仮面の騎士との戦い(2)
まぼろしの湖の湖畔で、オルランダは自らの無力をひしひしと味わっていた。
アルチュールが、ダオレが、そして何よりゴーシェが苦戦しているのにわたしは何一つできない。
あの不思議な力をもう一度使うことができればよかったのに、そう願っても願うだけで奇跡は起こらない。
「お前は隠れているんだ」
そう言われた通りあの騎士からは身を隠していた。
しかしあいつはいったい何者だろう?
岩陰からこっそりと覗き込むが、騎士と彼を取り囲むゴーシェ達の剣戟しか窺い知ることはできない。
しかし奇妙な点は幾つかあった。
騎士はアルチュールと変わらぬ背丈なのだが、二刀を操るにはとても耐えられぬ体型をしているのだ。
言うなれば女のように華奢だ。
鎧を着ているのでさらに細い体つきだ。
更に髪が赤茶けている。
オルランダ自身やダオレのような例外を除いては、黒髪をしているのが常なのでこれも異常なことだ。
そして一番の疑問は何故翁の面を被っているかということだ。
騎士にとって顔を見せられない事情とはいったい何だろうか?
「オルランダ!」
突然声を掛けられてわたしは驚いた。
「危ないです、もっと下がって!」
「ダオレ……」
こうなったら3人を信じるしかない。
オルランダは祈り続けた。
「莫迦な、こいつの体力は無尽蔵か!」
「わからん、私も仮面の騎士の相手は初めてだからな」
ゴーシェもアルチュールも騎士があまりに疲れ知らずなことに驚愕していた。
だが偶然の何が功を奏すか判らない、騎士が熾火を踏み抜くと炎が彼の体を巻きはじめた。
火はあっという間に燃え広がり、仮面をも焼き尽くすとそれは黒い煤となってぼろぼろと落ちて行った。
遂に騎士の素面を見る事となったが、3人はその名状しがたき
そこには漆黒の触手が磯巾着のように何本も生えており、絶えずうごめいているのであった。
顔と呼べるものは無かった。
やがて鎧の喉当ても焼け落ちると、頸の左側に昏い穴がぽっかりと開いており其処から息をしているようであるのであった。
「勝負あったか……」
「炎を踏み抜いて自滅するとは」
だが呼気が吐き出されるとそれは言の葉を紡ぎだす。
「――まだだ、まだ終わっていない。デュランダー・カスパル! 貴様を生かしてはおけぬ」
そう言うと火だるまになった騎士はゴーシェに向かってもう一度二刀を振るってきた。
しかしそれを受け止めたのはダオレの鉈であった。
鉈が何でできているかはよく判らない。
だが騎士の刀を二本とも受け止め、ダオレは砂地をじりじりと後退していく。
「ゴーシェ!」
言われるまでもない、そうゴーシェは動けなくなった騎士の触手の顔面にグラムを突き立てた。
黒い粘液が飛び散る。
そうして騎士は解け始めた。
彼はどろどろと黒いタール状のものになって足元へどんどん溶けて砂地に吸われていった。
みるみる間に持っていた刀ごと黒い粘液になり、液体になると、遂に騎士は完全に消滅した。
「やはり人間じゃないのか……」
「人語は解しましたがね」
「またオレをデュランダー・カスパルとまた呼んだな」
ゴーシェもダオレも肩で息を開いていたが、それ以上にアルチュールは重傷だった。
物陰から見ていたオルランダはアルチュールに駆け寄った。
「アルチュールはどうしたの!?」
「騎士に触りました……恐らく手が爛れていることでしょう」
オルランダがアルチュールの手袋を外し、袖をまくるととそこは酷いことになっていた。
「なんていうことだ……」
思わずゴーシェは目を背けた。
ゴーシェでなくともそれは目を背けたくなる光景だった。
アルチュールの指先は糜爛びらんして黒く腐りはじめていた、それが肘の辺りまで斑に広がっている。
「あの騎士は死を撒き散らしながら大陸を彷徨う……」
「喋らないでアルチュール」
「畜生! なんとか助ける方法はないのかよ!!」
ランプを持った手が賊を炎に包んだように、オルランダは自問自答した。
今はアルチュールを助けることはできないのだろうか?
「オルランダ?」
「危険です! 騎士の瘴気が貴女を蝕みますよ!」
だがそんな声も耳にはいてなかった。
アルチュールの額には玉のように汗が浮かんでいる。
助けなければ。
すると湖の水がオルランダの指先に集まり始めた。
それが虹色に発光する。
「奇跡だ……」
殊にダオレは目を丸くしてその様を見ていた。
恐らく初めて神の左手と言えるものを見たからだろう。
その水がアルチュールを癒してゆく、瘴気は抜け爛れた指はみるみる元通りになっていった。
「う……」
「アルチュールさん!」
「私は、騎士に触れて……そうだ! 騎士は!?」
「騎士はオレとダオレが撃退した、暫らくは出てこないだろう」
「私を助けたのは? もう両手が駄目になるかと思ったが」
「オルランダの不思議な力で――」
「オルランダ君が……」
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