『がらくたの都』へ

 ボレスキン伯爵の荘園を出て五日目の朝、オルランダ、ゴーシェ、ダオレ、アルチュールの四名は漸くがらくたの都を望む小高い丘に出た。


「どこにでも中心があり、どこにも境界がない、そう形容される『がらくたの都』だ」


 アルチュールはひとりごちた。


「ふん……」


 ゴーシェははなから興味がなさそうだったし、オルランダは妙に怯えていた。

 無理もない、人買いから逃れてきたのだから。


「へーっ! あれが『がらくたの都』ですか! 何があるのでしょう? 人がいっぱいいるんですか?」


「そうよ、人間だらけよ、もう住めないほどにね」


 ダオレだけは子供じみた好奇心で以て都を期待していたが、他の三人は明らかに都に対してうんざりした態度を取っていた。

 アルチュールとオルランダは実態を知っていたからだと思われるし、ゴーシェはそんなものに興味を持つのはバカバカしいと感じていたからだろう。


「このまま行けば昼前には入門できるな」


「そういえば正規の入り口には門番がいるの?」


「ああ、しかし流民や奴隷に戸籍はないし、お前たちは皆私の従者という触れ込みにしておいたから難なく通れる筈だ。オルランダ君、ダオレのようにターバンで髪を隠し給え金髪は目立ちすぎるし君は男という触れ込みで連れてきてある」


「男……ですか」


 オルランダは見るからにがっかりとした。


「セシルの替わりに小姓として、オルランドという名前で登記させて貰った。なに館につけば女として振る舞っていいのだ、しばし迷惑をかけるすまんな」


「随分と勝手に物事を進めるんだな、アルチュール。一体どうやって連絡を取った?」


 普段から鋭いゴーシェの目が一層鋭くアルチュールを見遣った。


「連絡用の鳩だ、これで近衛隊に連絡させてもらった。ちなみにゴーシェ君とダオレ君は私の護衛役だ。実際、ダオレ君は相当腕が立つ」


「大の男が二人も護衛を付けるのか、『がらくたの都』とは物騒なところなんだな!」


「実際物騒よ、貴族の公達がどんな自衛をしてるか知らないけれど、わたしのいた貧民屈なんて盗みなんか日常茶飯事なんだから」


「チッ! 早くボージェスの仇を取ってオレは砂漠に隠遁したいぜ」


 憎々しげにゴーシェは都の方角を見た。


「だがその砂漠の庵も安全とは言えませんよ?」


「その通りだ、ゴーシェの命を狙う者どもがいる」


「またか! またその名か! デュランダー・カスパル!」


「ゴーシェ」


 アルチュールはかれに勝る上背で以てゴーシェを覗き込んだ。


 青い瞳がぎらぎらと光っていた。


「その名は絶対に都では口にするな、命が惜しくば、な」


 徐々にひるが近づくにつれ都も近づいてきた。

 ゴーシェとダオレは改めて都の大きさに驚いていた。

 昼食も摂らず一行は歩き続け、ついに都の大門に午後一、辿り着いた。

 なるほど門には5人の番兵が立っている。


「止まれい! 何者だ?」


 鎧に身を包んだ番兵たちは誰何した。


「拙者、アルチュール・ヴラド・カタリナ・サビア・フォン=ボレスキン伯爵にて候、近衛騎士団直々の召集令状を持ってこの都へ参った」


 アルチュールは堂々と書状を見せる。

 番兵たちはどよめいた。


「書状はこちらで検める、してその3人の怪しい者達は?」


「拙者の護衛、ダオレ、ゴーシェと小姓のオルランドだ。なに屋敷で遣うだけのこと」


「二人のその頭に巻いた布は?」


「砂漠風の民族衣装だ、知らぬのか、無粋なことよ――否、これは失礼砂漠でも身分の低い者の風体ゆえそなたらは知らぬと候ど仕方なし」


 しかし番兵たちは今度はオルランダをじろじろと見始めた。


「そちらの小姓とかいった少年、若い女に見えぬこともないが?」


「彼はわが方でも頻繁に女と間違えられ困っていたものよ、まだ13歳故言葉もよく知らぬ勘弁してやれぬか?」


 オルランダは3歳も年若く言われカチンときたが、ここで身体検査などされてはアルチュールどころか自分の危機なので「そう困ってるんです」といった表情を浮かべるに留めておいた。


「あい、わかった! 伯爵殿、書状は本物であったし3人の従者を付けるということで問題ない、がらくたの都へ入るがいい」


 番兵が総出で巨大な門を開けた。

 いったい何からこの都を守っているのだろうか?

 それもわからぬまま4人はしばらく都へ続く切り立った崖の下の真ん中を歩いていた。


「ここは敵が攻めてきたときの天然の要衝だな……」


 ゴーシェはぽつりと言った。


「ふむ、では『生命なきものの王の国』はいったいどこと戦をすればいいのだ?」


「あれれっ? この国以外に国はないのですかっ?」


 アルチュールの答えにダオレは素っ頓狂な声を上げた。


「そんなものはない、もう何百年も『生命なきものの王の国』のみしか存在していない」


「では歴史は? 過去は? この国の成り立ちは? いったいどうなっているのだ」


 ゴーシェは聞き返した。


「さあな……神々は去った、そう口伝で伝えらているが」


「その残滓が神の両腕か」


「ゴーシェ、都ではその話もするな、妙な連中が聞き耳を立てている」


「……っておい、さっきからオルランダが静かすぎると思わないか? やっと着いてきてるぞ」


 後方を死霊のように歩くオルランダに3人の男たちは今やっと気づいた。


 アルチュールが駆け寄った。


「ひどい熱だ! 急げ、屋敷に運ぶぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る