メイドが本業

「だっ、誰よ貴女!?」


「それはこっちのセリフです、ボクもあなたをアルチュール様の客人としか伺ってませんから」


 そう言ってショートカットのメイドは、オルランダをじろじろ眺めた。


「あなた金髪なんですね? 突然変異ですか?」


「むむむむむ……失礼な子! 知りません。生まれつきよっ」


メイドはオルランダの長い金髪を唐突に引っ張って、感触を確かめ出した。


「アイタタタタタタタタタ! 何すんの!?」


「ふーん、本物の金髪のようですね、昨晩牢に入れられてたターバンの男も金髪に見えましたが、あなた方旅芸人の一座か何かなの?」


「ダオレが!?」


 メイドの嘲笑よりも、ダオレが金髪だったことにオルランダは衝撃を隠せなかった。

 砂漠で拾ったダオレ、行き倒れだからダオレ。

 ゴーシェの言っていた通り、彼の倒れていた経緯にはあまりにも不自然な点が多い。


 その後砂猿ク=シュマを易々と倒した剣の技量、彼が鉈と呼ぶあまりに奇妙な剣。

 謎は尽きない。


「何真面目くさった顔で考え事してんですか? さっきから」


 そう言うとメイドはオルランダの髪を再び引っ張った。


「アタタタタタタタタタ……!」


「砂でギトギトですよ? いけない! 軟禁しているはずのあなたの部屋に入ったのはこれが目的でした」


「これって?」


「さっきも言ったでしょ、お風呂が沸いています。入るんですか入らないんですか」


「お風呂……」


 オルランダが風呂と言われて、今一つピンとこなかったのは仕方のない事だった。

 何せ風呂といえば良くて盥たらいとぬるま湯だったからなのだ。


「沸いてるってどういうこと?」


「あーもう、流民の出はこれだから! ボクも似たようなものでしたけど、ボレスキン館の風呂に入って驚かないで下さいよ? で、入るの? 入らないの?」


「入る、入ります。お風呂」


「じゃあ、案内しますけど、ぜーったいに逃げないって約束します?」


「ゴーシェ達が捕まってるのに私だけ逃げません、当然でしょ」


 するとメイドはオルランダを再びじろじろと見た。落ち着かない視線だ。


「ふーん、あなたアルチュール様には、その気はないんだ?」


「って!!! なんでそういう話になるの!? アルチュール様は確かにすばらしい方だと思いますけれど私にはそんな気はありません!」


「捕まってる方のあの小柄な黒髪の男……確かゴーシェね、なるほど彼が気になるか」


「ゴーシェともそんな仲じゃないわ!」


「……でもさっき『ゴーシェ達が捕まっているのに』って言ってたじゃない」


「揚げ足取りは止めてよ!」


「ふふふふふふふふ、まあ自分の気持ちに素直になりなさいな。さあボクについてきて。あ、変な気起こしたらボク自らが叩っ切るから」


 物騒なことを言いながらメイドが部屋の外へ手招いた。

 しばしメイドの後をついてドレス姿のオルランダがボレスキン館の中を歩いていく。

 平城ひらじろとはいえ、ボレスキン館は要塞といっても過言ではなく、内部の作りは複雑そのものであった。

 いくつもの尖塔、小部屋、階段、扉、ホールを通って、館の風呂場に到着したようだった。

 そこはがらんとした脱衣場と、天然の温泉がわき出る石張りの浴室に分かれており、勿論オルランダはそんなものは初めて見る物であった。

 先ほどのメイドがふかふかのタオルを数枚持ってやってきた。


「着替えは今の服のままで大丈夫、このタオルでその長い髪を拭いてください。小三十分もしたら迎えにボクは戻ります」


「? あなたが背中を流してくれるんじゃなかったの?」


「……恥を知れこのあばずれ! ボクはセシル・リカルド・サージ。こう見えて男だ! 本当に背中を流して良いものか?」


「ああああああ! ご、ごめんなさいっ、でも女の子の格好してるからてっきり……」


「ボクがまだ12歳で、城のハウスメイドが足りないからアルチュール様の命令で、メイド役をしているだけのことあと二年も経てば騎士の仲間入りだ! 分かったらとっとと風呂に入れ!」


 物凄い剣幕でセシルは叫ぶと、さっさと脱衣場から出て行ってしまった。

 一人取り残されたオルランダは、風呂に入って髪を洗うことにした。

 服を脱ぐと哀れなほど彼女は痩せこけていた。

 これでは男性に魅力的とは思ってもらえないだろう。


 石張りの浴室は温泉の湯気でもうもうと煙っていた、浴槽に足を浸けると暖かさがじんわりと伝わってくる。

 オルランダは完全に浴槽に浸かると、心地よさから溜息をついた。

 何せ生まれて初めて温泉に入ったのだ、うとうとと眠くなってくる。

 そこに鞭打って浴槽から出ると、洗い場で石鹸をつけて、髪をわしゃわしゃ洗い始めた。

 砂が髪に絡んでるせいかなかなか最初は泡立たない。

 それでも数回洗ってると、よい匂いのする石鹸はぶくぶく泡立ち始め、遂には綺麗に髪を洗えるようになった。そこで汲んできた温泉の湯を掛けて、泡をすっかり落とすと髪はすっかりぴかぴかになっていた。


 オルランダは風呂から出て脱衣場で用意されたタオルを使うと、元の服に着替えた。

 すると本当にメイド姿のセシルが迎えに来て脱衣場に置いてある椅子に座るよう促した。


「髪は単に洗うだけじゃダメなんです」


 そう言って何か石鹸以上によい匂いのする液体を、オルランダの髪に擦りつけると、櫛でとかし始めた。

 それがあまりに気持ちが良いのでオルランダは寝そうになってしまった。


「偉い人はいつもこんな手入れをしているの?」


「自由民以上はやっていることです、ボクは解放農奴ですのでよく知りませんが」


 そうやって話していると急に風呂場の外が騒がしくなった。

 セシルが外を覗き込む。


「何があったの? セシル」


「賊が出ました、大事です!」

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