絡繰りの函
オルランダはアルチュールの去った室内に再び取り残されていた。
部屋の外には見張りの気配がする、正攻法ではここから出るのはとても無理だろう。
ならばどうすれば?
アルチュールは私には丁寧な人当りだけど、ゴーシェたちにはそうとも限らないし、何か大それた理想があるようだけど貴族の出であることに変わりはなかった。
ひょっとしたらゴーシェがピンチかもしれないというのに、私は何もできない。
そうだ! 以前ゴーシェが傭兵にたちに手も足も出なかったときに私が起こしたという不思議な力。
あれを再現してドアを消し炭にできはしないものかしら……?
確かあの時、わたしはどうやって二人の傭兵たちを倒した?
「――うーんっ、うーんっ」
オルランダはドアに手をついて念を入れいてみたがドアはびくともしなかった。
むしろ、念を入れている声を聴いた見張りが、実は彼女の声を聴いて忍び笑いを漏らしているほどだ。
「もうっ、この方法は使えそうにないわね!」
じっと両手の手のひらを見てオルランダは文句を言った。
「……ん?」
そういえば部屋の隅にガラクタが積みあがってる。
が、オルランダの逃亡の役に立ちそうなものをアルチュールが残していくはずがない。
そんなことつゆ知らずオルランダは嬉々としてガラクタをあさり始めたが、五分もしないうちにそれが正真正銘の不用品の山であることに気が付いた。
割れてしまったガラスの水差し、短刀の鞘、靴底に穴の開いた靴、腕の片方取れたぬいぐるみ、ペン先の潰れた羽ペンが纏めて何本も、あとは変色したり破れたりした羊皮紙の書類の束が大量に。
「あのアルチュールがそんな役に立つもの置いてくわけないか……ん?」
そんな中、偶然錆びて黒ずんだ銀の函が目を引いた。これが銀だとはオルランダには判らなかったのだが。
「何の函だろう? 入れ物にしては小さいな……ん、
だが錆びついてそれを回すことは到底できなかった。
何のために外側に発条が付いているのだろう?
オルランダは発条や機械仕掛けのものを見たことがほとんど無かった。
見たことがあるのは見世物小屋の覗き絡繰りの内側だけだった。
「あれ? ひっくり返すとなんか貼ってあるや……」
そこには羊皮紙のようなものが貼ってあった。
しかしそれは羊皮紙より薄くて丈夫な別の何かだったがオルランダにその区別はつかなかった。
そこには未知の文字で何か書かれていたのだがそれはこうである。
C C G G
G/B Am Gm G C
G C F G7
C C/E Dm G C
何かの記号のようなものであった。
「?」
オルランダはそれを穴の空くほど見つめていたのだが、やがて函を持ち出すとベッドに座り直した。
伯爵家のごみなのだろうが綺麗だからくすねても構わないだろうと彼女は思った。そういうちゃっかりしたところは流民ならではである。
そういえばまだ寝間着だった。
女中部屋のもう一つの寝台に亜麻糸で織った軽く涼しいドレスが置かれていた。
これで身支度しろということか……
オルランダが「がらくたの都」で平素来ていた流民の服は、奴隷たちが捨てた服を更にリメイクしたぼろ同然の服だったから、寝間着含めてこんな上等なものを着せられるのは驚きの連続であった。
ゴーシェが用意してくれた旅装束も充分豪華な服装に入ったのであるが、アルチュールの貸してくれる服はあまりにも豪華すぎたので生地から刺繍、縫製に至るまで着る前にオルランダはしげしげと観察する羽目になった。
着替えてみてさらに驚いた。慣れ親しんだ、ぼろの服はサイズなどあってない物が当然だったのに、このドレスは誂えたようにぴったりだった。
部屋には割れても、ヒビもない姿見があったから試しに鏡に映してみたが、砂漠の砂で髪がボサボサでなければそこにいたのは、今まで見た中で最も美しい自分だった。
不安だったので何度も鏡に映ってみたが同じことだった。
そこにいたのはやや小柄な(オルランダはわかってなかったが)南方風の亜麻のドレスを着た金髪の少女だった。
しかも今は囚われの身といえど貴族のお屋敷で。
流民で、いつもひもじい思いをしていた自分が信じられない。だから何度でも目をぱちくりさせて鏡の中の自分を飽きることなく眺めていた。
「ねえ、いつまで見てるんですか? ずーっと自分見ていて飽きません?」
「え?」
「それとね、その銀の函、返してください。ゴミはゴミでもボレスキン家の物です」
振り返ると自分よりも背の低いショートカットのハウスメイドが部屋にいた。
音もなく、どうやって室内へ入ってきたのだろう?
だがオルランダの疑問をよそにその小柄なメイドはまくしたてた。
「貴女をお風呂に案内せよとのアルチュール様からの仰せですが、そこまで新しい服が気に入ったならずーっ着てりゃあいいじゃないですか、ボクはここで待ってますから穴の空くまで鏡を見ていてくださいませ」
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