黒衣の少女

「何!? マキシムスの遺体を見た者がいるだと?」


 アルチュールは昂奮の色を隠しきれず、まくしたてた。


「しかしそれがマキシムス様の婚約者であるアーリャ・ミオナ様でして……」


「ふむ、二人ともこの私と姻戚関係にあるが、滅多に館では顔を合わせぬ。勿論私が近衛隊として都に出かけていれば尚更のこと」


 亡くなったボレスキン子爵マキシムスと婚約者のアーリャ・ミオナは従兄妹同士であった。

 勿論アルチュールとも従兄弟の関係だ。

 これはこの世界の貴族の姻戚関係としては珍しい事ではなく、財産と言うよりも血統の保護のためこういった血縁関係が重視されたし、それがやんごとなき身分の人々の間では半ば常識であったのだ。


「してアーリャはどこに?」


「自室に籠っておられます、お逢いになられますか?」


 従者が返答すると、アルチュールは首を縦に振った。




「アルチュール様!」


 セシルが会議の開かれていた広間の扉を叩いたが返答は無かった。


「少々、遅かったようです」


「どういうこと?」


 オルランダは聞き返した。この広大な館に人がいないなんて。


「少々待って下さい、訊いてきますので」


 セシルはメイド服を翻し廊下を走って行った。


 ぽつんと風呂上がりのオルランダは広間の前に取り残されていた。

 どうしよう? ゴーシェ達を探しに行くならセシルには悪いけれど、今のうちだ。

 しかしこの迷路のような要塞、ボレスキン館を突破できるだろうか?

 その自信はない。

 なにせ自分には方向音痴の気すらあるのだ、この広大無辺な館を突破してどこかに囚われている、ゴーシェとダオレを見つけ出すなど……いや、行かなくてはならない。


 お目付けのセシルがいない今は絶好のチャンスだ。


 これまたアルチュールの貸してくれた、ビーズの沢山ついた靴でそろそろと歩き始めた。

 もうこうなったら当てずっぽうだ、階段を下り、小部屋を通りいくつかの分岐を過ぎると、ひどく他人を拒絶するような石張りの区画にやってきて、ここに牢があるのではないかとオルランダは確信した。


 夕暮れ時、ひときわ大きな塔を上る階段に差し掛かるとそこにはアルチュールと豪華なドレスに身を包んだ黒髪の少女が立って話をしているではないか! 慌ててオルランダは気配を消そうとしたがアルチュールはそれを赦さなかった。


「オルランダ、悪い子だな! どうやって牢の場所がわかった? セシルはどうした?」


 オルランダが返答できずにまごまごしていると黒髪の少女がこちらをじろじろ見ながら青い目で嘲りの視線を向けてきた。


「折角ドレスを着ても金髪じゃみっともないわね、芸人みたい」


「黙ってろ、アーリャ」


 アルチュールにアーリャと呼ばれた少女はオルランダよりは少し年かさで、まるで喪服のような、しかし装飾の多い漆黒のドレスに身を包んでいた。


「だってアルチュール、牢で見た金髪の男みたいにこの娘は不格好だわ」


「髪が黒いことで人権を得てるんじゃない、で、オルランダ、セシルはどうした?」


「ちょっと、はぐれてしまって……」


「脱走したな?」


「貴方には感謝してますアルチュール! でもゴーシェとダオレを捕まえておくなんて間違っているわ」


「流民の見世物風情が何を言うの? わたしのマキシムスを殺したのはその闖入者に他ならないわ!」


「黙ってろ、アーリャ。彼らへの詰問は私自身が行う、丁度いいオルランダ君にも立ち会って貰おう」


 そう言ってアルチュールは目の前の階段を昇り始めた。


「来たまえ」


 そういって彼はオルランダに手を差し伸べた。


 オルランダは螺旋階段をゆっくりとアルチュールに手を引かれて上った。


「アーリャ! 君も来るなら牢を昇りたまえ、証言しなくて良いのか」


「エスコートもなしに? 莫迦にしてるわ」


 少女は憤慨したがゆっくりと階段を昇ってアルチュール達を追ってくる。

 やがてアルチュールとオルランダが昇り切ると、そこには果たして二名の牢番と牢に閉じ込められ石の寝台に座るゴーシェとダオレが居た。


「ゴーシェ! ダオレ!」


 オルランダは叫んだ。


「……オルランダ!」


「オルランダさん!」


 二人は目を丸くしていた。何せ旅姿の彼女しか見たことが無かったのに、女物のふわふわしたドレスに身を包んでいたからだ。


「……ちっ、またその黒服の女か」


 ゴーシェは憎々しげに言った。


「ゴーシェ、アーリャさんに会ったことがあるの?」


 牢越しにオルランダは言った。


「会ったもなにも、その女いきなりここに現れて『わたしのマキシムスがここで首を吊った』とかほざきやがった!」


「むむっ! そうなのかアーリャ・ミオナ」


「わたしは確かに見たのです!」


「第一に、マキシムスって誰です?」


 ダオレがもっともな質問をした。


「私とこのアーリャの従兄弟であるボレスキン子爵だ、賊の手にかかって亡くなったが遺体を見た者がない、そういう事件だ」


「ふうむ、ではボレスキン伯爵一つ提案が」


「言ってみたまえダオレ君」


「ぼくとゴーシェが賊を捕まえたら無罪放免になりませんか?」


「そんな都合の良い話通ると思うのかね?」


 アルチュールの青い目が冷たく光った。


「いいじゃないのアルチュール、できるとも思えないしチャンスをあげましょうよ」


アーリャ・ミオナは莫迦にしたように言い放った。


「わたしからもお願いしますっ」


 オルランダは懇願した。


「……いいだろう、ただし出来るのは推理だけだ。牢から出ることは許さん、情報収集にはそこのセシルを手足に使え」


「え~~~ボク!?」


 やっと追いついたメイド姿の少年は物凄く嫌そうに吐き捨てた。

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