三番叟の騎士の物語

オルランダの不可思議な力を見たアルチュールは訝しんで彼女を見つめた。

 青い瞳が細められる、当のオルランダはまごまごするしかない。


「わたしにもわからないんです……以前ゴーシェを襲った賊を焼き殺したこともあって……」


「おい! オルランダ、勝手に言ってんじゃねえよ」


 ゴーシェは養父のことを知られては困るのか、激高した。

 だが、アルチュールは既に落ち着きを取り戻し、オルランダに語りかけた。


「私は神の左手、というものの存在を彼のミーファスから聞いている。失われた太古の技術、即ち魔法だ」


「チッ!」


 ゴーシェは如何にも不都合というように砂に唾を吐いた。


「あの……わたしに何故それができるかわからないんです今回も偶然だと思います」


 もうこんな詰問は勘弁してほしかった、なぜこんな力があるのか? オルランダ自身で聞いてみたいくらいだったからだ。


 だが意外にもアルチュールはそれ以上のことは、オルランダに訊こうとしはしなかった。

 そうして話を変えた。


「仮面の騎士……確かあの面をゴーシェ君は三番叟さんばんそうと呼んだね? 何か心当たりが?」


「心当たりもくそもねえ、三番叟てのは仮面劇の面のことだ。ホラあいつの被っていた爺のな」


「ふむ、さすがは物知りなのだな」


「アルチュール、アンタはあの仮面の騎士について知ってるように思えたが? オレとダオレを危険な目に遭わせてるんだ。説明してもらおうか?」


「ぼくからもお願いします! あいつは何者なんですか?」


 ダオレも興味があるらしい。


 まだ黒煙の燻る熾火の跡を見つめながらアルチュールは口を開いた。


「お前たちは本当に常識から隔絶されているのだな」


「なんだと!?」


「待って、ゴーシェ! 最後まで話を聞きましょう」


 だいぶ沈んだ星々を眺めながらアルチュールは話し始めた。


「仮面の騎士はよくある子供の寝物語の一つだ――」


もしお前がお父さんとお母さんの言うことを聞かない、だとか

ちゃんと勉強をしない、決まった時間に寝ないなんていうと

仮面の騎士が夜中お前の首を取りに来るよ


「まあ、一定以上の階級の家では躾のために仮面の騎士の話をしているものだ……わたしの父、アルチュール・バルダも生前子供だった私に――こう見えてわたしは悪戯ばかりしている子供だったから、厭というほど騎士の話を聞かされた」


 そう言うとアルチュールは、何とも言えない表情で皆の方を見遣った。


「実は騎士の目撃例は大陸の辺境では何件かあってな、正規軍を通して近衛騎士団にも噂は伝わっていたが、それは近衛隊の間では騎士の扮装をした私掠団ではないかという意見で纏まっていたのだ……だがあのような者を実際に私が目にしては……」


 アルチュールはがっくりと肩を落としていた。

 にわかには信じられないといった様子だ。


 それはそうだ、子供のころ父親が寝物語に『』と脅していたのに、その当の騎士が実在したというのだから……


 だがアルチュールの静寂を破ったの意外にもダオレだった。


「騎士はどうやら人間ではないようですね? 顔一面の触手、喉の穴から喋る声は男とも女ともつきませんでしたし、体型も人間としては不自然な点が多いです。それに髪が赤かった。ゴーシェ君が顔面を刺したら黒いタール状になって溶けて消えました。どう考えても人間ではありません」


「しかしまた、オレをデュランダー・カスパル、と呼んだぞ?」


「そう、人語を解するのですがボクにはで喋ってるように思えるのですよ」


「反射? どういうことだ?」


 ダオレは忽ち『しまった』と言う表情になったが、そこはゴーシェが補足した。


「反射というのは特定の刺激に対する反応として意識される事なく起こるものを指す、つまりダオレ。お前が言いたいのはこういうことだろう? 仮面の騎士はオレを見て反射でデュランダー・カスパルと呼んだ、と」


「……は、はい」


 なぜかダオレは畏怖していた。


「なるほど、ご両人とも博識でらっしゃる」


 アルチュールは自虐めいた口調で呟いた。


「アルチュール、見てしまった以上存在は認めざるを得ないだろう、死を撒き散らす仮面の騎士を」


「ああ、見た触れた、毒に侵された。存在を認めよう……だが、」


「だが?」


「わたしの表の顔である近衛騎士団では内密にしなくてはいけない、混乱を招きかねないからな。それより芋蔓式にオルランダ君のことも話さなくてはならなくなる。無論、ミーファス達には報告するがな」


「チッ、また汎神論はんしんろん者達か。結構な入れ込み様なこって!」


「と、ともかくこの場を離れましょう。いつあの騎士が蘇るかわかりません」


「ダオレ君の言うとおりだ、少し距離を取った方がいい」


 それからアルチュール一行は再び湖の辺縁を無言で歩き始めた。

 湖を渡る風がオルランダの身を割いた。


 こんな時、考えごとをしている男たちに何を察しろ、といっても無駄なことは知っていた。

 ところがゴーシェは違っていた、自らが頸に巻いているストールをオルランダに渡したのだ。


「寒くないか?」


「うん、ありがと……」


 ほんの少し、ほんの少しだけ、オルランダはゴーシェとの距離が縮まった気がしたのだ。

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