「あの……」
「なんだよ、ダオレ?」
「アーリャさんが言っていた『同じ立場』ってどういう意味でしょうか?」
アルチュールは天を仰いだ。
「わからん、ただ都は敵だらけと思った方がよいぞ」
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